第3話 異世界のアイドル
廊下を通り、軽快な音楽が流れてくるほうへ向かうと、音の発生源は客室だった。その部屋のドアを勢いよく開ける僕。
ドアの先では、ド派手な光と音楽の中心で、一人の『バーチャルアイドル』が歌って踊っている姿が、空間に投影されていた。
「うぉおおおっ! なんだいきなりっ?」
頭にハチマキを巻き、そのアイドルにペンライトを振りながら、熱狂的に応援していたおじさんグループの一人が驚く。
「あっ、すいません、ノックするの忘れてました。あの、これって一体……」
「なんだ兄ちゃん、まだ若いのに知らねえのかい? 歌って踊れるパーフェクトアイドル『アクトちゃん』に決まってるじゃねえのっ! そんなことも知らんとは不勉強だぞっ!」
見ると、現世でいうスマホより少し大きいぐらいの端末から光が出ており、その光が空間にアイドルの映像とライブ会場を形作っているようだ。
「この端末は……?」
「それも知らんのかい? キングカンパニーが販売してる『キングライブス』って配信端末さ。これでいつでもどこでも一瞬で世界中の人とつながれるし、撮影機能でワンタッチ配信もできるし、アプリでこうしてライブも観れるってわけ。好きな推しがいたらコメントを打ったり、応援や感謝の気持ちを込めて『スーパースロー』っていう投げ銭をしたりして、配信を盛り上げることもできるんだぜ。いや~、便利な時代になったもんだよな。おかげで推し活がはかどるはかどる!」
なるほど、つまりこれは現世でいうSNS端末。空間にライブ映像を投影して、あたかも自分がその場にいるかのような臨場感を味わえるとは、どうやらこの世界は配信においては、現世より先を行ってるみたいだな。
バーチャルでも伝わってくるファンの凄まじい熱気の中、一曲を歌い終えたアクトが、ファンに手を振りながら話し始めた。
「みなさ~ん! はじめましての方もアク友の方も、今日はアクトのライブに来てくれて本当にありがとう。歌って踊れるパーフェクトアイドル、アクトで~すっ!」
「キャ~キャ~っ!」
「アクトちゃ~ん! うぉおおおおぉおお~っっっっ!」
男女問わず放たれるファンからの凄まじい歓声、そして信じられない勢いで飛び交うコメントや投げ銭の量が、アクトの超絶的な人気を物語っていた。
「アクトちゃんはね、人が歌ったり踊ったりを感知する、キングカンパニーの最新技術によって誕生したアイドルなんだよ。つ、ま、り、アクトちゃんの裏にはその歌や踊りを実際にやってる『誰か』がいるってわけ。も~、そういうミステリアスなところもアクトちゃんの魅力なんだよね~」
ここまで凄まじい人気とは、一体どれだけ破格の数値が視えるんだと、僕はこの目でアクトの『バズる才能』を視ようと試みたが、なぜかどれだけ目をこらしても、アクトの数字だけはどうしても視えなかった。周りのおじさんたちの『3』だったり『4』だったりの数字は視えているため、僕の力が失われたわけではないらしい。
推察するに、どうやら僕のこの目は『生物』にのみ対応しているようで、アクトは人の声や動きを感知するバーチャルアイドルという特異な存在であるため、たとえその背後に実在の人物が存在しているとしても、そこまでは透視できないのかもしれなかった。
「ねぇねぇキミキミ! これも見てよ!」
アクトの話ができるならもうなんでも嬉しいといった感じで、おじさんがキングライブスと呼ばれた端末をいじりながら、僕に話しかけてきた。
「キングライブ、略して『キングラ』には、配信者の人気をリアルタイムで表したランキングがあるんだけどね。そこでアクトちゃんは1位を取ってからこれまで、一度も抜かれたことがないんだ。それはもう常にぶっちぎりの1位。そしていまもその『伝説』は継続中ってわけ。もうほんと、2位以下とは比べものにならないレベルだからね。この子を抜ける配信者なんか、もう今後出てこないんじゃないかなぁ」
ぶっちぎり1位……。ってことはつまり、この世界の配信でトップを目指す僕にとって、アクトは倒すべき『ラスボス』ともいえる存在じゃないか! そして一度も抜かれたことがないって、どれだけ強いんだアクトのチャンネルは……。
この世界では視聴者からの人気度は、登録者数や再生数、視聴者からの応援や支持率を総合した『バズるポイント』、通称『BP』という数値で表されているそうで、ここは僕の視える数値と相通ずるものがあると思った。
端末の画面を見ると、たしかにアクトのチャンネルは2位以下とはダブルスコア以上の圧倒的な差をつけて、その玉座に君臨していた。
1位 【パーフェクトアイドル☆アクトチャンネル】 BP 1億5311万4586
2位 【さあ、冒険をはじめようっ!】 BP 4756万8403
3位 【今日からはじめる魔法生活】 BP 4267万3694
4位 【ぼく、牧場を相続しました。~ぼく場ストーリー~】 BP 3894万7578
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ぼ……僕の数値『1』に対して、BP1億5千万……!
