第39話 強制的終戦と酷薄王の締まらない結末



 なんとも言い難い形でクソ王との戦闘が終了して以降、残る兵士達は将軍含めて全員戦闘の意思をなくし、大人しくなった。


 そりゃまあ、自分達の頭が丸腰の村娘相手に宝剣持ち出して戦いを挑んだ挙句、斬りかかりもしないうちにワンパンで負けたりなんてした日にゃ、戦意もなにも失せるだろうよ。

 上司を選べないってしんどいね。


 そんな中、将軍だけは敗戦の現実を受け止められなかったのか、思い詰めて自害しようとしたのだが、リトスがどついて失神させ、止めてくれた。

 責任を感じるのも思い詰めるのも個人の勝手だが、人ん家の敷地の中で自分の首斬り落とそうとするとか、やめて頂きたいものだ。


 第一、この空間は他の村のみんなもモニターで見ている。流血沙汰に耐性のない人も多いので、そういうスプラッタな真似をされるとこっちも困るんですよ。全く。


 という訳で、問題行動を起こしそうなクソ王も、将軍共々気を失ってるうちにふん縛り、猿轡さるぐつわを噛ませて床に転がすなど、適切な処置を施したのち、手早く終戦処理を開始する。


 まず、精霊の迷い家に入り込んだ兵士達だが、彼らには王の命令に逆らえなかったという弱みはあれど、武器を持って村人の命を奪おうとした事には変わりなく、その事実は決して看過できないとして、全員身包み剥いで強制ランダム転送の刑に処した。


 適当な場所に空間を繋いで適当に放り出した為、彼らがどこに飛ばされたのかは、レフさんにもモーリンにも把握できないという。


 多分、よっぽど運が悪くない限り死にはしないだろう、との事だが、双方共に、兵士達の生命安全を積極的に担保する気は更々ないようなので、場合によっては、お気の毒な事になる者も多少は出るだろう。だとしても同情はしないが。


 次に、従軍魔法使い達の処理だが、こっちはクソ王と同じく魂を強制的に縛り、魔法が二度と使えなくなるよう、精霊の呪いを施して、王都の近くにまとめて放り出す事にした。


 精霊の呪いとは、精霊が自身の力を以て打ち負かした相手、もしくは自分より格下な相手の魂を魔力で縛る事によって発動可能になる、『魂を介して効力を発揮する、超長期持続型魔法』の事だ。


 この『呪い』は、精霊がそうと望まない限り決して解呪できず、半永久的に効力が続く。

 一応、呪いをかけた精霊を滅ぼす事でも解呪可能だが、呪いを扱える高位の精霊は人間より遥かに強いし、そもそも人前には滅多に姿を現さない。


 つまり、呪いをかけられた人間側が意図して呪いを解くという事自体、およそ不可能な事なのである。

 それに今回呪いをかけたのは精霊王のレフさんだし、尚更解呪なんて不可能だろう。


 なんにせよ、魔法が使えなくなった魔法使いなど、一般人と大差ない無力な存在だ。

 それに魔法が使えない以上、今の職場にはもういられない。兵士達のようにランダム転送して、現在位置の把握ができるかどうかさえ分からん場所にポイせずとも、それだけで十分な罰になる。今後は精々就活に励むがいいさ。


 従軍魔法使いにはお貴族様も多いらしいから、就活以前に色々しんどい目に遭うかも知れんけど。


 それから、精霊の迷い家に踏み込む事なく、未だ山のふもとで不必要な精霊封じの魔法を使い続けてる従軍魔法使いと、その護衛をしてる騎兵、糧食など含めた補給役の後方支援兵も、上記と同じ条件の元、処理を行う。


 連中が持ち込んだ糧食と、糧食の運搬に使われていた馬は賠償金代わりに頂戴し、騎兵達が乗っていた馬は王都に返しておいた。馬に罪はないからね。


 ここで一度軽い昼休憩を挟んだのち、将軍の断罪に入る。

 と言っても、やっぱ基本的に内輪だけが大切な、ちょっぴり偏った平和思想を掲げている私達としては、あまり血なまぐさい真似はしたくない。


 ここは安牌的に将軍も魂を縛り、『武具だけがやたら重たくなり、どうやっても持ち上げられなくなる呪い』という、割とニッチな呪いをかけたのち、拘束を解いて、わざと鎧を着込ませたまま、王都のど真ん中に帰還させてあげた。


 きっと、今頃あのおっさんは衆人環視の中、鎧の重さで動けず地面に転がってるんじゃないかな。


 見るからに鍛え上げられた体躯をした男が、なぜか自分が着ている鎧の重さも支えられず、地面に転がったままジタバタもがいてる様たるや、周囲の人達もドン引き間違いなしだ。


