第41話 王都に落ちる影と闇



 短い夏があっという間に過ぎ去り、秋が深まってきた頃。私はリトス、デュオさん、カトルさんの3人と王都に来ていた。

 私とリトスにとっては、優に9年ぶりの帰郷でもあるのだが、残念ながら遊びに来た訳じゃない。


 実は、ちょっと王都に行ってくるね、と言い残して出掛けたまま、一向に戻って来ないシエラとシエル、トリア、それからモアナを探しに来たのです。


 ちなみにモアナというのは、今から数か月前、いきなり病死しましたと公表された人望ゼロなクソ王(絶対謀殺されたんだと思う)こと、シュレインの治世のせいで王都に住んでいられなくなり、小さな商家を営んでいた両親と、年の離れた弟の4人でザルツ村に移住してきた15歳の女の子で、今は家族みんなで農業に従事しながら生活している。


 曾祖母が下位貴族の庶子だったという彼女は、平民には珍しい淡い金髪と緑の瞳を持つ美少女で、お父さんとお母さんも美男美女、弟もなかなかの美少年だ。

 お陰でうちの村に住んでる40代以前の若い世代は、ますます顔面偏差値が高くなりました。

 なんかもう、村ん中にキャバクラとホストクラブが作れそうな勢い。


 話を戻そう。

 事の発端は今から1週間前。モアナ達一家の元に、未だ王都で細々と暮らしているらしい、モアナにとっていとこのお姉さんに当たる女性から手紙がきた事だった。

 なお、モアナに見せてもらった手紙の内容を要約すると、以下の通りとなる。



 ――諸事情あって、来月から王城に務める事になったのだが、新王の方針により、一度王城に務める事が決まった平民は勤務開始から2年間、城の外に出てはいけないし、王の許可なく外部と手紙のやり取りをしてもいけない、という決まりができたらしい。


 このまま城に行けば、当分の間家族どころか親類とも会えなくなるし、そちらとの手紙のやり取りも難しくなるかも知れない。できれば城へ行く前に、モアナ達と会って話をしておきたいので、どうにか一時的にでも王都へ来る事はできないだろうか。


 どこの誰が目にするか分からないし、こんな事は内輪宛の手紙であっても書くべきでないのかも知れないが、新王が即位してからというもの、王都の情勢は不安定になる一方なので、親しい人に挨拶しないまま城に行くのは、どうにも不安で仕方ない。


 そちらも冬備えで忙しい時期だというのに、こんな我が儘を言って申し訳ないが、どうにか今月末までに時間を作って、王都へ来てもらえたら嬉しい――



 モアナだけでなく、モアナの両親や弟も、みんな心優しい人達だ。

 昔から親しくしている親戚の若い女性から送られてきた、弱音交じりの手紙を無視する事など、どうあってもできなかったモアナ達は、当たり前のように一家総出での王都行きを決めた。


 だが、出立の2日前、モアナの弟とお父さんが重い風邪を患ってしまった為、やむなくモアナだけが王都へ向かう事になったらしい。


 ついでに、王都で売られている品物に興味津々なシエラとトリア、そして、護衛役としてシエラに白羽の矢を立てられ、半ば強引に王都行きを決められたシエルの3人も、モアナに同道する格好で王都へ向かった……のだが、それっきり音沙汰がないのである。


 当たり前の事だが、村を出る前にモアナから、「大体2、3日もしたら、みんな一緒に戻ってくる」と言付けられていたモアナの家族は、モアナとシエラ達の事を大いに心配した。

 無論、出がけの前日にシエラ達から、王都行きの話を聞いていた私達も心情は同じだ。


 確かにあいつらはみんな野次馬根性が強いし、どっかしら浮かれポンチな所もある(モアナは除く)が、自分から進んで身内に心配をかけるような真似は絶対にしないと、村の人間はみんな知っている。


 なにより、何の前触れもなく全員揃って音信不通になるなんて、おかしいとしか言いようがない。

 これは、モアナ達の身に何かあったのだろうと、そう考えるのが普通だ。


 そんなこんなで、村の猟師会でも腕の立つリトスと、チート能力バリバリの私、そして、情報収集能力に長けているデュオさんとカトルさんの4人で選抜捜索隊を結成し、勇んで王都までやって来た次第です。


 しかし、王都に到着して中入ろうとした直後、門番から入都税にゅうとぜいと称して、1人につき大銅貨5枚も払わされるわ、街中の大通りに並ぶ品は相場の3倍近い値段になってるわ、宿を取ろうとしたら、素泊まりなのに1人1泊銀貨1枚も請求されるわと、とにかくお金がかかって仕方がない。

