第27話 暴君の魔手と精霊の導き
人攫い共をふん捕まえ、エフィ達の救出に成功したその日の夜。私はなぜか、エフィが経過観察の為に入院している病院の先生に、密かに呼び出された。
病院の先生曰く、エフィが、どうしても、一刻も早く姉に話さなければならない事があるのだと言い張って、譲ろうとしないのだという。
また、あまり多くの人に聞かせたくない話なので、出来れば話をするのは姉1人、妥協しても、姉が信用している人間1人までにして欲しい、と主張しているそうだ。
一刻も早く話さなければならない事、ねえ。
しかも、不特定多数に人間には聞かせたくない話となると、きな臭さも倍増だわ。
十中八九、捕まっている間にヤバい話を聞いてしまったんだろうけど、なにゆえそれを真っ先に、なんの権限もない私に話そうとするのやら。
私はただ首を傾げるばかりだったし、なんか嫌な予感がバリバリしたのだが、だからと言ってエフィの主張を無視したい訳でもない。
ひとまずリトスに同席を頼んで病院へ向かい、顔を出したエフィの病室にて、エフィの話を聞いた私とリトスは、思わず言葉を失った。
かつての私の婚約者、レカニス王国の現王であるシュレインこそが、今回の誘拐事件の裏の主犯であり、美徳系スキル『慈善』の所有者と共に、新たに大罪系スキル『強欲』の所有者となった者を見付け出し、水面下で探して手中に収めようとしている可能性がある、という話を。
しかもその理由が、他国へ戦争吹っ掛ける為の物資やらなにやらを、スキルを使ってタダで入手・半永久的に補給し続けられる環境を作る為らしい、とも聞かされ、更に愕然とする羽目になった。
まあ、私がもう死んでる可能性が高いと考えるのは無理もない事だけど、だからって配下に命じて人攫いまでやらせるか? 普通。
自分の目的を果たす為なら、他所の国の子供にまで平然とちょっかい掛けるとか、どこまでクズなんだよあの野郎……!
ていうか、他所の国の民を私欲で攫うなんて、事が露見したら国際問題になる……どころか、マジで戦争の引き金にもなりかねない案件だぞ、これ! 何考えてやがんだ!
内心でギリギリ歯ぎしりしていると、エフィが気遣わし気に声をかけてくる。
「お姉様……。大丈夫?」
「え? ええ、大丈夫よ。ただ、思ってた以上にクズな現王に、腹立ってしょうがないだけだから」
「……そうね。私も、今のレカニス王が酷い人なのは身を持って知ってたけど、まさかこんな、人の風上にも置けない事まで平気でやる人だなんて、思ってなかったわ」
ベッドの上で身を起こしているエフィは、当時の事を幾らか思い出したようで、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
そういやエフィ、私が追放された後に私の代わりとして、立太子の為の名ばかり婚約者にさせられてたんだっけか。奴の事だから、まだ当時8つだったエフィに、さぞ酷い事しやがったんだろう。
一緒について来てくれたリトスも、クソ王のクズっぷりには大いに心当たりがあるからか、なんとも言えない渋い顔をしている。
そういや、初めて城の庭で会った時も、リトスは奴にいじめられて泣いてたっけね。
内心で、ああ、あのクソ王ぶん殴りたい、という思いを抱く私をよそに、エフィの話は続く。
「……ただ……私もあの時は薬で朦朧としてたし、直接的に現王の名前が出た訳じゃないから、全部が全部事実だとは限らないんじゃないか、って最初は思ってたの。けれど、その考えはすぐに消えたわ。あの人達、お姉様が追放された大まかな経緯と、追放先の事を知ってたから。
当時の話を知ってるのは、レカニス王国の貴族と一部の教会関係者だけだったはず。だから間違いないわ。今回の誘拐事件の主犯はレカニス王よ。
こうして確信が持てた以上、私もカスタニアの民として、今回の事は明日にでも、警備隊の人達にきちんと証言するつもり。……お姉様と、お姉様が持ってるスキルの事は除外した上で」
「え……。包み隠さず、全部証言しなくていいの? 私関連の話を抜かして話すと、折角の信憑性が薄まっちゃうわよ」
「構わないわ。そうする事で話の中に所々抜けが生まれたり、筋の通らない部分が出たとしても、「ただ単に、人攫いの話を盗み聞いただけだから」って説明すれば、それで納得してもらえると思う。
