第29話 チートは有効活用する為にある



 すっかり陽が落ちて夜になった上、いつのまにやら増殖した雲によって、月明かりどころか星の輝きさえほとんどない真っ暗闇の草原。

 本来なら、一寸先さえ見通せないであろう深い闇を、ハイビームのライトが切り裂くように照らし、エンジンの駆動音が静寂をぶち破る。


 これこそが、私が兼ねてより考えていたプランであり、奥の手にして裏技。

 その名も『徒歩で移動するのが大変なら、人目がない夜間に車で一気に進めばいいじゃない』作戦である。


 時系列的には結構昔になるが、前世で会社勤めをしていた際、同じ部署にいた仲のいい先輩から格安で譲ってもらった我が愛車、ちょっと大型でゴツめの4WDをスキルで出してみたんだけど、やっぱいいなあ、この乗り心地。

 夜だから目立たないが、クールなメタルブラックのボディもお気に入りポイントのひとつだ。


 ありがとう『強欲』さん。

 あなたのお陰でまた愛車に乗れました。舗装されてない草原だからちと揺れるし、夜間であんまり周りの景色も見えないけど、ほとんど交通事故を心配せず走れて気持ちいい。


 でも、この辺はまだ緑豊かな場所だし、夜行性の動物の飛び出しなんかも考えられるので、生物がほとんどいないという荒野に入るまでは、60キロ以上は出さないようにしよう。


 あと、本音を言うならこの辺で、備え付けのCDプレイヤーにお気にのCD突っ込んで、ノリのいい音楽のひとつもかけたい所だが、流石にそれはやり過ぎだと分かるので、我慢しておく。


 なお、助手席に座らせたクリスは「スゲー! 速ぇえー!」と大興奮ではしゃいでるが、後部座席に座ってもらったリトスとアンさんは、未知なる乗り物の走行速度や駆動音などに驚き過ぎて、呆然としている様子だ。


 そのせいか2人共、この乗り物は一体何なのか、とか、どうやって走っているのか、とか、そういう根本的な質問さえしてこない。


 一応、こんな露骨な文明の利器をポンと出したんだし、詳しい事情の説明を求められれば、自分の出自を含めてきちんと話をする事も覚悟の上だったんだけど。

 まあ、そもそも別の世界の存在なんて、全く想定してないのかも知れないな。


 そんなこんなで、車で夜道をつっ走る事おおよそ2時間。

 私達は村を出立したその日のうちに、レカニス王国の南端に近い土地、バルダーナ大荒野の入り口に到達したのである。




 モーリンからもらった地図を見てようやくはっきり理解したのだが、ここレカニス王国は大陸の北寄りに位置する、やや標高高めの土地に建国されているようだ。

 多分、日本でいう所の那須高原みたいな場所なんだろう。


 誰だよ、私が生まれた時に、この国の事「海に囲まれた土地」とか言った奴。

 確かに地図上では海に囲まれてるけど、間に崖とか山とか結構挟まってて、気安く足運べる距離じゃないんですけど。

 海に囲まれた国だって言うなら、そのうち海に遊びに行こうかな、とか思ってた私の期待を返してくれ。


 まあとにかくそういう土地柄なせいか、昼間もうだるような暑さには見舞われず、夜になれば気温が大きく下がる。

 王都の屋敷にいた頃から、真夏でも特に寝苦しさを感じずに眠れるな、と思ってたが、成程そういう事だったのかと今更ながらに納得している次第。


 当然、この辺も昼間はあんまり暑くなかったし、夜になってしばらく経ったらすぐに気温が下がった。

 この分なら、ちょこっと窓を開けておけば、エアコンなしでも快適に眠れそうだと判断、バルダーナ大荒野の手前に到達した時点で、私は車のエンジンを止め、薄手のブランケットを出してリトス達に配ったのち、そのまま車中泊する事にした。



 車中泊を始めてから、どれほど経っただろうか。

 昼間の疲れもあってか、リトスとアンさん、クリスは早々に眠ってしまったようで、車内には静かな寝息が満ちている。


 私も運転席の座席を思い切り倒して作った簡易的な寝床で、ブランケットに包まってうつらうつらしていると、助手席で寝ていたはずのクリスが小声で話しかけてきた。


「……。なあ、プリム。起きてるか?」


「……? なに、クリス。あんたまだ起きてたの? そこ、寝づらい?」


「ううん。そんなんじゃねえけど、なんか寝付けなくてさ。……あのさプリム、さっきまで訊くの忘れてたけど、プリム達は精霊王様に会ってどうするんだ?」


「……私達はね、横暴なレカニス王を止めてもらいたいの。レカニス王はね、この間勝手な理由で私達の村に兵士を押しかけさせて、勝手な理由で小さな子を何人も親元から取り上げようとしたの。おまけに兵士達は、子供の親に一度話を通させて欲しい、って言った村長さんに逆ギレして、襲い掛かってきたのよね。