 王城から迎えの兵がやって来るまでの間、それはそれはシュールな見世物と化している事だろう。

 もしかしたら、王都の中心で「助けて下さい」とか悲痛な声で叫べば、兵士が来る前に手を差し伸べてくれる人がいるかもよ? 頑張れ。



 こうして、その他諸々の連中の処置処遇が済んだ所で、いよいよクソ王の断罪に入る訳だが――これがなかなか、匙加減が難しい。

 諸悪の根源であるこいつだけは、他の兵士達や将軍のように温情ある処断をする訳にはいかない。


 でもそれと同時に、命や身体に別状があると、後々一番面倒な事になりかねないのもこいつなんだよね……。なんせ、腐っても王様だから。


 本当にこいつがどうしようもない無能で、誰からも支持されないバカちんだったなら、まだ話は簡単だった。

 だがタチの悪い事にこの野郎、弱者を平気で踏みつける最悪な人格の持ち主なくせに、頭の回転が速く、為政者としての才覚はそれ相応に持ち合わせている。


 現に、ある程度地位や金のある人間を中心とした、今の王都の治世は堅実で揺らぎも少ない。中流以上の貴族家や商家の中にも、クソ王を支持する者が結構いるようだし、尚更下手に扱えない。


 それすなわち、クソ王の身に万が一の事があった場合、そいつらがクソ王の仇だなんだと騒ぎ立てる可能性が、大いにあるって事なんですよ。


 さてどうしたもんかと頭を悩ませ、レフさんとモーリンに相談し、村のみんなの意見をつぶさに聞いて回る事、2時間あまり。

 最終的に私達は、ひとまずクソ王には五体満足のままご帰還頂くが、それ以降は死ぬまで自主的に引き籠ってもらうか、それに近い状況に追いやるのがいいだろう、という結論に至ったのである。



 その日の夕方、私とリトスはモーリンとレフさんに付き添ってもらいながら、ふん縛ったクソ王を連れて、山のふもとまで下りて来ていた。

 クソ王が、「お前の連れて来た軍勢はもうどこにもいないぞ」と言っても頑なに信じようとしなかったので、面倒だが、直に現実を見せてやる事にしたのだ。


 案の定、村のみんながテキパキと片付けてくれたお陰で、今や影も形もなくなった宿営地跡を目の当たりにしたクソ王は、愕然とした表情で「そんな馬鹿な」と呟いている。


「おのれ……っ、貴様ら、取り返しのつかない事をしてくれたな……! 総数9000にも近しい我が臣民達を、全て手にかけるなど……!」


「いやだから、殺してないってさっきからずっと言ってんでしょうが。ホント人の話聞かない奴ね。耳ン中にゴミでも詰まってんの? あんた」


「なんだと!? 貴様、卑しい平民の分際で国主たる私を愚弄するか!」


「ハイハイ、そのセリフももう何度も聞いてる。耳タコだし話も進まないから黙ってくれない?」


 私は心底嫌そうな顔でクソ王に文句を言う。

 てか、上半身ロープでグルグル巻きにされた、カッコ悪い姿でそんな上から目線の物言いされてもねえ。上の前歯も1本ないし。


「話を続けるわよ。兵士達の転送場所自体は確かにランダムだけど、ランダムゆえに王都の近郊に飛ばされて、城に帰還してる兵士も中には幾らかいると思うわ。

 大体、従軍魔法使いはみんな王都の近くに飛ばしてるし、城に戻ったら、そいつらからよーく話を聞きなさい。あとこれ、お土産。ちゃんと持って帰りなさいね」


 私の言葉に合わせて、レフさんが抱え持っていたでっかい木の鉢植えをクソ王の側に置き、リトスがクソ王をグルグル巻きにしているロープをナイフで切り、クソ王を自由にする。


 素焼きの鉢含め、トータルで2メートルほどの大きさのその木は、この辺に割と多く生えている、特にこれといった特徴のない雑木だ。

 ただし、これにはモーリンが自身の眷属である、下位の精霊を宿らせてあるから、ある意味特別な木だと言えるだろう。


「……? なんだ、このバカでかい鉢植えの木は」


「小さな葉っぱの精霊が宿ってる木。私達からあんたへの最後の情けよ。あんたにかけられた精霊の呪いは『精霊の宿った木から5メートル以上離れると、死ぬほどお腹が下る呪い』だから」


「――は?」


「そうそう。鉢のサイズを変えなければ、その木はそれ以上大きくならないから心配しないでいいわ。安心して側に置いておきなさい。

 ――じゃあね。死ぬ目に遭いたくなければ、ちゃんと家まで鉢を持って帰って、末永く大切にするのよ」


 私は言いたい事を一方的にまくしたてると、ポカンとしているクソ王を置き去りにして、リトス共々さっさと山の奥へ伸びている山道へ入って行った。


「はあ!? ちょっ、おい待て! まさか貴様ら、ここから私にこの木を担いで、王都まで徒歩で戻れと言うのか!? ふざけた事を言うな! 戻れ! 戻れと言っているだろう!」


 山のふもとで、ひとり残されたクソ王が喚いているのが聞こえるが、当然相手にせずシカトする。

 なお、山の周囲に張ってある『忌み人避け』の結界も既に復活済みなので、どんだけ文句があっても、クソ王は私達の後を追いかけられません。あしからず。



 シュレインがザルツ村に軍を率いて攻め入ってから、ひと月と少し。

 主に、醜聞と不祥事の揉み消しを中心とした、なんとも情けない戦後処理をようやっと終え、色々な意味で疲弊が重なったシュレインはその日、レカニス王家の遠縁に当たる名家の現当主にして、オヴェスト領の領主であるヴィエルジェの実弟・ウルグス・オヴェストへの召喚状を携えた使者を、オヴェスト辺境伯領へ送り出した。