僕が倒すべきそのライバルは、この世界の、『配信界を統べる女王』……。
『1対1億5千万』という、やる前から勝敗がわかりきっている、あまりに無謀すぎる戦い……。現世での言葉を借りれば、いわゆる『無理ゲー』というやつだ……。
そのあまりの格差に落ち込む僕の目に、配信画面の左横に表示された、ある『ゲージ』が目についた。
「……この画面のゲージは?」
「ああ、それは『フィーバーゲージ』っていってね。配信による視聴者の興奮や熱狂度合いを感知して、リアルタイムで増減していくゲージなんだ。ゲージがマックスに達したら、『フィーバーモード』に突入してコメントやスパスロが飛び交いまくるってわけ。ほら、説明を聞くよりものは試し! キミもアクトちゃんを応援応援っ!」
「えっ? あああ、あのっ」
おじさんたちに強引に手を取られ、むりやりライブの応援に参加させられる僕。
いや、その言い方には少し語弊があったかもしれない。
最初はたしかに、おじさんたちに命じられるまま、強引にやらされていた。
が、悔しいことに、アクトのライブを全身で感じていくほどに、僕はそのあまりの熱量、あまりの素晴らしさに、いつのまにか心が震えるほど感動してしまっていて。
いつか倒すべきライバル、そんなことすら忘れてしまって、最後にはおじさんたちと一緒に、アクトのライブを純粋に楽しんでしまっている自分がいた。
敵と身構えている僕のような人間ですら巻き込んでしまう、アクトの圧倒的な華と魅力……。
こ、こんなバケモノを僕は倒さないといけないのか……?
才能『1』の、現世では万年底辺配信者だった僕が……?
一体どうやって……?
アクトの圧巻の歌とパフォーマンスの数々。感動のライブは終わりを迎え、ファンの大熱狂の中、その幕を閉じた。
「昨日も今日も明日もパーフェクトアイドルっ! みんな、今日は本当にありがと~っ! よかったらまた、アクトのライブ観にきてねっ、ばいばいっ!」
次の瞬間、配信画面から「フィーバー! フィーバー!」という音声があがり、華やかなファンファーレが鳴り響いた!
画面全体に『フィーバーモード!』ときらびやかなエフェクトが表示されると、飛び交う投げ銭と同時にコメントが目にも止まらぬスピードで更新されていく!
《フィーバーモード突入だぁ~っ! みんなスパスロ投げまくれぇ~っ!》
《ナイスロっ!》
《ナイススロー!》
《アクトちゃんおつかれ~っ! ナイスライブっ!》
《アク友はずっとアクトちゃんの味方だからねっ! 昨日も今日も明日もパーフェクトアイドルっ! ラブラブっ!》
なんだ……なんなんだこのバケモノは……。
現世でなにをやっても底辺配信者だった僕が、真正面から戦ったところでこんなバケモノに勝てるはずはない……。
唯一頼れるのは、僕のこの『目』……。
期限はたったの一年。
底辺配信者だった僕が、どうやったらこんなバケモノに勝てるのか、勝つための『戦略』を練る必要がある……。
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