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 急いで駆け込んだ先は、もちろん俊也の家だった。


 学校へ行くことについて、私と悠太の頭の中で過ることはなかった。一目散に駆け出して、早く俊也に会えることに安心感を覚えたかった。それを心の中で期待した。


 それほどまでに大切な幼馴染だ、大切な人だ。だから、学校のことなんてどうでもいい。


『しんじゃった』


 あまりにも唐突すぎる連絡。不謹慎としか思えない通知。冗談だと飲み込んでしまいたい文面。


 そんな嘘のような翔子ちゃんからの連絡を、何度も頭の中で反芻する。


 彼女の性格のことを考えても、そんなことを冗談や生半可な気持ちで送るわけがない。


 だからこそ、あの言葉の信ぴょう性は増していく。


 だからこそ、焦燥感に駆られて行動をする。


 それほどまでに、私たちには思い当たる節が多すぎた。


 彼が寝坊をするようになったのは、いつからのことだっただろう。それを思い出すことには困難さがある。でも、明確なきっかけになるものはあった気がする。


 ……気がする? そんな言葉で納められないほどに、思い当たる節は大いにあるじゃないか。


 ただ、私が思い出したくないだけ。

 思い出したくないだけで、そんな表現を選ぶのは間違っている。


 きちんと思い出さなければいけない。彼のことを、彼の表情を、彼のすべてを。





 私と悠太の言葉を聞いて、彼はどこまでも寂しそうな顔をしていた。


 いや、寂しそうな顔はしていなかった。それを表に出すまいと、無理な笑顔を取り繕っていたのをなんとなく覚えている。


 彼はいつも笑うのが下手だった。感情を表に出すということが苦手で、いつもそんな困ったような笑顔を浮かべていたような気がする。


 引き攣る頬の感覚を、手に取るように理解することができる。ぴくぴくと、彼が気付いているのかはわからないけれど表情筋が僅かに動いてしまっている。


 その視線には、どこか諦観がある。何に対して諦めを抱いたのか、杞憂さえも孕んだそんな瞳。


 どこまでも寂しそうで、縋ることを諦めたような顔。


「応援するよ」


 彼は、そんな表情のまま言葉を呟いた。





 中学校の卒業式、私はひと気の存在しない校舎裏へと悠太に呼び出された。そんな時に、私は彼から告白をされた。


 幼馴染であること、長い関係を築いたことから抱いた恋慕、付き合ってくれ、と吐く彼の姿。恥ずかしそうに顔を真っ赤にして語り上げる彼の姿を、私は見ていた。


 そんな告白を受け止めて、私はどうするべきだったのだろう。


 頭の中に過るのは俊也のこと。私と最初に関わってくれた男の子。ずっと一緒に過ごしてくれた男の子。誰かに寄りかかることもなく、私だけを見てくれた人。


 私は俊也が好きだった。

 俊也が好きだったから、その告白を受け入れることは間違っている。


 でも、更にその時、頭に過ったのは、俊也が私のことを好いてくれているのか、という不安。


 彼は感情を表に出さない。

 出さない、というより、感情を出すのが苦手なのだろう。


 自らの欲望を示すことはなく、私の提案でも悠太の提案でも、すんなりと受容してくれる彼の姿。彼から何かを提案してくれるということは今までになくて、彼が私に踏み出してくれることはない、という不安を抱いて仕方がなかった。


 悠太のことも嫌いじゃない。もちろん好きだ。でも、それは恋愛的な好意ではなく友情に近い好意。だから私はそれに対して迷い続けた。


 答えを保留することだってできたはずだ。でも、その不安感に独りで向き合うことはどこまでも怖かった。だから、彼の告白を受け取って、そうしてどうするべきかを一瞬の間に片を付けたかった。


 ──そんなときに過る、いけない感情。

 許されてはいけない選択。

 それを選ぶことは間違っているような気がしたけれど、欲望がどこまでも優先された瞬間。


 俊也に意識してもらいたい。


 俊也に自我を出して、そうして私に好きだと言ってほしい。


 もし、好意がないのならば、それを伝えてほしい。


 諦めるきっかけが欲しい。



「いいよ」



 私は彼の告白を受容する。


 きっと、それがあまりにも愚かな行為であることは言うまでもないだろう。


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