第22話 8年越しの再会へ



 今年の夏、恋人と結婚する事になったので、お姉様とお姉様のお友達を、結婚式に招待したい。

 エフィーメラからそんな知らせが届いたのは、丁度ザルツ村に夏が訪れた頃の事だった。


 お相手は、3つ年上の幼馴染みで、6年前に仕事で知り合った酪農家の4男。

 名前はコリンといい、エフィーメラ曰く、チャームポイントは笑顔とそばかす、優しくて気遣い屋で、頭の回転が速い所がとても素敵、との事らしい。


 いい事だ。男を顔一辺倒で選ばない辺りに、エフィーメラの心の成長と積み重ねられた経験、なにより賢さが見受けられる。

 これは断じて身内の欲目ではない。いやマジで。


 勿論、「おめでとう、喜んで出席させてもらうわね」と書いた返事の手紙は既に出してある。今はリトス共々、ちょっと長くなりそうな旅行に備えて、各自であれこれ準備をしている所だ。

 式に出席するのは身内の私と、私の身内も同然のリトス、それから村の代表として、シエルとシエラが出席する事になっている。


 本当はトリアとゼクスも出席したがっていたのだが、あんまり大人数で押しかける訳にもいかないだろ、とシエルに言われ、やむなく断念したようだった。

 トリアとゼクスの場合、「友達の妹の結婚式に顔出したい」というより「よその国の別の街に行ってみたい」って気持ちの方が大きい気がするけどね。


 しかし、あの子が……エフィーメラがもう結婚するのか。

 2年位前、「恋人ができた」という知らせがあって以降、度々惚気交じりの手紙が送られてきたけど、まさかそこまで進んだ仲だったとは思わなかった。


 確かにエフィーメラは、今年の春の終わりに16歳になり、めでたく成人年齢に達したので、そういう話が出てもなんら不思議じゃないが、決断早いなぁ。


 こっちの世界じゃ男女共に成人年齢は16で、女性の結婚適齢期は16歳から20歳前半とされている。

 25を過ぎた辺りから、早々に「行き遅れ」呼ばわりされるようになるらしいし、お付き合いしてる相手がいるなら、成人と同時に結婚の話が持ち上がるのも当然か。

 特に、平均して2年ほどの婚約期間を要する貴族女性と違い、平民女性にはそういうしがらみがないので、尚更結婚が早まるんだろう。


 え、私はどうなのかって?

 やだなあ。いる訳ないでしょそんな相手。

 以前通り、デュオさんの店に週1ペースで全粒粉卸すのと、あとは精々家庭菜園の世話しかやる事がないので、ほとんど毎日のようにモーリンと、森の見回りという名のお散歩三昧な毎日を過ごしてます。はい。


 ぶっちゃけ、成人済み女性のスケジュールとしては、ちと難があるような気がしなくもないが――健康にはいいので特に問題ないものとする。

 ホラあれだよ。スローライフってやつ。

 素敵な響きだよね。晴耕雨読のスローライフ。


 前世において、元ド田舎の出身だった私的には、都会モンが理想とする『スローライフ』って、田舎の住環境舐め腐ってるとしか思えなかったけど。

 移住雑誌で紹介されてる『田舎』など、真なる田舎と呼ぶに能わず。

 ざけんな。あんな利便性のいい街、田舎とは呼ばねえからな。



 すいません。話を戻します。

 あれから村も、幾つか変わった事がある。

 ひとつは、ザルツ村への移住者が幾らか増えた事。


 やはり、弱者に優しくない新たなクズ王の政策の元では、中流よりも生活レベルが低い下流家庭の人は生きづらいようで、ここ数年の間に、およそ5世帯ほどが移住してきている。


 もっとも、ここでの暮らしが王都より悠々自適で余裕があるかと言うと、別段そういう訳でもない。精々、王都よりも払う税金少ないお陰で、なんとか衣食住に困らず済む程度だ。

 移住者の皆さんは、納得してるみたいだけどね。


 もうひとつは、私とリトスも住居を村の中へ移した事。

 つか、これはもう何年も前に済んでいる事だったりする。

 ウチのおキツネ様が、『村の者共とねぐらが分かれておると、結界を張るにも手間じゃし魔力も余分に消費する。妾の為にも早うねぐらを村に移せ』と仰せになったので、トーマスさんに相談して村の端っこの空き地を頂戴し、そこへスキルを使って元の家を移動させたのだ。


 それから、ついでに家自体も増築した。

 ほら、小さなうちはいつも一緒でも問題なかったが、ある程度成長したらそうも言っていられなくなるじゃない?

