1-7
◇
受話器を手に取って、会話をする。
電話口にいたのは、私の学級を担任している教師で、その内容は、俊也の自死について聞きたいことがあるから学校に来てほしい、という呼び出しのものだった。
そんな言葉を聞いて、なんとなく学校は、俊也がいじめられている、という可能性を探っているのかもしれない。それを感じ取れるような、慎重な口ぶりを教師はしていた。
でも、その可能性はおそらくない。その可能性があったとしても、私がそれに思い当たるところはない。そもそも彼とは別クラスだったし、その事情については知ることができなかった。他クラスの人との関わりも私はないし、暗い情報を聞いたこともない。だから、俊也がいじめに関連して、そうして自殺を選んだという可能性はきっとないはずだ。
それなら、彼が死んだ動機はなんだ?
そんなの、考えてみなくても分かっている。
私と、悠太。
……いいや、私。私だけ。
そんなことを考えながら、受話器の向こうに対する人間に対しての応答を繰り返した。
◇
教師からの連絡が切れて、私はふう、と息を吐いた。
内容については、不思議なくらい冷静に言葉を聞くことができた。昨日の夜からわだかまっていた嗚咽についても止まっていて、吐き気がこだますることはない。喉元に絡みつく嫌な感触はあるけれど、それでも一瞬以上の時間で意識を逸らせたから、すべてが朝の嫌悪感よりもましだった。
「……大丈夫?」
母は私を心配そうな表情で見つめる。
訝る、という表現が正しいかもしれない。
電話を最初に受け取った母は、私が俊也の死に何か関連していないか、それを疑うような視線で射貫いてくる。
私を、その視線で見つめることはやめてほしかった。その視線にさらされるたびに、ようやく意識を逸らすことができた罪悪を思い出してしまうから。
私は目を合わせないまま、母の視線を躱す。躱したうえで、母の首元を見た。首元を見て、精一杯顔を合わせていることを演出しようと思った。
「大丈夫だよ」
平然を装った言葉。平然を装えたのかはわからないけれど、声は震えていない。
言葉で吐いたからこそ、自分自身で呑み込むことができて、気丈な自分を母に演出することができたと思った。
◇
『一緒に行かない?』という通知が支度をしている最中に見えてしまった。
送り主は悠太だった。なぜ彼が先ほど教師からの連絡について知っているのか、と彼を訝ったけれど、彼だって関係者の一人でしかない。おそらく同じように呼び出しをされ、私も呼ばれているのだと察したんだろう。
それにどう返事をするべきなのかを迷いながら、私は支度を続ける。まだ着こなすことのできない制服、今後三年間で着慣れるのだろうか、そして過る俊也の姿。吐き気がすることはなかった。
返答は気まわないまま、粗方の準備が終わってしまう。ベッドに一瞬座り込んで、充電が少なくなっていた携帯の下mンを眺めて、結局『わかった』という文を携帯に打って送信した。既読はすぐについたが、なにかそれに対して返信があるわけじゃなかった。
部屋から出て、玄関に向かう。
足音を響かせるたびに、私をちらちらと覗く母の視線が気になってしまう。それを無視して、何も意識をしていないようにふるまう。私は玄関から外に出ていった。
玄関を出れば、そこには当たり前のように佇んでいる悠太の姿があった。いつものように駄菓子屋の前で待ち合わせるのかと、無意識の中で考えていたことに、見てから気づいた。でも、悠太の選択は正しかったと思う。
俊也の死について呼び出しをされているわけで、幼馴染同士である私たちが、そこで待つなど許されない気がする。そうでなくたって、頭の中に過り続けるのだ、彼の死が。だから、悠太がそこにいてくれてよかったと思う。それで意識から拭い去れるわけではないのだけれど。
それはそれとして、私たちは学校に行かなければいけない。
ふうう、と大きな呼吸を繰り返した。
呼吸の仕方は忘れていない。もう、昨日みたいにはしない。向き合う気持ちを持つべきだと自覚して、前を向く。
私たちは学校への道を見据えて、そうして歩みを進めていった。
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