……お姉様。お姉様自身に、自覚があるかどうかは分からないけど……お姉様が持ってる力は、誰より特別で何より強力なものよ。事実を知れば、レカニス王だけじゃなく、カスタニア王だってお姉様の力を欲するはず。ここで正直にお姉様の事まで証言すれば、私はカスタニア王からお褒めの言葉を頂けるでしょうね。それこそ、たくさんの褒美と一緒に。
ねえお姉様。お姉様は、カスタニアの貴族になりたい? 自分の力目当ての王様や王子様に見初められて、お姫様や王妃様になって暮らしたい? ……違うわよね。お姉様は、そんなものに興味なんてないでしょう?」
「うん、そうね。全然興味ないし、今更特権階級の暮らしに戻るなんて、絶対にごめんだわ。だって私、今の平民としての暮らしを気に入ってるから」
「でしょう? だから、私は黙ってる方を選ぶわ。私はあの日、私を助けて優しくしてくれたお姉様を、他の誰かに売り渡すような事なんて、絶対にしたくない。
私はもう……お姉様の不幸を喜んで笑うような、そんな醜い子には二度と戻らないわ。もう絶対に。そう決めてるの……!」
私をしっかり見つめながら言うエフィの瞳は、どこまでも真っ直ぐで澄んでいる。
他の人にはどう見えるか分からないが、私には間違いなくそう見えた。
明るい月明かりの下、リトスと共に宿への帰路につく。
昼からずっと天気がよく、雲が少ないせいだろう。
月だけでなく、星も綺麗に光っているのがよく見える。
結局、エフィは当初の考え通り、警備隊の人達には私の事を除外して、「レカニス王国の人間が、特別なスキルを持った子供を探しているようだ」…とだけ証言すると決めたようだ。
どうせそのうち、とっ捕まえた人攫いから、もっと突っ込んだ情報がもたらされるはずだし、今被害者であるエフィがあれこれ言わずとも、いずれカスタニア王国はレカニス王国のクズ行為に気付く事だろう。
私達も、警備隊の人達にあれこれ聞かれる前に、街を出て村へ戻る事にした。
今や、単なる村人AだのBだのという身分しか持ち合わせない私達にできる事は、現状もう残されていないしね。
「ただ……それが元で国家間の揉め事ができて、そのうち戦争にもなりかねないって所は、凄く気にかかるわよね」
「……。そうだね。戦争なんて嫌だよね。けど……」
「分かってる。今の私達にできる事なんて、何ひとつないって事くらい。まあそれでも、私のスキルの話を表に出さなければ、火に油を注ぐような事だけは、避けられると思うけど」
「うん。兄上がプリムの事、死んでると思い込んでるって事だけが、不幸中の幸いだね。……後は……仕方がないから神様に祈っておこうか」
「そうね。そうしましょ」
言葉の裏に諦めが滲む、なんともスッキリしない会話を交わし、苦く笑いながら夜道を歩いていたその時。
いきなり頭の中に、聞き覚えのある甲高い声が響いた。
『――プリム! 聞こえるかプリム、我が巫女よ!』
「ファッ!? ももっ、モーリンっ!? なによいきなり! 心臓に悪いし悪目立ちしかねないから、出先では念話使わないでってあれほど」
『そのような事を論じておる場合ではない! 緊急事態じゃ! レカニス王国の兵共が、村を襲ってきておる!』
「――はあ!? なによそれ! どういう事なの!?」
『すまぬが、今は妾も守りに徹しておるゆえ、余裕があまりない! どうにか人死にを出さぬよう尽力するゆえ、ひとまず明日の朝まで待て! よいな!』
「ちょ、ちょっと待って! どういう事なのモーリンッ!」
私は何度も思念を飛ばしてモーリンに呼びかけるが、それ以降モーリンが念話に応える事はなかった。
◆
モーリンからの念話を受け取ってすぐ、私とリトスは大急ぎで宿へ戻り、食堂でのんびりしていたシエルとシエラに声をかけ、半ば強引に私の部屋に引っ張り込んだ。
それから、モーリンから念話があった事、村に危機が訪れているらしい事、ひとまず明日の朝まで待つよう一方的に言われた事などを説明し、明日の朝、モーリンから何を言われても慌てず行動できるよう、荷をまとめて私の部屋で全員待機する事にした。
しかし……これほどまでに夜明けを遠く感じた事が、未だかつてあっただろうか。
私だけでなく、リトスとシエル、シエラも、誰1人口を利かず、まんじりともしないまま、椅子だったりベッドの淵だったりと、思い思いの場所に腰を落ち着けている。