 そんな訳で、私とリトスでプライベートを分けなくちゃならないよな、と思い立ち、お互いの個室を制作した次第です。


 当時リトスも個室の完成を非常に喜び、最近では、個人的な趣味で始めたカービングで色々なものを作ったり、スケッチブックに絵を描いたりして過ごしているようだ。

 この間、成人の祝いとしてアステールさんからもらったロングソードも、自室で大事に手入れしてるみたいだし。


 だがその一方で、年頃特有の隠し事も増えたように思う。

 カービングで作った犬やら猫やら鳥やら、そういう小さな置物なんかは、彫り方が拙いうちから普通に見せてくれたのに、なぜかスケッチブックに書き溜めている絵だけは、頑として見せてくれないんだよね。なにゆえ?

 今も旅行の準備と称して部屋に籠り、なにか色々ごそごそやってるし、なにやってるのかも教えてくれない。


 もしかして好きな子でもできたのかな。

 そうだとしてもおかしくないよな。

 なんせリトスも、もう16歳のお年頃。こっちの世界じゃ立派な成人男性だ。気になる子の1人や2人いたって、なんら不思議じゃないだろう。


 それに、私が兼ねてから予想していた通り、リトスはそりゃもう、ものっそい美少年に成長した。ちょっと陳腐な言い回しになるけど、まるで天使のようなご尊顔を持つに至っている。


 リトスの美貌に関して、事細かな表現をするのはちょっと難しいが――

 曰く、ガン見してるとあまりの美しさに語彙が死ぬ。

 曰く、笑いかけられるとクラッとして意識が遠のく。

 村のお姉様方の多くはそう仰います。

 ついでに言うなら私も似たような感じです。

 昔からの同居で耐性ついてなかったらヤバかった。


 しかし、そんな超絶美少年として成長しつつも、あんまり線は細くない。

 昔からあっちこっちの人に、女の子と間違われるのが本当に本気で嫌だったらしく、今では猟師会での修行の成果を如何なく発揮し、立派な細マッチョになりました。


 背丈の方も今では180に近く、もうリトスを『女の子』と間違う者はいない。めっちゃ美形ではあるけれど、どこから見ても、ちゃんと『男の子』って感じがする。イケボだし。

 よかったね、リトス。


「――なーんて、色々浸って手ぇ止めてる場合じゃなかったわ。出発はもう明日なんだし、ちゃっちゃと支度を終わらせないと。出がけの前に変にまごついたりしたら、シエルとシエラに文句言われちゃうし」


 私は自分で自分に苦笑いし、いつの間にやら止まってしまっていた支度の手を、再び動かし始めた。



 翌朝の早朝、私とリトス、シエルとシエラは、ジェスさんから借りた幌付き荷車に乗り込み、ザルツ村を出発した。

 目指すは北の隣国、カスタニア王国の街・メリーディエ。到着までの旅程は片道2日だ。


 まず1日目は、リトスとジャンケンして負けたシエルが御者台で荷車を動かし、日が沈む前に適当な所へ荷車を止めて野宿。

 2日目は、そのままリトスがメリーディエまで荷車を動かす事になっている。


 昔、前王が死んで間もない頃に(アレに『崩御』なんて言葉使いたくねえ)国境で行われていた、一部出国者への締め付けも今はなくなっているので、1人につき大銅貨6枚の出国通行税を支払い、一般出国証明書を受け取れば、普通に関所を通過してメリーディエへ行ける。