 あんまり無茶苦茶な事をされたもんだから、私達は全部の兵士を村から叩き出したけど、でも王命を引っ提げてやってきた連中にそんな真似して、ただで済む訳がない。多分……いいえ、間違いなくこのままじゃ村は潰される。だから……」


「……。ふうん。だから、村が潰される前に精霊王様にお願いして、王様をぶっ殺すのか?」


「……。あんた、年の割に物騒な考え方するわね……」


「そうか? だって、このままじゃみんな殺されちまうだろ? だったらその前に殺した方が早いじゃんか」


「そんな殺るか殺られるかみたいな考え方、どこで覚えたのよ……」


 それこそ、取り留めのない話をするようなサラリとした口調で、だいぶ過激な事を言い出すクリスに、私は思わず半眼を向ける。

 つーか、マジでなんなのかな? その殺伐思考。

 お前ホントに王都在住の9歳児か?


「殺さねえの?」


「殺さないわよ。ムカつくからボコりたいとか、そういう事くらいなら考えてるけど、それだって別に最優先事項じゃないの。私達はただ、レカニス王に目を付けられただろう村を、出来る限り穏便な方法で守りたいってだけよ。


 これは私個人の考えで、リトス達には言ってない事だけど、主に知恵を借りたいってのが第一ね。精霊王様は、太古の昔に滅んでなくなった、色々な魔法の知識も持ってるって話だから。


 あとは……そうね。村を物理的に守る為の、何らかの手助けをしてもらえたら、とも思ってる。でも、そっちの方は契約が必要になるみたいだから難しいと思う。ていうか、まず無理でしょうね」


「そうなのか?」


「そうよ。そもそも私も、精霊王様の事に関しては人から聞いた以上の知識はないし、そんなにわかとホイホイ契約結んでくれるほど、精霊王様は気安い存在じゃないはずよ。


 なんてったって精霊王様は、この世界に数多いる精霊達の頂点にして、最高位の位置づけにある存在って事らしいし。聞いた所によると、中位以上の眷属たる精霊の導きがなければ、話をするどころか会う事さえできないらしいわ」


「……。ふぅん、そうか……。要するに、守りたいだけか……」


「?」


 私の言葉を黙って聞いていたクリスは、独り言のように何かを呟く。

 てか、精霊王様に捕まった親を助けてもらいたい、とか言ってた割に、精霊王様の話はスルーかい。

 まあいいけど。


「――つか、あんたもそろそろ寝なさい。荒野の中なら、万が一にも人がいるなんて事はないだろうし、明日以降は人目を気にせず朝から車で飛ばすわよ。そうすりゃ多分、途中で休憩挟んでも2日くらいでユークエンデに着くわ」


「分かった。何とか寝てみる。あと、明日の朝は目玉焼き食いたい」


「ハイハイ。分かりました。……。つか、目玉焼きか。それいいわね。……こんがりトーストした厚切りパンの上にハムとチーズ乗っけて、その上から更に目玉焼き乗せたオープンサンドとか……。

 んふふ、美味しそう。よし、明日の朝はそれで決まりよ……!」


「……。俺が言えた義理じゃねえと思うけど、お前ってホント食い意地張ってんのな……」


「黙らっしゃい。食べる事は生きる事なんだから、余裕があるなら楽しんでナンボなのよ」


「そういうもんなのか?」


「そういうものよ。でも、食べるって行為の一番根っこの部分に必要なのは、『楽しみ』じゃなくて『感謝』なんだけどね。いい?クリス。あんたもそれを忘れたらダメよ」


 どことなく呆れを含んだような声で言うクリスに、私は堂々とそう言い返した。

 そう。『食べる』という事を軽んじてはいけない。

 それは、あまねく生命体が命を繋ぐ為に必要とする原点の行為。むしろ真理と言っても過言じゃない行いなんだぞ。少年よ。


 まあいいや。とにかく今は早く寝よう。じゃないとお腹が減って寝付けなくなる。

 私は再びブランケットに包まり直して目を閉じた。



 北方にあるザルツ山より、更に北に位置する関所の隣接地に、あまり規模は大きくないが、極めて堅牢な造りをした建造物がある。

 それこそが、レカニス王国北部国境警備隊の本拠、サラード砦だ。


 このサラード砦は今から約8年前、新王の即位とほぼ同時期に、警備隊総隊長への着任を命ぜられた若き公爵、トラゴスの指揮下にあった。


 トラゴスは、ザクロ風邪によって当主と跡継ぎの嫡男を相次いで失い、降爵の末にようやっと家を維持している、ガイツハルス元公爵家より筆頭の名と権威を引き継いだ、ピエトラ公爵家の次男である。


