第43話 1週間ぶりの再会と明かされる事実


 黒ずくめの仲間に中にいた、女性らしき誰かによって、荷物どころかポケットの中身まで取り上げられた私は、手足をグルグル巻きに縛り上げられた上、目隠しと猿轡までされた格好で、荷車のようなものに乗せられた。


 お陰でこっそりポケットに入れてきてた、スキルで出したはちみつレモンキャンディまでボッシュートだよ、クソ! 私のおやつを返せ!


 オイお前ら! せめて取り上げたキャンディちゃんと食えよ! 捨てるなんて勿体ない事したら半殺すからな!

 ……といった意味合いの言葉を、塞がれた口でフガフガ言いつつ、荷車で運ばれて行く事しばし。


 拘束を解かれた私が押し込まれたのは、やたらとだだっ広くて天井の高い、妙に小奇麗な牢屋だった。

 換気口とおぼしき、小さな長方形の窓っぽいものが、天井近くに等間隔で設置されている所から察するに、ここは地下牢なのかも知れない。


 上下左右と背面はがっちりした石壁。前面は全て間隔の狭い格子で仕切られていて、窓は見当たらない。まさにザ・牢屋といった見てくれだ。

 ただし、床には厚手の絨毯が隙間なく敷かれているし、よく見れば壁際には割としっかりした造りの、3段ベッドがズラッと並んでいた。何とも変な牢屋だと思う。


 でもって、その変な牢屋には、既に先客がいた。

 優に10人を超えるであろう数の、若くて綺麗なお姉さん達が、揃いも揃って意気消沈した表情で、絨毯の上に直座りしていたのである。


 お姉さん達の大半は茶系の色味の髪をしていて、服装はてんでバラバラ。多分みんな平民なんだと思うが、中には金髪の人も何人か――


「プリム! プリムよね!? あんたまで捕まったの!?」


「え? ――あっ! シエラ! トリアにモアナも! よかった、無事だったんだ!」


「ええ、なんとかね……。ここへ来るまでには、ふん縛られたりとか結構雑に扱われたけど、今は割と丁重に扱われてると思うわ。量は少ないけど、ちゃんと3食食事も出されてるし。

 ていうか、それよりあんたの事よ、あんたの! なんで捕まってんのよ!」


「え、なんでって、そりゃわざと捕まったに決まってるでしょ。私を捕まえに来た連中も、シエラ達の事よく知ってるみたいだったし、安否を直に確認するなら、こうするのが一番手っ取り早いじゃない」


「わざとって……あ、あんたねえ……!」


「……ごめんなさい! あたしが人質に取られたりしてなければ、こんな事には……!」


 ケロッとした顔で言う私にシエラが突っかかろうとした所で、しょげ返った顔のトリアが頭を下げながら割って入ってくる。

 ああ、成程。それでシエルも、ろくに抵抗できなかったって訳か。納得だ。

だけどね。


「悪いのはトリアじゃなくて、あの黒ずくめの連中でしょ。そこん所はき違えちゃダメよ、トリア。そういう、不必要な謝罪は受けつけません。却下よ、却下。……それはそうと、シエルは?」


「……。ごめん。分からないの。連行される時点で、違う所荷車に乗せられてたみたいだから。……あのバカ、捕まった先で変に反抗して、痛め付けられたりしてなきゃいいけど」


「流石にそれはないんじゃない? 幾らシエルが単細胞のおバカだからって、そんな無鉄砲な事はしない……と思いたいよね、うん」


 顔をしかめるシエラに、私も複雑な気分でそう口にする。

 そうだよねえ。心配だよねえ。


 あいつ、パッと見はだいぶ賢そうな感じなんだけど、中身は結構脳筋だし、自分の置かれた状況や立場を鑑みずに行動して、痛い目見るんじゃないかって言うシエラの懸念も、一概に否定し切れないというか……。短気で口も悪いしなぁ。


 それに、中身の粗野さと反比例するかのように、見てくれはめっちゃいいから、そっち関係のトラブルに遭う可能性も懸念される。

 取っ捕まってる先で、女性向けのBでLな展開に巻き込まれてなきゃいいが。


 もし仮に、あいつがお婿に行く気力をへし折られて帰って来るような事があったとしても、何も言わず温かく出迎えてやろう。

 私が友人としてあいつにしてやれる事なんて、そのくらいしかないしな。

 私が斜めにずれた心配をしていると、私とシエラの話を聞いていたモアナが、分かりやすく眉尻を下げた。


「えぇ……。単細胞のおバカって……。シエルって普段そんな感じなんだ……。私は普段シエルとは、精々村の寄り合いとか、ご近所づきあい程度でしか顔を合わせないから、知らなかったわ」