 これが大量の商品を持って移動する商人ともなると、1人銀貨1枚+物品移送税(荷の量が多いほど税額も増える)を支払って、行商出国証明書をもらう必要があるらしいけど。


 ちなみに、他国からレカニス王国へ入国する際に支払う入国通行税は、1年以内に発行された出国証明書を提示した者に限り、出国時の半額で入国できるのだそうな。

 国外に出る時は割高な税金払わされるが、他所から早期に戻って来る場合は半額になるって辺りが、微妙に上手いというか、いやらしい金額設定になってるなと個人的に思う。


 つか、こんな偏った税金の徴収法採用して、よく他所の国からイチャモン付けられずに済んでるよな。こういうやり方されると、必然的に自国での輸入品の売値が上がるから、普通はどこも嫌がるはずなんだけど。


 まあいい。今は目先の税金よりも、行き先の事を考える方が重要だ。

 しばらく前までメリーディエは、広大な森から採れる材木を活用した木工細工や林業の他、細々と酪農を続けて街を維持していたらしいが、今ではクリフさん夫妻とエフィーメラが盛り立てている、乳製品を中心に扱う商会の規模と販路拡大により、酪農業が大変盛んになっているそうだ。


 それすなわち――ミルクや、チーズなどを中心とした乳製品を使った料理が、大変バリエーション豊かで美味しいという事!


 フフフ。今からもう既に楽しみで仕方ない。

 お土産も沢山買って帰らねば。

 今日まで頑張って貯めたお金、こんな時じゃなければいつ使うってなモンですよ!

 いや勿論、妹の晴れ姿を見るのだって、物凄く楽しみだけどね。

 ホントだよ?


「なんだか嬉しそうだね? プリム」


「そりゃあもう!」


 幌付きに馬車の中、綿や使い道のない端切れなどを大量に詰めて作ったクッションに座り、笑って訊いてくるリトスに、私も笑って答える。


「妹に8年ぶりに会える上、会いに行く理由が結婚よ? 嬉しくならない方がどうかしてるでしょ? おまけに、美味しい名物料理を堪能できる、絶好の機会でもあるんだから!」


「あらそう? あんたの場合、食べ物の方が楽しみの比重大きいんじゃない?」


「違いますぅ! ちゃんと妹を祝福する気持ちの方が大きいですから! 勘違いしないでよねっ!」


 私は、同じくふかふかのクッションに座って、によによ笑いながら突っ込みを入れてくるシエラにそう反論した。そんな私に、シエラが軽い調子で「ハイハイ」と雑な返事をする。


 自分の膝の上に肘を置き、頬杖つきながらこっちを見つめて笑うシエラは、とても美人だ。どことなく気品があって、お姫様みたいに見える。


 仕草や言動はどこを取っても普通の平民の女の子だし、綺麗にまとめて結い上げられた金髪を飾ってるのは、貴金属性のティアラじゃなくて、木工細工のバレッタだけど、それでもシエラには、内側から滲み出る美しさみたいなものが確かにあって、それがシエラを一層綺麗に見せているように、私には思えるのだ。


 モーリンと一緒に山ん中を歩き回るたび、木に登ってアケビやら何やらを採って歩き食いしたり、その辺でいい感じの棒切れ見付けて拾っては、近所のガキンチョ共とチャンバラして遊んだりしてる、野生児丸出しな私とは大違いだ。