 自身の退位に当たって、ウルグスを後継者とする為だ。


 結局の所、シュレインは8年前の騒動以降、新たな婚約者を見出すどころか、自身の周囲に女性を置かず今日まで来ていた。要するに、自分の血を受け継いだ子がいないのである。


 無論、それは玉座に座する王としては異例の事であったが、有能ではあるが冷淡な現王の膝元で、己と家の地盤を固める事に躍起になっていた周囲の者達は、王の婚姻に関してはろくに口を挟まずにいた。


 焦らずとも王はまだ若く、有能で見目もよいゆえ、多少の年齢差に目をつぶれば先々縁組には困らぬであろうし、よしんば若い盛りを過ぎたとて、男に子を儲ける期限はない。

 そのように、楽観的に考える者が今の宮廷には多かった。


 何より――仮に現王が老齢に入ってから跡継ぎを得て、幼子を残して崩御するような事になったとしても、それはそれで都合がよいと考える者達もまた、水面下には多くいたのだ。


「陛下、よろしいのですか。オヴェスト辺境伯の弟君は、姉上様とは似ても似つかぬ愚物であると、もっぱらの噂でございますが」


「愚物であるからこそ後継者に指名したのだ。そもそも私は、国の運営から手を引くつもりはない。ただ数歩後ろへ下がり、表に立つ傀儡の王の手綱を握る立場へ、身を置き換えるだけに過ぎぬ。傀儡とするならば、幼子か愚か者がよいであろう」


 書類の整理を行いながら問うてくる文官に、シュレイン自身も書類に目を通しながら言う。


「左様でございますか。しかし……惜しい事でございますな。陛下の御年はまだ20代の半ばでありますのに、早々に玉座から退いてしまわれるなど……」


「……言うな。それは私自身が一番痛感している事だ。――だがやむを得まい!

 なんぞあるたび、いちいちこの鉢植えの木を担いで移動せねばならん私の苦労が、貴様に分かるか!?」


 シュレインは、自身の執務机のすぐ隣に置かれている、半端な大きさのもっさりした、どう見ても無価値そうな雑木を指差しながら、いささかヒステリックな声を上げた。


「精霊の呪いから逃れる為、ザルツ山のふもとからこの木をやむなく担いで戻って以降、私は日常生活に多大な支障をきたしているのだぞ!

 何よりこれでは今後、外交や夜会などにも差し支える! 他国の王侯や自国の貴族達が居並ぶ広間や夜会の会場に、王が雑木の鉢植えなぞ担ぎながら顔を出してみろ! 私は末代までの笑い者だ!」


「そ、それは無論、存じておりますが……。であるならばその、せめて下男を雇い入れて、その鉢植えを担いで運ばせるようになさってはいかがでしょうか」


「それができれば苦労はせぬ! 小癪な事に、この木が植えられている鉢は、所有者を限定する魔法具になっていたのだ! ゆえに、最初に触れた人間……つまり私にしか持ち上げられん! 挙句、鉢の隅にこんなものが貼り付けられていた!」


 シュレインは声を荒らげながら、執務机の上にメモ書きのような紙を叩きつけるように置く。

 文官が恐る恐るそのメモ書きを覗き込むと、そこには『※注意! この木を別の鉢に植え替えたり、剪定したりしないように。木に宿った精霊が逃げ出して、木が枯れちゃうよ』と、書かれていた。


 つまり、この精霊付きの鉢植えをこさえた者は初めから、シュレインに「死ぬまでこの鉢植えを抱えて持ち運びながら生きろ」と言い付けるつもりだったのだろう。

 遅ればせながらその事実に気付いた文官は、思わず顔を引きつらせた。


「……。これは……。これでは、如何ともしがたいですな……」


「だからそう言ったであろう」


 あからさまに困った顔で呟く文官に、投げやりな口調で答えたシュレインは、苦々しい顔で執務机の椅子から立ち上がり、傍らに置かれた鉢植えの木を持ち上げる。


「へ、陛下? 何をなさっておいでで……」


「……手洗いに行く。貴様は書類の整理が終わり次第、元の業務に戻れ」


 戸惑う文官にふて腐れた声でそう言い付けながら、鉢植えを抱えたシュレインは、自室の隣にある洗面所へ続くドアへ向かって歩いて行く。

 専用のトイレは、洗面所の更に隣の部屋の中にあるのだ。


 見るからに重量のありそうな、モサモサした木を鉢ごと持ち上げ、もたついた足取りで持ち運ぶ主の背中がなんとなく煤けて見えて、文官はうつむきながら小さくため息を吐き出す。


「それでも、高位精霊に喧嘩を売って生きて帰ってこれただけ、まだマシか……」


 誰にともなく呟いた、諦めの滲む言葉と共に。

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