 レカニス王国の貴族としては特に珍しくもない、金髪碧眼と甘いマスクを何より自慢としているこの男は、現王がザクロ風邪を利用して前王と王妃を排そうと画策していた折、真っ先に当時王太子であった現王の前に跪き、忠誠を示した人物だ。


 そして――それと同時に、自身が身を置くピエトラ公爵家の継承、繁栄と引き換えに、病に倒れゆく何人もの同期と肉親を含めた親類縁者、幾つもの貴族家を、素知らぬ顔で見殺しにした外道でもある。



 現在、サラード砦の中枢たる総隊長室では、総隊長であるトラゴスが、希少な通信用魔法具を用いて現レカニス王・シュレインと、極秘の通話を行っていた。


《……それはつまり……我が兵が、山中に引き籠っている田舎の自警団くずれに後れを取った挙句、這う這うの体で貴様の元へ逃げ込んできた、という事か》


「――はい。幾ら末端とはいえ、栄えあるレカニス王国軍に属する兵士として、誠に不甲斐なき事とは存じますが……事実にございます」


 淡い輝きを放ちながら宙に浮かび、主の声を遠方より届けてくる、直径10センチ程度の水晶の前に跪き、深く頭を垂れて報告を行うトラゴス。

 その表情は、なんとも言えぬ苦々しさに歪んでいた。


「兵達の不甲斐なさにも辟易致しますが、それ以上に、北の山猿共の厚顔無恥ぶりは、甚だ許し難きものがございます。陛下の命とご意思を携えて来訪した兵に逆らったばかりか、牙を剥くなど……。決して許されぬ事でございましょう。

 あくまで個人的な意見ではございますが、かくなる上は我が武力を以てして、陛下のご威光をあまねく知らしめるべきかと愚行致します」


《……。そうだな。仕えるべき王に子を差し出す、その程度の役目さえ果たせぬ者共なぞ、我が臣民に非ず。トラゴスよ、即時国境警備隊の中より兵を選抜し、明日の朝には件の村へ向けて出陣せよ。


 情けも容赦も不要だ。歯向かう者、逃げ出す者、そして降伏を訴える者にも、皆等しく死を与えろ。だが、村にいる8歳以下の子供は殺すな。いつも通り捕縛・回収ののち王都へ送れ。よいな》


「はっ! ――お任せ下さい。このトラゴス、必ずや陛下のご命令を果たして御覧に入れます!」


《うむ。任せた》


 トラゴスの言葉に対して鷹揚に、それでいて素っ気ないほどの短さで答え、シュレインは一方的に通話を終えた。

 その直後、輝きを失い、ゆるゆると下降して元の台座へ収まる水晶を一瞥する事さえなく、トラゴスは足早に総隊長室を飛び出していく。


(全く……「明日の朝には出陣せよ」だと? 確かに件の村へは、軍馬を使えば1時間もかからず到達できるが、派兵の準備には相応の時が必要だというのに……!

 陛下は相も変わらず平然と無茶を言う! 用兵の何たるかをご存じないのか!)


 人目がないのをいい事に、トラゴスは盛大に顔をしかめながら舌打ちする。

 しかし、どれほど現王の手腕と命に不平不満があろうとも、もはや今のトラゴスの心中において、シュレインに逆らうという選択肢は存在しなかった。


 シュレインは過去の真実を、トラゴスのかつての所業の全てを知っている。

 無論の事、トラゴスもまたシュレインの所業を知っているが、身分的にも性格的にも、それを盾に脅しをかけられるほど容易い相手ではない。


 むしろ、あの酷薄な王相手に、そのような真似など仕出かしたが最後、逆にこちらが八つ裂きにされる事だろう。

 腹立たしい事だが、それが現実なのだ。


 トラゴスとってシュレインは、自身の確固たる地位と名誉、栄華を約束する神であると同時に、過去の弱みという名の剣を、常に喉元に突き付けてくる悪魔でもある。


 ならばどうするのか。

 どうすればいいのか。

 その答えならば、とうの昔に出ている。


(――ああいいさ、やってやる! ここで噛み付いて破滅するくらいなら、最後まで付き従って王様のご機嫌を取ってやるよ! それで勝ち馬に乗り続けていられるなら安いものだ!)


 トラゴスは小さく、クソッタレめ! と一言呟くと、多数の兵士達がいるであろう練兵場へ向かって駆け出した。

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