1-9


 私達はそうして生徒指導室までたどり着く。ただ、たどり着いたのはいいものの、部屋に入ることはなくて、そのまま通り過ぎ、隣にある多目的室に足を運ぶことになった。


 多目的室の冷房が肌を触る。一瞬、外気と異なる冷たさを感じて寒気を感じてしまう。身震いする感覚を、手の摩擦でごまかす。少しばかりの熱に私は息を吐いた。


 多目的室には無造作に椅子だけがおいてある。机はなくて、教師は適当に座ってくれ、と言葉を吐いた。その指示に従って、私と悠太は入り口からちょっと遠い窓際の方にある椅子に座る。悠太は隣に座るようにしたけれど、恋人の距離感をそこに演出することに抵抗感を覚えて、私は距離を離して椅子に座った。悠太の寂し気な表情は無視して。


「それじゃあ順番に呼んでいくからさ、呼ばれたら生徒指導室に来てくれ」


 教師はそう言葉を吐く。その言葉に付け足すように、サカキ、と誰からしい名前を呼ぶ。その声で教室の後方に座っていた柄の悪そうな男子生徒が立ち上がった。一部、金色に染まっている頭髪。不良のような人間がこの場にいることが、少しばかり訝ってしまう要因につながってしまう。


 ……そうして、しばらくの沈黙。


 悠太と何か話す事柄も思いつかなくて、沈黙に耳を済ませるしかない。そもそもこの空間には沈黙しか許されていない。誰かが話し始めるわけでもなく、ただ息を呑む音ばかりが聞こえてくる。私は多目的室の前方にかけられている時計に目をやる。刻む秒針の音に耳を済ませながら、ただ呆然とする時間を過ごす。


 人が交互に入れ替わり、帰ってきた人間は鞄を持って帰っていく。その度にうなだれていく表情が目に入って、呼ばれることに対してどこか憂いを感じて仕方がない。


 最終的に、他の人間はすべて出払って、私と悠太だけが残ることになる。それだけ彼の死に重要だと見られているのか、それとも先に重要な人間と面談をしたということなのだろうか、いろんな想像がよぎってしまう。考えても意味がないことなのだろうけれど、心の中が窮屈になっていくのを心臓で感じてしまう。


 そうして次は悠太が呼ばれる。悠太が呼ばれて、渋々といった表情で生徒指導室に向かう。孤独に取り残される時間の中、私は携帯を見つめることはせず、ただ時計の針が傾くのを眺めるだけ。静かな空気を肺の中に落とし込んで、震える息を吐き出す。その心地は悪いものでしかなかった。


 しばらくして、靴音。一定のリズムを刻むことはなく、少しよれてしまっている歩調を思わせる不思議なリズム感。そんな音に廊下を見張っていると、悠太が帰ってきた。


「……最後、だって」


 申し訳なさそうに言葉を告げる彼の様子。その言葉に戸惑いを示すことはなく、私は静かに立ち上がる。立ち上がって、膝に筋肉が入る感覚。変に太もものあたりの筋が強張っているのを感じながら、悠太に視線を落とす。


 どことなく気まずい空気。仕方のないものだ。彼が何を言われたのか聞きたいような気もするけれど、それは生徒指導室に行けば自ずとわかることだ。だから、なにか言葉をかけるようなことはしない。


 彼の言葉に遅れながらも頷いて、私は多目的室を後にする。きちんとした歩行が私にできているのか、そんな不安を抱きながら、私は生徒指導室のドアをノックした。





「すまないな」とドアを開けば声が聞こえる。


 生徒指導室は典型的な面談をする形式で机が整えられており、教師の机と少しばかり距離のあいた生徒机。それにドギマギする気持ちを覚えながらも、儀礼として会釈をする。


「分かってるとは思うが、一応形式として説明しなければいけないから、嫌でも説明するけれど、今回呼び出したのは三坂の件だ。別に俺とか他の先生があいつらとか君を疑っているわけではないからな。必要なこととして身近な人間に聞かなきゃいけないから、まあ、許してくれ」


 申し訳なさそうに教師は言葉を吐く。その言葉に私は静かに頷くしかない。どのような返答もこの場では合わないような気もするし、私から言葉を吐くことは許されないような気もした。


「とりあえず、これを見てくれないか」


 先生は恐る恐る、といった具合に、机上に置かれている一枚の紙を出した。


 写真のような紙、なんというか雑にプリントした、と言えるようなもの。


 その紙には、私が知っている彼の筆跡。


『きみのせいだ』


 ただ、そう書かれている六文字に、視線が寄せられる。


 ──その瞬間、頭が真っ白になった。



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