第9話

 どれぐらいの時間泣き続けていただろうか。

 思っていたよりも気分はスッキリとしていた。

 いつだったか、泣くこと自体に気持ちを落ち着かせる機能があると彼は言っていた。

 その時は疑わしかったけれど。今ならわかる。身を持って実感したから。

 そして、それと同時に、私にはどうしようもないくらい彼が必要だと思い知らされた。もう会えないと言われてもやはり彼のことを考えてしまう。


 だから。

 ここから抜け出そう。それしかないと思った。


 ここを抜け出す。そのために私にできることは一つしかない。


 自分で自分の力を検証することだ。


 私は彼の怪我を治すことができた。

 彼の説によれば、これは月の光による光合成のようなもの。であれば普段の私はさながら周囲の生命力か何かを呼吸している、ということらしい。

 まずは本当に月の光によるものなのか。それを実験する。

 月の光が遮られている部屋の隅へと移動する。そして、私は自分で見ないように目を塞ぎながら自分の腕を引っ掻いた。


「つっ……!」


 痛みを実感し、目を開く。赤くなった患部からはじわじわと血液が滲み出ていた。

 それをじっと観察する。光を浴びていないため、彼の怪我のように傷が塞がる様子はない。


「よしっ、これで」


 部屋の真ん中、鉄格子の窓から光が漏れているところへと歩く。そして、腕を窓の方へと掲げる。

果たして傷口は少しずつ塞がっていった。


 間違いない。

 月の光のおかげだ。


 しかし、まだ検証は終えていない。

 陽の光でも同様に治るのか。

 月の満ち欠けによって修復速度の変化はないか。

 これらを確認しないことには確証は得られない。


 これも全部彼が話していたこと。いや、あれは独り言だったのかもしれない。私に話していたわけではないのかもしれない。

 でも、もしかしたらこうなることも考慮して私に伝えていたのだとしたら……


 彼が調べたいと思っていたことなら尚更。今私がやるべきことはこれしかない。


 そうして私は夜が明けてから同じ工程を、再び夜が更けた後も同じ工程を、と毎日繰り返した。


 結果としてやはり陽の光では何も起きなかった。そして、体感時間でしかないが、月の満ち欠けに対応して力の大きさも変化している感じがした。


「となると……」


 満月の夜。それが私が一番力を発揮できる日だ。


 次の満月の夜、その日までにこの人知を超えた力を脱出に活かせるようにする。


 これが私が今度やるべき課題だ。

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