ちなみに、私はどうにもじっとしてられなくて、ずっと窓際で立ったり座ったりを繰り返しながら、窓の外の空を見据えていた。
ああ見えてモーリンはかなり高位の精霊だし、人間の兵士如きに後れを取ったりはしないだろうが、状況が何も分からないせいで、悪い事や後ろ向きな事ばかり考えてしまう。
でも、多分表情からして、悪い方向に思考が傾きがちなのは、私だけではなさそうだったけど。
一体どれだけ、早く朝になれ、朝になれ、と、馬鹿の一つ覚えのように念じ続けただろうか。
深い宵闇が徐々に薄れ、窓の外に遠く霞む山々の輪郭が、薄ぼんやり浮かび上がり始めた明け方頃、再びモーリンから念話が届いた。
『――プリムよ、聞こえるか。妾じゃ、モーリンじゃ』
「! ――モーリン! 聞こえるわ! 今はもう大丈夫なの?」
『うむ。大事ない。色々とごたつきはしたが、猟師会の者共の尽力もあって死者は出ておらぬゆえ、安心するがよい』
「そ、そう……。よかった……。でも、一体どういう事なの? なんでレカニス王国の兵士が、あんな
『妾も詳しい事情は与り知らぬ。10人を超える人数で押しかけてきおった者共ではあるが、最初に応対に出たトーマスとの会話から察するに、初めから村を攻撃するつもりで出向いてきた訳ではないようじゃ。もっとも、はなから悪意あっての来訪であった事には相違ない。
なにせあの連中、妾が村の周囲に張り巡らせておる、『忌み人避けの結界』に阻まれて村の中へ入り込めず、結界の外から「村長を出せ」だの、「王の遣いをないがしろにしてタダで済むと思うな」だのと、それは口汚く喚いておったからの』
「うわあ……。なによそれ……。ほとんどチンピラと一緒じゃない、そいつら。ていうか、村の中に入り込めないんなら、無視しちゃえばよかったのに」
『そういう訳にもいかぬ事情があったのじゃ。当時、夕刻前に山菜などを含めた森の恵みを求め、村の外に出ていた者も複数人おった。ゆえに、下手に無視を決め込めば、外から戻る者達が危害を加えられる危険性があったのじゃ』
「あー……。成程ね……。確かにそれは避けなくちゃいけないか。――で、そいつらはトーマスさん呼んで何を要求してきたの?」
『うむ……。そやつらは「王の御代の、更なる繁栄と栄光の為、8歳以下の子供を差し出せ」、などと言うてきおった。「さすればその子供はみな、王に仕えるという栄誉を無条件で賜れるぞ」…とも言うたの』
モーリンの言葉に、私は思わずドキリとする。
8歳以下の子供って、昨日捕まえた人攫い達が言ってた条件と、まるっきり同じじゃん!
「8歳以下の子供を差し出せ……? 鑑定させろとか、話をさせろとかじゃなくて、いきなり差し出せって? どんな暴君の命令よ、それ!」
『お主が憤るのも無理はない。トーマスも内心、同じように思うたようじゃからな。ゆえにトーマスは、ひとまず兵の命令に待ったをかけたようじゃ。親から子を無下に取り上げる訳にはいかぬゆえ、一度子供らの親と話をさせて欲しい、とな。
それも無理からぬ事じゃ。現状村には、8歳に近しい年の頃の幼子はおらぬ、との事らしいからのう。如何な王の命とは言え、なんの猶予もなく、突然親元から幼子を引き離すような
モーリンの念話に、嘆息の色が混じる。
なぁんか、先の話が読めてきたぞ、これ……。
「……。もしかして……その兵士達、トーマスさんの物言いを聞いて逆ギレして、暴れ出したとか言うんじゃ……」
『うむ……。実の所、残念ながらその通りだったりするのじゃ。あやつらめ、トーマスの返答を耳にした途端、「王命に逆らう不届き者め、見せしめに首を刎ねてくれる!」などと言うて、いきなり揃って抜剣しおっての。
念の為、トーマスの傍に控えておったアステール達が迎撃した事と、妾の守りの術が寸での所で間におうた事もあって、手酷い傷を負う者は出なんだが……お陰で村中大パニックになったのじゃ。
全く、あの痴れ者共め。1人残らず山の外に叩き出すにも、随分と時間を食うてしもうたわ』
「そうだったの……。あ、もしかして、昨夜モーリンが私に念話を送ってくれたのって、騒ぎが起きてる真っ最中に、うっかり村に戻って兵士達に襲われないようにする為、だったりとかする?」
『無論、その通りに決まっておろう。山から叩き出され、道を進んでいる最中のあやつらに遭遇でもしたら、洒落にならんじゃろうが』
