第2話 バズる才能視(ビジョン)

 なぜか波音が聴こえて、目覚めたら海岸だった。


 砂浜からゆっくりと身体を起こし、僕は自分の手や足が透けたりしていないのを確認した。


 これは……夢? いや、僕の五感が、ハッキリとこれは『現実』だと告げている……。


 あのまま落下していたとすれば、いまここに僕の命があるはずはないため、どうやらあれは死ぬ前に見た夢ではなかったらしい。


 となると、あの声の主が言っていたように、僕は本当にその『異世界』に……。


「お~い! 大丈夫かあんた~!」


 波音の間をかきわけるように、どこかから声が聴こえる。


 辺りを見渡すと、砂浜の向こうに看板と宿があり、そこから四人の従業員らしき人たちが、慌てて僕の元に駆け寄ってくるところだった。


 そのなかの一番年配の、リーダーらしき恰幅のいい女性が、僕の身体を支えながら言った。


「ちょっとあんた! 大丈夫かい!」


「う……ん……。ここは……?」


「あんた一人で倒れてたんだよ! 覚えてない?」


 女性は宿のおかみさんだった。この近くの宿の人が、砂浜に一人で倒れている僕を見つけ、心配して駆け寄ってきてくれたらしい。


 その発見者によると、さっきまでそこには誰もいなかったのに、ふと振り返るとなぜか僕の姿が『急にそこに現れた』ように見えたそうだ。いろいろと思いあたることがありすぎて、僕は本当に異世界に来てしまったのだなぁと実感する。


 と、そこで初めて、僕は『妙なこと』に気づいた。


 宿の人たちの頭上あたりの空間に、なぜか『2』だったり『3』だったり、人によって違う『数字』が視えるのだ。


 一瞬疲れてるのかと思い、何度も目をゴシゴシとこすってみるが、『謎の数字』は一向に消える気配がない。


 ……これは一体……?


 そこで僕は、『自分が死ぬ前の記憶』を思い出した。


 あの死の間際、声の主から最後に聴いた言葉。


「宿る能力は、その対象の生まれ育った歴史、才能や適性によって決まり、すべて違うものです。さて、あなたに宿ったものは……。おや? これは驚きました……このような能力は初めて……。こんな能力が宿るなんて、あなたはとてもユニークな才能をお持ちのようですね」


 僕に宿った、その能力とは……?


「まさか対象の『配信の才能』が視える能力なんて」


 対象の『配信の才能』が視える能力……。つまり……『バズる才能』が視える力……?


 この宿の人たちに視えている『2』や『3』だったりの数字は、そのものズバリ、この人たちが『バズる可能性』の数字……。この数値が高ければ高いほど、その人は人気配信者になれる才能、実力を持っているというわけか……。


 まさか僕にそんな数値を密かに盗み視られているとは知らず、おかみさんたちは僕を心配して宿の中に連れていってくれた。


 大丈夫、一応身体は元気ですと言ったのだけど、寝てなきゃダメだと言われ、僕はおかみさんに半ば強引に、空いていた客室のベッドに寝かせられた。

 

 客室の椅子に座り、おかみさんが僕に尋ねる。


「あんた名前は?」


 別にウソをつく必要もないと思ったため、僕は正直に自分の名前を答えた。


「はい。ウラベ、ロクローです」


「ウラベロクロー? なんだいそりゃ? 変な名前だねぇ」


 いや、一応『ウラベ』と『ロクロー』で区切ったのだけど、どうやら『ウラベ・ロクロー』ではなく、そのまま『ウラベロクロー』という名前に間違われてしまったようだ。おかみさんに苗字を聞いたところ変な顔をされたので、この世界にはまず苗字という概念自体が存在しないらしい。


 変にツッコんで疑われるのも嫌なので、僕は『ウラベ・ロクロー』ではなく、そのまま『ウラベロクロー』になりきることにした。


「それで、あんた一体どこから来たの?」


 うぐっ! その質問はまずい……。まさか「はいっ! 実はこことは別の世界から来ました~っ!」なんてバカ正直に答えるわけにもいかないし……。その辺の町とか答えて、変にそれ以上ツッコまれてもまずい……。


 僕は頭に手をやりながら、苦笑して答えた。


「あっ、あの~、その辺はなんていうか、ちょっと記憶がないっていうか……」


「ええっ! 記憶喪失ってこと? 大変じゃないかあんた!」


 ……しまった。逆になんか『記憶喪失の謎の男』という変な設定を背負うことになってしまったぞ……。


「あっ、いえ、その辺はそこまで深刻じゃないっていうか、ほとんどのことは覚えてて、記憶がないのはごくごく一部っていうか」


 自分でも全然ごまかせていないのはビシビシ感じていたが、口から出てしまったものはしょうがない。僕は話をそらすため、今度はおかみさんのほうに質問を投げかけた。


「あの、一体この町は?」


「ここはナギサタウン。エメラルドグリーンの美しい海がなにより自慢の、観光の町さ。このシンジュの宿もいまは寂しいもんだけどさ、観光シーズンは海の見える宿って大にぎわいになるんだよ」


「なるほど、たしかに綺麗な海でしたもんね。現……いや、昔僕のいた場所でも、あんな綺麗な海はめったになかったなぁ~」


「昔いた場所? さっき覚えてないって言ってたじゃないか」


 うぐぐっ! しまった、またやってしまった!