「ええ、実はそうなのよ。姉の私が言うのもなんだけど、幻滅しない? そういうの」


「あ、うん……。ごめん。確かにちょっと幻滅したかも……」


「あんたって結構正直者よね、モアナ。まあ私も、今日び頭の足りない男なんてノーサンキューって気持ちは、よく分かるけど」


「あーあ。プリムにまで言われたらおしまいよねえ、あいつも」


「ねえシエラちゃん、それどういう意味? 私もシエルと類友だって言いたいのかな?」


「いいええ。そんな事ないわよ? あんたはシエルと違って、ちゃあんと頭が回る子よ。でもまあ、こうやって向う見ずにも自分から捕まるような真似する辺り、危機感てのが欠落してるとしか言いようがないし、あんまり人の事どうこう言えないんじゃないかなあー、とは、チラッとだけ思ったり思わなかったりするけども」


「それはそれは。持って回った言い回しどうもありがとう。……で? 今の発言を端的に言い直すと?」


「もっと自分を大事にしなさい、このイノシシ娘。あんたになんかあったら、私泣くからね」


「……あ、ハイ……。ごめんなさい……」


 あまりにストレートな心配の言葉を投げかけられて、私は矢も楯も堪らず、シエラに深々と頭を下げて謝った。

 直前まであんなノリで喋っておいて、いきなりそういう事言うのはずるいよ、シエラ。


 でも、そうさせたのは私か。

 ホントごめん。心配させるような真似して申し訳ない。

 それに関しては心から謝罪します。すいませんでした。


「――あの。先程そちらの方が、村の寄り合いがどうとか、仰られておりましたけど……。もしかして皆様は、ザルツ村の関係者の方々でしょうか?」


 申し訳なさから項垂れて反省していると、横からやおら、そんな風に呼びかけられる。

 項垂れた顔を上げ、声の聞こえた方に目を向ければ、綺麗な黒髪を腰まで伸ばした青い瞳の美女が、こちらに不安気な眼差しを向けていた。



 端的に言うなら、私達に話しかけてきた黒髪碧眼の美女は、今現在筆頭公爵家となっている、へリング公爵家現当主の奥様――要するに、公爵夫人でいらっしゃいました。

 公爵夫人のお名前はクローディア様。元から旦那様共々、慈善事業を通して平民とも積極的に関わる、実にアクティブな日々を送っておられたらしい。


 成程ねえ。何かしら思い違いでもしてるのか、むやみやたらと気位が高く、平民に話しかけるどころか、平民が傍に近寄る事にも難色を示す者が多い上位貴族(ウチの毒親なんてその典型だった)の中にも、そういう人がいるんだな。


 ついさっきも、「不敬は問いませんので、普通に話して頂ければ嬉しいのですが」、とおっとりした笑顔で言ってくれたし。実に懐が広い。


 なんにしても、そういう性格だから、平民の私達に声をかける事にも全く抵抗がなかったって訳だ。

 残念ながら、クローディア様みたいな人は少数派だと思うけど。

 あと、お前も元は貴族で公爵令嬢だっただろ、という突っ込みはナシでお願います。


「……あの、恐れ入りますが、その公爵夫人様がなぜ、私達にお声がけ下さったのでしょう?」


「そうですわよね。疑問に思われますわよね。実の所、私達上位貴族の間でも、ザルツ村の方々の話は非常に有名なのですわ。「高位精霊の加護と友愛を得て、前王の暴挙を無血にて退けた奇跡の村」だと」


 クローディア様から、不敬は問いません、と前置きされたにも関わらず、それでもやっぱり無礼打ちが怖いらしいシエラとトリア、モアナに、クローディア様との会話を丸投げされた私が代表して問いかけると、クローディア様の口からサラッと、とんでもない言葉が飛び出してきた。