 全く、如何ともしがたい格差もあったもんだわ。


 それから――取って付けたみたいな言い方になるけど、シエルも滅茶苦茶イケメンになった。シエラがお姫様なら、シエルはさしずめ王子様といった所だろうか。

 でも、王子様っていうのは単純な見た目の話。雰囲気的には、騎士と評した方が近いかも知れない。相変わらず口悪いし、振る舞いもガキっぽい奴だけど。


 つーか、シエルが事あるごとに私の食いしん坊属性を強調するもんだから、今じゃすっかり私は村で、食いしん坊巫女扱いされるようになっちゃったんだよね。


 なんか思い出したらイラッとしてきた。

 やっぱあいつの評価なんざ、村のガキ大将で十分だ。

 まあ、リトスと2人で張り合うように磨いた剣の腕は、今では相当なものらしいので、おまけで騎士だと思ってやってもいいけどさ。


「あれ? どうしたの、プリム。ぼんやりして。もしかしてお腹空いた?」


「ち・が・い・ま・す。リトスまで私を食いしん坊キャラ扱いするつもり?」


「そ、そんな事ないよ。僕はちゃんと、プリムが妹思いで面倒見のいい、優しいお姉ちゃんだって分かってるよ。でも、それはそれとして、ちょっと僕が作ったクッキーの味見はして欲しいかな」


「え? クッキー? いつの間にそんなの作ったの?」


「昨日の夕飯の後、プリムが荷造りしに部屋に戻ってから。……実は、君の妹の結婚祝いに、何か贈ろうと思って色々と考えたんだけど、あんまりいいものが思い浮かばなかったんだ。


 そもそも僕は男だし、花嫁に贈り物をするなら消え物じゃないと、花婿の手前カドが立つかな、と思って。それで迷った末に、クッキー焼いてみたんだよ。焼き菓子なら一緒に仲良く分けて食べられるし、丁度いいよね」


 リトスはニコニコ笑いながら言う。

 おっと。ついに普通の料理だけじゃなく、お菓子まで作るようになったのか。

 まあそれも、元はと言えば私がメシマズ女で全然料理ができなくて、スキルで食べ物出すしか能がなかったせいなんだが、必要に駆られてやってるうちに、すっかり料理好きになったらしい。


 顔よし、スタイルよし、性格よし。その上剣の腕も立ち、更には料理もできちゃうなんて、いよいよスパダリ要素が揃ってきたな、リトス君よ。

 元からモテモテだったのに、もっとモテモテになっちゃうな。こりゃ。


「そうね。私もそれ、いい考えだと思う。エフィの為に色々考えてくれてありがとう、リトス」


「どういたしまして。じゃあそういう訳だから、早速味見よろしく。これなんだけど」


 リトスが巾着タイプの袋の口を開け、取り出したのは丸い形のクッキー。

 笑顔で差し出されたそれを掌でもらい受け、一口齧れば、途端にかぐわしいバターの風味が口いっぱいに広がった。絶妙な甘さと口の中の水分を奪わないしっとり感を持ちながら、それでいてサクサクとした軽やかな歯触りも楽しめる。

 最の高ですリトスさん!


「美味しい! すっごく美味しいわ! こんな美味しいクッキーがお店で売ってたら、並んででも買っちゃう!」


「そ、そう? ありがとうプリム。……それ、贈り物用に、いい材料使って作ったから……」


「またまた。謙遜しちゃって。いい材料使ってても、それを生かす腕がなくちゃ、こんな美味しいものできないわよ。あーでも、食べててあと引くわ、これ! 今度材料出すから、沢山作って欲しいなぁ……!」


「……っ、う、うん、い、いいよ! き、君が、美味しいって言ってくれるなら、いつだって、どれだけだって作るよ!」


「ホント? ありがとうリトス! 楽しみにしてるわね!」


 私のリクエストに、リトスは赤くなった顔で何度もこくこくうなづいた。

 昔から褒められるとすぐ赤くなるんだよね。リトスは。

 いつまで経っても褒められるのに慣れないって言うか、なんて言うか。

 要するに、根本的に照れ屋なんだろう。


 でも、そういう所も可愛くて好感度高いよな。

 ほら、シエラも微笑ましそうな目で君を見てるぞ? このワンコ系男子め。

 全く参るね。どこまでモテ要素満載なんだ、この子は。

 御者台で話を聞いてたのか、こっちに向かって「そんな菓子ばっか食ってたら太るぞ~」とか言ってくる、デリカシーに欠けたガキ大将とは大違いだ。


 お前あとで後頭部どついてやるからな。シエル。

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