「いえ! あの~その~、ハッキリした場所はわからないものの、断片的な映像だけは残っているというか、綺麗な海だったな~という印象だけは覚えているというか」


「なんだいそりゃ? 名前といい記憶といい、ほんとおかしな人だねぇ」


 しどろもどろになりながらも、これ以上ボロが出ないように必死に挽回を試みる僕。(もうすでに出ているような気もするが)


 なんとか取りつくろいながら、この世界の情報を得るためおかみさんに質問を続ける。


 おかみさんに聞いたところによると、この世界『イスカシエロ』には『五大陸』と呼ばれる五つのエリアが存在し、東西南北でこのシンジュタウンのあるイーストエリア、ウエストエリア、サウスエリア、ノースエリアときて、中央に最も栄えたセントラルエリアというものがあるらしい。


 おかみさんとの会話で、この世界のことが少しずつ理解できてきた僕。そんな僕の目に、『あるもの』が飛び込んできた。


 ベッドから見えたもの。それは客室の壁に取りつけられた『鏡』だった。


 思わず飛び起きて、鏡の元へ向かう僕。


「あらあんた! 急にびっくりするじゃないのさ! その鏡がどうしたっていうんだい?」

 

 この鏡に自分の顔が映る未来を想像すると、心臓が破裂しそうになるほど鼓動が急速に高まっていった。


 かつて現世で、なにが自分に足りていないのかもわからず、ただがむしゃらに頑張っていた僕と、いまの僕はなにが違うのか?


 そう、いまの僕にはこの『目』がある。


 この目で『自分自身の姿』を視てみれば、僕に配信者としての才能があったのかなかったのか、どんな評論家に意見をもらうよりハッキリするはずなんだ……。


 はやる気持ちのような、現実を知りたくない恐ろしい気持ちのような、そんな非常に複雑極まる心境で、僕は鏡で自分自身の顔を視た。


 すると。


 なんとそこには、ここまで視てきた宿の人たちの誰よりも低い、『1』というあまりにも無慈悲な現実が浮かんでいた……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……いや、それは正直ショックはショックさ……。


 なるほど……これだけ見事に才能がないのであれば、現世でどんなに頑張っても、なにをやっても芽が出なかったのも、至極当たり前の話だったんだなと実感する……。


 僕は自分の配信者としての才能のなさを、他ならぬ『自分自身の目』で視た、『明確な数値』によって思い知らされてしまったのだ……。


 でも、ある意味ではいいことじゃないか、これで僕には配信者としての才能がないことがわかったんだ、これ以上無駄に努力を重ねる必要もなくなる……。


 そう強がってはみたものの、人間の感情がロボットのオンオフのように簡単に切り替えられたら苦労はしない。現世でのあの十年間の苦悩は一体なんだったのかと、かつての苦闘の日々が積み重なり、僕の背中に重くのしかかってくる……。


 僕が自分の才能のなさに打ちひしがれていると、どこかから軽快な音楽に合わせて、誰かが熱狂している声が聴こえてきた。


 正直まだ心のエネルギーは回復してなかったけれど、僕はおかみさんに尋ねた。


「……なにがあってるんです? ずいぶん騒がしいみたいですが」


「ああ、あれね。『キングライブ』って配信アプリさ。あたしは年なもんでそういうのには疎いんだけどね、子供や孫なんかはなにがそんなに面白いのかってくらい、毎日それに熱中してるよ」


 『配信』という言葉が耳に入ってきた瞬間、僕は自分の心臓がドクリと脈打つのを感じた。


 この世界の人から『配信』という言葉を聞いたのは、これが初めてだった。


 才能はない。たしかに僕には配信の才能がなかったが、それでも僕はこの世界で、かつて果たせなかった『夢』をつかまなきゃならない。こんなバズる才能『1』の僕なんかの配信でも観てくれていた、視聴者さんたちのために。


「おかみさん、僕ちょっと行ってきますね!」


「あらあんた! まだ動いちゃダメだってのに!」


 おかみさんの制止を無視して、僕は下流から上流へと音の流れをたどるように、音楽が鳴り響いているほうへと向かった。

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