 私だけでなく、シエラ達の方も驚きで間を丸くしている。


「――はっ? えっ? そ、そうなんですか?」


「ええ、そうなのです。――ですから陛下も、要らぬ欲を出してしまわれたのでしょうね」


 ちょっとどもりながら発した再びの問いかけに、クローディア様が眉根を寄せながら答えた。


「……どういう事ですか?」


「それについては今ご説明致しますわ。少し長くなりますが、どうかお聞き下さい。……私達貴族は、あなた方が住まうザルツ村の事に関して、精霊に力を借りて前王の侵攻を退けた、という事や、その大まかな手法などは存じているのですが、事細かな内情までは分かっておりません。


 高位精霊の力が働いていて、間諜を送り込めないという事もありますが、何より、その力によって手痛い失態を犯す事になった、前王陛下の目がございましたから。ザルツ村の話は一時期王城内において、禁句も同然の扱いになっておりましたわ」


「ああ……。それはそうでしょうね。前王からして見れば、屈辱的な負け戦の話ですもんね……。ほんの一言二言であっても、耳に入れたくないと思うのは当然だったかも知れません。前の国王様は、神の天嶮てんけんも真っ青なくらい、プライドの高い人だったみたいですし」


 クローディア様の話に、私は顔が引きつりそうになるのを堪えつつ、幾らか言葉を選んでそう返す。

 ちなみに『神の天嶮』というのは、この国がある大陸の、北の端っこにそびえ立っているという、標高が激烈に高い山・エギーユ山の事だ。


 私は実際には見た事ないけど、エギーユ山はどれほど遠目に見ても、決して山頂を目にする事ができないほどの高さから、神話では『天界に繋がる道がある山』とされている他、クソほどプライドが高い人間への揶揄にも使われる。


 元の世界でいう所の、『プライドがエベレスト並に高い』とか言う表現と、おおよそ同じようなノリの言葉だと思ってもらいたい。こっちではそこに、『創世の神に対して敬意を払わない不遜なバカ』とかいう意味もプラスされるけど。


 要するに、今さっき私が言ったのは、クソ王への婉曲な悪口です。

 こっちはあの野郎のせいで散々迷惑被ったんだ、この程度の悪口は許されるだろう。

 クローディア様もクスクス笑ってるし。


「ええ、そうですわね。――話を戻しますが、何か月も言論統制に似た状態が続いたせいか、前王が崩御され、政権が現王の手によるものへと完全に移り変わって以降、城に参内する貴族達を中心に、出所が分からないザルツ村に関する噂が一気に噴出し、そこかしこでまことしやかに語られるようになりましたの。


 ザルツ村の住人達は誰もが精霊の加護を持っている、とか、村の若者は、みな精霊に愛され、精霊の声を聞き、その力をいつでも振るう事ができる、とか。ですから、陛下は――」


「ちょっ、ちょっと待って下さい! じゃあまさか今の国王様は、そんな根も葉もない噂を真に受けて、シエラ達に目をつけて攫ったって言うんですか!?」


「間違いなく、それもあると思います。もっとも、根底にあるのは見目のいい若い娘を侍らせて楽しめる、国王専用の後宮を創設する事のようですが」


「……はい?」


「あなたやあなたのお友達の方々は、上位貴族の私の目から見ても、とても見目のよい方々ですし、しかもそれが、噂に名高いザルツ村の若者だとなれば、陛下も一石二鳥だと思われた事でしょう。それはもう、私に侍るに相応しい娘達だなんだと、頭の悪い事をね。


 なにせ筆頭公爵からの、後宮計画の即時撤廃を求める奏上を疎んじ、筆頭公爵を御身から遠ざけた挙句、嫌がらせとばかりに筆頭公爵の妻である私を参内中に攫って、こんな所に閉じ込めるほどのおバカっぷりなのですから」


 淑女の笑みを浮かべるクローディア様の白皙はくせきのかんばせに、幾筋かの青筋が浮くのを、私は確かに見た。これで手元に扇子なんてあったりした日には、その扇子がボッキリ半分に折れてたと思う。

 ヤバッ! 怖っ! バカ王の行動に腹立てる以前に、クローディア様が怖い!


「幾ら「担い手がいないから」という理由で回ってきた筆頭の地位であっても、我が家は筆頭の名を拝命する際、王の御前で直接、身命を賭して王家に仕える事を改めて宣誓しているのです。

 その、忠臣たる貴族家に対してこの仕打ち……言語道断の許されざる所業ですわ。つける薬もないとは思いませんか?」


「……ソウデスネ」


 辛うじてクローディア様にそう返すが、一本調子の棒読みになってしまった。

 あの、私、別に悪くないよね??

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