 これはもう、デュオさん達のような情報を扱う人間でなくとも、異常な事だと分かる話だ。


 特に、宿の値上がりっぷりは酷いの一言だ、とデュオさん達は言う。

 なんでも、以前訪れた時の平民向けの宿は、どこも素泊まりで大銅貨3枚。朝晩の朝食込みでも、大銅貨6枚から8枚当たりが相場だったらしい。

 確かにあり得ないわ。なんでこんな事になってんだか。


 正直かなり痛い出費だが、まさか街中で野宿する訳にもいかないし、やむなくお金を払って宿を取ったものの、当然納得なんてできるはずもなく、私達はひとまず宿の従業員を捕まえ、一体何があってこんな事になっているのか、話を聞いてみる事にした。


 そしたらなんと、前王が死んで今の王が全権を掌握した途端、税金が爆上がりした事が分かったのだ。

 おまけに、『今後起こりうる可能性がある災害に備える為』という名目で、王都への出入りに税金の支払いが課せられるようになり、今まで顔パス同然だった王家の御用商人でさえ、王城に入るには手続きが必要になったという。

 モアナ一家の元に届いた手紙にも、今の国王のしょうもねえ政策の一端が書かれてたが、一体国王は何がしたいんだろ。


 いや、もしかしたら、何かやりたい事があるとかいうんじゃなくて、なんも考えてない可能性もある。

 以前リトスが予想した通り、今の国王はパッパラパァのバカたれで、国民から金を毟り取る事と自分の保身の事しか頭にないのかも知れない。

 だとしたらこの国、今後色んな意味で相当ヤバい事になる気がするぞ……。


 どっちにしても、あんまり王都に長居してるとろくな目に遭わないのは確実だ、と判断した私達は、私とリトス、デュオさんとカトルさんの2組に分かれ、早々にモアナ達の目撃情報を聞くべく、街へ繰り出した。

 ……まではよかったんだけど、話を聞こうにも、街の人達の口が重いのなんの。


 最初は世間話に付き合う形で普通に色々話してくれるし、幾らかモアナ達の目撃証言も聞けたんだけど、いざ行方知れずになった人間を探してる、という話を持ち出すと、みんな途端に口ごもっちゃうんだよね。


 そんで最後にはみんな口を揃えて、もう帰ったんじゃないのか、とか入れ違いになってるだけだろ、とか、そういう話になって、それ以降はまともに取り合ってくれなくなってしまう。

 結局、大した手掛かりも得られないまま、私とリトスは大通りを出る羽目になった。


「……どうなってるんだろうね、ホントにもう……」


「そうね。ていうか、もしかしたらモアナ達、私達が思った以上にヤバい事に巻き込まれてるんじゃ……」


 私とリトスは、肩を落としながら脇道を行く。

 大通りや商店街の人がダメなら、今度は人通りがあんまりない場所で聞き込みをしてみようかな、と思って。


「可能性としてあり得そうな気がするね。プリムの言うその『ヤバい事』っていうのが国家ぐるみの陰謀で、街の人達は国に消されるのを恐れて、何も言えなくなってる、とか。現状、中身の薄いただの推測でしかないけど……」


「うーん……。もしそうだとしたら、どうしよう。一旦村に戻って対策立てる必要があるかな。でも、もうモアナ達が戻って来なくなってから1週間も経ってるし……」


「そうだね。ここまで来て何の手掛かりもないまま村に戻るなんて、モアナ達を見捨てて逃げ帰るみたいで、なんか嫌だよね。

 けど、ここで今僕達だけで、証拠のない話をこね回してても仕方がないよ。まずはデュオさん達と合流して、ここからどうするか話し合おう」


「そうね。多分それが一番安牌よね。けど……すぐにそうする訳にもいかないみたいよ?」


「うん。――ちょっと吞気にし過ぎたかな。囲まれてる」


 証拠のない、ふわっとした話を口々に言い合いながら、モアナ達を探して裏道に入ったその時。目の前と背後の道を塞ぐように、黒ずくめのナリした連中が何人も現れた。



「……街中で行方不明者を探しているというのは、お前らの事か?」

「そうだけど」


 黒い頭巾に黒い覆面、黒い服。

 傍から見てて、いっそ面白おかしいほど全身真っ黒な連中の1人が問いかけてくる声に、私は一切気負う事なく答えた。

 ええ、余裕ですけど何か?


 だってこいつらは誰も、目に見えた形で武器を持ってないし、殺気らしい殺気も感じないから。問答無用でこちらを手にかける気はないようだと分かるんで、ある程度落ち着いていられる訳です。


 そもそも私には、高位精霊であるモーリンと精霊王のレフさんという、強力な2柱の精霊の加護がある。

 いざとなったら念話を使い、モーリンかレフさんにお願いすれば、精霊の小路を出してもらってそこから逃げる、なんて事も可能なのだよ、私は。


 リトスやデュオさん達にも、聞き込みを開始する直前に念の為、レフさんからもらった『魔力を込めるだけで精霊の小路を開ける』という、特殊な魔法石を持たせてあるので、この場から脱出するだけなら簡単だ。