「そうね……。知らせてくれてありがとう、モーリン。ただ、私達の方でもちょっと色々あって、まだメリーディエから出てないんだけど……」
『なんとまあ。まだ街で遊んでおったのか、お主らは。いいご身分じゃのう』
「別に遊んでたんじゃありません! 今言ったでしょ、色々あったんだって! ねえ聞いてモーリン、実は――」
私がちょっと腹を立てつつ事情を説明すると、モーリンが気色ばむのが気配で分かった。
『なんじゃと!? それはつまり、本来身命を賭して民草を守るべき王たる者が、あろう事か水面下で人攫いに手を染めておったという事か! なんたる邪知! なんたる暴虐! 愚かしいにも程がある! 一刻も早く断罪するべきじゃ!』
「いや、私に怒んないでよ。っていうか、どんだけクズだろうが一国の主だって事に変わりないんだし、私みたいないち平民に断罪しろとか言われても困るって言うか……」
ため息交じりに眉根を寄せて、「そりゃ、私だってあのクソ王をボコしたい気持ちでいっぱいだけど」と唸る私。
しかしモーリンは、なんでか知らんが打って変わって余裕綽々な口調で、『ほう。そうかそうか。ボコりたいならボコればよかろう』なんぞとのたまう。
その挙句――
『プリムよ。まずはレカニス王国の南端、精霊の生まれる地ユークエンデを目指せ。そこにおわす土の精霊王、レフコクリソスに目通りし、助力を乞うのじゃ!』
なんか知らんが、だいぶ壮大な事を言い出した。
◆
モーリンとの念話を終え、リトス達に事情を説明した私は、土の精霊王であるレフコなんとか(覚えづらい)様を探しに行くその前に、モーリンから更に詳しい話を聞く為、あと単純に一旦家に帰って寝たい欲求を叶えるべく、メリーディエを出発する事にした。
つか、まずはエフィ、その次にコリンさんやクリフさん達に挨拶をしていかねば。
急用ができたからって、なんも言わずにいなくなったりしたら心配かけるし、何より不義理だ。
そんな訳で、陽が昇ってしばらくしてから病院へ向かうと、喜ばしい事に、エフィは取り立てて身体に問題がなかった為、すぐに病院から退院する事になった、と病院の看護婦さんから聞かされ、幾らか気分が上向いた。
よかった。本当によかった。
なお、エフィと一緒に攫われてたはずのシスターさんは、運び込まれた病院で軽い検査を受けてすぐ、カスタニア王国の王都にある教会本部の方からお迎えが来た、との事で、その日のうちにここを去っているそうだ。何とも忙しない。
酷い目に遭わされたんだから、1日くらいエフィみたいに、病院でちゃんと休ませてあげればよかったのに。
つか、応対に当たった看護婦さんが言うには、そのお迎えに来た司祭だか言う人も、兵士だけじゃなく数人の騎士や魔法使いまで護衛に伴っていて、なんだかちょっと物々しい感じだったらしい。
もしかしたらあのシスターさん、教会関係者の偉いさんの娘だったりとかするのかもね。
ともあれ、私達は病院のエントランスでエフィと、退院の手続きをしに来たコリンさん、エフィの様子を見に来たクリフさんとアニタさん夫妻に挨拶を述べ、メリーディエを後にした。
ちなみに、ザルツ村で起きた事は話していない。
隠し事をするようでちょっと心苦しいけど、事実を全て話した所でエフィ達にはどうしようもないし、その分余計に心配させてしまうだけだから。
私達は来た時と同じように、小さな幌付き荷車に乗り込んで街道を行く。
本当はもうちょい急ぎたい所なのだが、乗ってるのが田舎の農耕馬一頭立ての荷車なので無理。下手に足を速めさせると馬が潰れかねない。
もしそうなったら困るのは私達の方だ。
ゆえに、どうあがいても速度を出せないのである。
つか、そもそもそんな事になったら馬が可哀想だし。
幌で覆われた荷台の上、シエラやリトスと、もっと清々しい気分で帰りたかったよね、なんて愚痴を言い合っていると、突然御者台の方から、馬のいななきとシエルの「うわああっ!?」という悲鳴じみた叫び声が聞こえ、荷車が急停止する。
「きゃあっ!? ちょ、なになにっ!?」
「えっ!? 何が起きたんだ!?」
「なにがあったの、シエル!」
私達が口々に声を上げ、慌てて荷台から降りて御者台へ駆け付けると、なんと正面に、牛みたいなサイズになったウチのおキツネ様ことモーリンが、涼しい顔でお座りしてらっしゃいました。
『幾分遅い出立じゃったの、お主ら。待ちくたびれたわ』
