第7話 メイドロールプレイング①

「ご主人様、パスです!」


 高校までと同じく、大学にも体育の講義がある。


 それは弊学も例外ではなく、体育館でバスケをしているのだが、みんなの視線は一人の女性に集まっていた。


 いや、女性は正確な表現ではない。正確に言えばメイド。もっと正確に言えば、クラシカルメイド服を着た天川だった。


「天川! 全然ボール届いてないから! 相手にカットされてるから!」


「申し訳ありません。あとでどんないやらしいお仕置きも受けます!」


「この変態!」


「あぁぁんっ!」


 周囲の視線が痛い、痛すぎる。


 女子からはごみを見るような眼、男子からは嫉妬の眼差し。


 誰も得しない状態だ。いや、天川は面白がっているのかもしれないが。


 とにかく、精神的に疲れる……。


 しばらくして休憩時間に入ると体育館の壁によりかかって息を整える。


「どうぞ、お水です」


「サンキューな」


 天川が差し出してくれたペットボトルを開けて口をつけ……。


「なんか水減ってない? もしかして……」


「昨今の経済不況で内容量が減ることもございますし」


「あるか、そんなこと! 半分も減ってるなんてことが! なんでわざわざこんなことをする!」


「間接キスでもキスはキス。これで復縁&原作ゲットだぜ、と思ったのですが」


「通るか、そんな理屈!」


 とまあ、騒ぎに騒いでも天川のメイドモードは崩れない。


 こうなったきっかけは先日の釣りのときの約束だった。


 『お返し』と称して天川が実行したそれは……。


「ロールプレイング実験?」


「簡単に言えばなりきりごっこね」


 夜になって山湖から寮に帰る途中、天川から聞かされたのはロールプレイング実験なるモノだった。


「実家にいたら絶対に出来ない経験が出来たのだし、そのお返しに島崎くんにもいい経験をさせてあげられればなって」


 そうして俺がご主人様、天川がメイドということで主従プレイが始まった。


 彼女はコスプレグッズの中からメイド服を引っ張り出してきたのだが、これまた出来がいい。


 クラシカルメイド服で、ロング丈のスカート。さらには丸みを帯びた胸の輪郭がよく分かる乳袋。天川のプロポーションときれいな黒髪が映えるそれはさすがのセンスと言うべきだろう。


「っていうか、なんで講師も服装注意しねぇんだよ……」


「だって規定では『動きやすい服装』としか書いてないもの。私が動きやすいと言えば、そこまでの話だし」


「カラスは白い、と言えば白になりそうな理屈だな……」


 とりあえず口を付けないようにして水をいただく。


「先ほどの試合ではシュートを何本か決めていましたね」


「まあ、運動不足の大学生相手ならあれくらいはな」


「なにかスポーツをしてらっしゃるのですか?」


「いいや。ただ、バイトであちこち動き回ったりするからな。運動不足ってことはない」


「バイトをしてらっしゃるのですか? もしや社会勉強とか?」


「そんな高尚な理由があるわけないだろ。酒だよ酒。あと麻雀」


 ちなみに高校時代に印税で稼いだ分は学費に充ててるので、絶対に手を付けられない。悲しい。


「それでは次の試合も期待しておりますね」


「まっ、たまには思いきり体を動かすのもいいか」


「夜の運動はたどたどしかったけど」


「脳みそピンクメイドは黙っとれ!」


 とまあ、朝からのこの調子ですごしており……。


「つかれたー……」


 体育後の心地いい疲労感、それはいい。


 だが、「ご主人様~」と半日付きまとわれて、周囲の視線が痛すぎる。お陰で、かつてない疲労感を覚え、食堂のテーブルに突っ伏していた。


「ご主人様、お疲れのようですね」


「お前のせいだよ! お前の!」


 反射的に顔を上げて、対面席についた天川にツッコミを入れる。


「こちら、ご主人様の分です」


 俺のツッコミを平然と受け流した天川が差し出してきたのは弁当箱だった。


 ウサギのイラストがトレードマークのピンク色で可愛らしいものだ。


「今日はご主人様の昼食をつくってまいりました」


「…………」


「なんですかそのお顔は!」


「たしか前、『料理なんてしないでもコンビニ弁当で十分だから』とか言ってなかったっけ?」


「最近の女性は料理も出来ないのですね。実に嘆かわしい」


「ソウデスネー」


 とはいえ、せっかく作ってきてくれたものをむげにするほど鬼ではない。


 さっそく弁当箱を開けさせてもらう。


「……がんばったな!」


「優しい目をしないでください! そこはいつものノリでツッコんで!」


 まず、おかずを敷き詰めなかったせいか、かなり偏っている。それと全体的に茶色っぽくて、お世辞にも色合いがいいとは言えない。あと野菜炒めの水分が出すぎてかなりヤバいことになってる。ヤバい。


「でもなんだ。ありがとな。しっかりいただくよ」


「うぅぅ……その優しさが癪!」


 天川に思うところがあるとはいえ、料理に罪はなし。


 箸を手に取ろうとした時だった。


「せ、せめてこれだけでも!」


 天川は俺に先んじて箸を手に取ると、おかずを摘まみ上げ……。


「あ、あーん」


 顔を真っ赤にして俺の口元に運んでくる。


「そんなに恥ずかしいならやらなきゃいいのに……」


「だ、だって、全然メイドっぽいことできてないのが悔しいの!」


「まさにかっこうだけだしな」


「だから、せめてあーん、だけでも!」


「それメイドの仕事か?」


「じゃあ、萌え萌えきゅん?」


「それは違うメイドな気がするな……」


 天川、意外とポンコツだな……。


「っていうか、なんでそこまで拘るんだよ。わざわざメイドコスプレで大学なんて恥ずかしい思いをする必要ないだろ?」


 それこそ休日でもこのロールプレイング実験とやらは成立するわけだし。


「恥ずかしいのもいいインプットになるかなって思ったのだけど」


「それはお前だけな! 俺は恥ずかしさしかないから!」


「でも、いい経験だと思わない? この羞恥もすこし気持ちいいっていうか」


「マゾなのか? 天性のマゾなのか?」


「ご主人様、お仕置きはお尻で勘弁してください」


「お前のメイド像、偏りすぎだろ……」


「おかしいわね。わたしが小学生の頃に、お母さんがメイドコスプレでお父さんとしてたときは、こんな感じだったのだけど」


「すっげぇトラウマだろそれ……」


「そう? はじめてメイド服見て感銘を受けたから、キャンバスに描いてお母さんにプレゼントしてあげたのだけど」


「親にもトラウマを返していくぅ!」


「失礼ね、普通に喜んでくれたわよ! 『さすが私の子ね。この歳でこれほどのデッサン能力!』って。いまもお母さんの部屋に飾ってくれてあるから!」


「この親にしてこの子ありか……」


 天川家、怖い……。


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