 ただ、その魔法石は1回こっきりの使い捨てで、精霊の小路を出現させられるのもほんの数秒だけだから、使いどころを間違えないようにしなきゃならんけど。


 ついでに言うなら私達は全員、以前情報収集に利用したシンプルフォンを、緊急連絡用として各自携帯しているので、何かあって分断されたまま合流できなくなっても、リアルタイムで情報を共有して、ある程度足並み揃えて動ける。

 だからこそ、こうして取り囲まれた状況下でも、今の私達にはまだバリバリ余裕があるのだ。


「まだ私達が聞き込みを始めてから1時間も経ってないのに、随分耳が早いじゃない。よっぽど街中にお仲間が沢山いるのね、あなた達」


「…………」


 返答なしでフルシカトですか。

 連中の口から、何かしら情報を引き出せないかな、と思って訊いてみたけど、ダメだなこりゃ。口の堅さを含めた言動や物腰といい、まとう雰囲気といい、いかにもプロっぽい佇まいだ。


 しかし、これではっきりした。

 やっぱりモアナ達は、組織だった連中が起こした事件に巻き込まれている可能性が極めて高い、と。

 だけど、あともうちょいモアナ達に関する情報が欲しい。


「だんまりなの? じゃあせめて、私達をどうするつもりなのか教えてくれない? 街の外にでも連れ出して殺すつもり?」


「案ずるな。お前もお前の連れも、我らに大人しくついてくるなら殺しはしない。お前達の探し人にも会わせてやる。ただし、視界は塞がせてもらうがな」


「……そう」


 ああそうかい。

 やっぱモアナ達を攫ったのはお前らだったのか。

 一番知りたかった事を教えてくれてありがとう。


 ――さてと。肝心な事が分かった以上、やはりここは『虎穴に入らずんば虎子を得ず』の精神で、覚悟を決めてやるしかない。

 ちら、と隣にいるリトスに視線を向ければ、リトスも同じ事を考えていたようで、強張った顔ではあるがしっかりうなづいてくる。


 正直気は進まないが、外部との連絡手段なら作れるし、腹を括って参りましょう。

 でも、こいつらと一緒に行くのは私だけだ。


 私は自分のポケットの中に忍ばせておいたシンプルフォンを、スキルを使ってわざと消したのち、ゆっくりとした足取りでリトスの傍に寄り、精霊の小路を作り出す魔法石が入っている小袋に指先で触れて、思い切り魔力を流し込む。

 途端に小袋から眩い光が溢れ出し、リトスの背後に淡く輝く楕円の穴が生まれた。


 突然の出来事に身構え、瞬間的に動きを止めた黒ずくめ達が再び動き出すその前に、私は光り輝く楕円の穴――精霊の小路に、思い切りリトスを突き飛ばす。


「……なっ……!? プリム、何を……!」


「ごめんリトス! 繋ぎの件も含めてあとよろしくね!」


「ダメだ! プリム、君も――」


 私の意図を察して、その場に踏ん張って留まろうとしたリトスだったが、生憎と魔力で強化された私の力はハンパない。

 あえなく後ろに押し込まれ、リトスの身体は精霊の小路の中へ飲み込まれていく。


 慌てて動き出した黒ずくめ数人に私が取り押さえられた時には、もう既に精霊の小路は消えてなくなっていた。

 ってか、腕捻り上げんな! 痛いわ!


「ちょ、痛い! 痛いって!」


「貴様! 一体何をしたのだ!」


「あの男をどこへ逃がした! 言え!」


「ちょっと、痛いってば! ……ずっと前に旅の魔法使いからもらった転移の石って魔法具を、強制的に起動させたのよ。1回こっきりの使い捨てって話だから、もう使えないわ。

 あと、連れがどこへ飛ばされたのかまでは、分からないわ。さっきはただ、「ここから逃がしたい」って漠然と念じただけだから、具体的な場所まではね。まあ、この近くにはいないはずだけど」


「――チッ! お前達はこの女の連れを探せ! 王都の外周含めてくまなくだ! 使い捨ての魔法具如きの力では、そう遠くまでは飛ばせまい!」


 説明が具体的だったからか、黒ずくめのリーダーとおぼしき男は、私が述べた、半分以上でたらめな話を完全に鵜呑みにしてくれた。

 割と素直な奴だな、ありがとう。


 なんにせよ、これでリトスはザルツ村に戻れたはずだ。

 つか、高いお金払って王都に入ったのに、ホントごめんリトス。

 でも、ここであんたが一緒に捕まったら、こいつらにシンプルフォンの存在知られちゃうから。


 それだけはなんとしても避けなくちゃいけない。

 今こいつらに、こっちの手の内を知られる訳にはいかないのだ。

 お説教もちゃんと後で聞くから、勘弁して。

 私は後ろ手に縛り上げられながら、心の中でリトスに誠心誠意謝った。


 つーか、ホントマジ痛いっつってんだろーが!

 後で覚えてろ! このクソッタレ共!

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