「も、モーリン! なんでここにいるの!? つかその図体なに!?」
『なんでもなにもないわ。このままチンタラ荷馬車を操って進んでいては、村に戻るのが遅くなると思うて迎えに来てやったのじゃ』
モーリンは、フフンと得意そうな顔で笑い、『慈悲深い妾を崇め奉るがよいぞ!』と胸を張る。
『まあそれ以外にも、アステールの忠言あったがゆえの出迎えでもあるのじゃがな』
「親父の忠言? そりゃどういうこった?」
「父さんが言い出したんなら、何か意味があるんでしょうけど……」
怪訝な顔をするシエルとシエラ。
『それはほれ、あれじゃ。レカニス王国の兵が、村で狼藉を働きおった件について今朝説明したであろう? その兵士共が地理的に遠い王都ではなく、村よりほど近い国境へ向かったようだと、アステールが妾に知らせて来たのじゃ』
「――あ! そうか! 国境には関所以外にも、国境警備隊が詰めてる砦があるから……!」
モーリンの話を聞いて、リトスが反射に近い勢いで声を上げた。
「そっか……。じゃあ、村の住人の私達が今あそこに向かうのは、あんまりいい事じゃないかもね。村を襲った馬鹿共とかち合う可能性もあるし、最悪の場合、素性が割れた途端、難癖付けられて拘束される可能性も……」
『うむ、アステールもそのような事を言うておったわ』
顔をしかめながら言う私に、モーリンがうなづく。
『じゃが! この大地と緑の精霊たる妾がおれば、そのような心配は要らぬぞえ! 此度はお主らに、特別に『精霊の小路』を通らせてやるからの!』
「えっ、いいの? 人間を通らせるのは骨が折れる、って、前に言ってたじゃない」
私は思わずモーリンにそう問い返した。
『精霊の小路』というのは、精霊を代表とする精神生命体のみが作れる、異空間の通路とその出入り口を指す総称で、いわゆるワープホールみたいなものの事。
自分の力が及ぶ地であれば、どんなに遠く離れた場所もチョチョイと繋ぎ、秒で行き来できてしまうという、とても便利な代物だ。
ただ、モーリンが言うには、精霊などの精神生命体でなく肉の器を持つ物質生命体は、その小路を作り出した精霊の許しと魔力による保護がなければ、通り抜けるどころか出入り口に触れる事さえできないらしいけど。
私も昔1回だけ、『巫女としての知識と経験を蓄えさせる為』という名目で、精霊の小路を通らせてもらった事があるが、そん時にモーリンが使わせてくれた『精霊の小路』には、特に通路らしい通路なんてものはなく、白く光るまん丸い入り口に入って通り抜けると、もうそこは目的地でした、みたいな感じだった。
私の感覚で言うなら、あれは『小路』というより『ど○でもドア』かな。
『確かにその通りじゃが、此度はそのような愚痴や弱音なぞ吐いている場合ではない。……妾の経験上、欲に駆られた人間というのは、何を仕出かすか分からぬ。
事実、己が手中に目当てのものを収める事が叶わぬならば壊してしまえ、などと考える愚か者共を、妾は幾人も目にして来た』
モーリンは固い声で話を続ける。
でも確かに、モーリンの言い分も分かる気がするな。
あのクソ王の事だ、トーマスさんが自分の命令に従わなかったと知ったら、腹いせに山に火を点けるくらいは平気でやりそうな気がするし。
『我が守り場であるザルツ山や村が、彼奴らの魔手によって損なわれるなぞ、到底納得も承服もできはせぬ。
ゆえに妾も、できる事があるならばなんでもする。打てる手があるならば、その先にどのような労苦があろうと厭いはせぬ。つまりはそういう事じゃ』
「うん。分かった。じゃあ遠慮なく通らせてもらうわ。あと……例の精霊王様の事も、もっと詳しく教えてよね」
『無論じゃ。レフコクリソス様のお力添えなくば、流石の妾であっても、一滴の血も流さぬまま数多の兵を従える国主を打倒するなど、叶いはせぬゆえ』
「……。そういう事ならモーリンの巫女として、私も頑張らないといけないわね。――モーリンの手を汚させない為にも」
『――ふ、ふん。そうか。ならばその決意のまま、その名に恥じぬよう精々励むがよいぞ。妾の巫女としてな!』
微妙に照れたような口調と声色で、ツン、と上を向きながら言うモーリン。
やっぱコイツ、ツンデレ狐だわ。
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