第2話
ーーあの家には魔女が住んでいる。だから決して近づくな。
小さな頃から親にずっとそう言い聞かせられてきた。
「お前は賢いから大丈夫だと思うけど」という前置きを置いて。
だが、それを「はい、そうですか」とそのまま鵜呑みにする方が馬鹿ではないだろうか。
僕はそんな馬鹿じゃない。
魔女とやらをこの目で拝むまでは危険かどうかなんて判断しない。
それにあれはとてもじゃないが「家」だなんて呼べない。
完全に牢屋だ。
僕と年も変わらない少女をそんなところに幽閉する大人達の方が常軌を逸している。
だから僕は魔女に会いに行った。
家族皆が寝静まった頃合いを見計らって家を出る。
普段いい子にしていたからだろうか。両親は僕が夜遅くに人目を忍んで家を抜け出すなんて思ってもいないのだろう。すんなりと家を出られた。
今日は満月らしい。雲間に遮られてはいるが、時々顔を出すその光のおかげで思っていたよりも明るい。
それがまた僕の気持ちを昂らせた。
初めての深夜徘徊。もちろん不安もあったが足取りは軽かった。
そうして10分ほど歩いただろうか。隣家が並ぶところから少し外れたところに、家とは言い難いそれは建っていた。
実際に近くまで来るのは初めてだ。
近くに見張りらしき人影は見当たらない。みんな煙たがっているのだから当たり前か。
タイミング悪くちょうど空は大きな雲が覆っている。そのため、暗がりの中に佇む牢屋の異質さはより一層際立ち、一歩一歩踏み進む足が徐々に重くなっていくのを感じた。
まだだ。まだ魔女を確認していない。
それなのに怯えていては、大人達と何も変わらないだろう。
そう自分に言い聞かせ、重い足を前に動かす。静かな中、自分の足音とつばを飲む音だけが嫌に大きく聞こえた。
近づいて行くと、正面に見える壁には、僕の背より少し高い位置に鉄格子があった。
何か上に乗れる台があればここから覗けるかもしれない。
あたりを見回してみる。
建物の横にちょうど良さげな木箱を見つけた。
これを窓の真下に持っていけば中が覗けそうだ。
そう思い、木箱に近づいてみると、そのすぐそばには扉が見えた。
この牢屋の入り口であるが、見るからに重々しい。そしてやはり厳重に鍵がかけられている。
魔女を一目見るだけ。そう考えていただけだから、そもそも正面切って入り口から入ろうとまでは思っていなかった。
だから当初の予定通り、扉は無視して木箱を持ち上げる。中には何も入っていないのか、木箱はすんなりと持ち上がった。
「よいしょ、っと」
やばい。
迂闊にも持ち上げる際に声を出してしまった。
自分の心臓の音が早まるのがわかる。
「うあぁ……?」
答えるように建物内から声が聞こえてきた。
思わずつばを飲む。
気付かれた。しかし、聞こえてくるそれはおよそ言葉と言えるものではなかった。
それがまた不気味さを強める。
本当に魔女なのだろうか。
人間じゃないのか。
恐る恐る木箱の上に乗って鉄格子の先を見る。それを助けるかのように、月を覆っていた雲は裂け、雲間から差し込む月明かりが中を照らした。
いや、それは正しくない。
正しくは月明かりによって、中にいる女の子が発光していたのだ。
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