第19話 神秘の霊薬、精霊の愛し子



 急病人用のテントから出ると、外は完全に夜の闇の中に沈んでいた。

 獣避けと照明代わりの灯りとして、そして何より暖を取り煮炊きをする為、そこかしこで焚かれている焚き火の1つに近付いて行く。

 ただ、ここで煮炊きされてる料理は全て、難民キャンプの人達が食べる為のものなので、それらをもらう事はしない。


 今は夜だし、誰かに声をかけて、ちょっとその辺でご飯食べてきますね、というお知らせをしておかないと、急にいなくなったと思われて、心配されてしまうから来ただけだ。

 いつでもどこでも、集団行動では報連相が大事なのです。


 私とリトスが近づいて行った焚き火では、焚き火を中心に据える形でやぐらを組んで、そこに半月型のデカい鉄鍋を吊るして汁物を作っているようだ。

 その周囲には、セレネさんとシエルとシエラの姿がある。

 汁物以外にも、串刺しにした川魚を焚き火の周囲に刺して焼いているらしい。


「セレネさん」


「ああ、プリムにリトスね。――倒れた人達に、なにかあった?」


「いえ、今の所は何も。ただ、私達晩ご飯まだだったから、難民キャンプの代表さんが気を遣ってくれて……」


 少しだけ緊張した様子を見せるセレネさんに軽い口調でそう言うと、セレネさんが一転してホッとした顔になる。


「そうだったの。……ごめんなさいね、2人共。事情があったとはいえ、夕ご飯前に呼びつけるような真似をしてしまって……」


「気にしないで下さい。困った時はお互い様でしょ? それでですね。私達ちょっとの間、キャンプの端っこでご飯食べちゃうんで、しばらくこの辺離れますから――」


「分かったわ。でも、囲いの柵から外には出ないようになさいね」


「そうだぞ。一応、獣避けの薬を柵に塗り付けたりしてあるけど、柵から外に出ちまったら意味ねえからな。……つっても、用は柵の外で足さなきゃなんねえけど……」


「もしトイレに行きたくなったら、子供だけで外に出たりしないで、必ず誰か大人に声をかけてついて来てもらうようにね。なんかちょっと落ち着かないと思うけど、今シエルが言った通り、柵の外は危ないから」


「うん。分かったわ。忠告と説明ありがとう」


 セレネさんの言葉を継ぐようにして、注意事項などを教えてくれるシエルにお礼を言いながら、私達はその場を離れた。

 流石に熊は冬眠してるけど、この辺は人を襲うような肉食の獣が、冬でも普通にウロウロしてるんだよね。獣避けを持ってても、身体の小さい子供しか姿が見えないとなると、獣避けを無視して襲い掛かってくるのもいるらしいし。


 そういう訳なので、村の子供は親のみならず周りの大人達からも、「陽が落ちた後は、絶対に子供だけで村の外を歩いてはいけない」と、事あるごとに口酸っぱく注意されながら育つのだ。


 ちょっと話がずれたが、私とリトスはキャンプ地の中でも、特に人気の少ない場所に移動してから適当に座り込み、毎度の如く持ち歩いている、スキル誤魔化し用のバスケットを膝に抱え持って、その中にサンドイッチを3人分出す。

 肝心の具は、メンチカツサンド、タマゴサンド、BLTサンド(レタス増量)の、計3種。


 これから長丁場になる可能性も踏まえて、ガッツリめのラインナップにしてみた。

 お腹が満たされてないといざって時に踏ん張れないし、思考もネガティブな方向に傾きがちになるからね。


 バスケットの中から、油紙に包まれた状態のサンドイッチを取り出し、リトスに渡しつつ、そういやモーリンがいないな、と思い出した。

 多分まだ、うちの中にある専用の寝床で、優雅に微睡んでいらっしゃるんだろう。

 仕方がない、ここは念話を使って語りかけてみるか。


 念話と聞いてすぐに察しがついた方も結構いると思うが、念話というのは、早い話が特定の対象との間にだけ作用する、テレパシーみたいなもの。もはやファンタジーものの話では、定番の能力と言っていいんじゃないかな。


 モーリン曰く、私とモーリンは契約によって、互いの魂の一部が繋がっているらしい。んで、その魂の繋がりを利用する事で、遠く離れた場所にいる相手にも、言葉や意思を伝えられるようになるんだとか。


 便利っちゃ便利だけど、念話を使う時には、相手に伝えたい言葉を明確に思い描くようにしないと、言葉どころか意図さえ正しく伝わらないのでちょっと大変。

 下手すると、間に何人か挟んで伝言ゲームしたみたいな、支離滅裂な伝わり方になっちゃったりするんだよね……。


《……おーい、モーリン? もしもーし、起きてるー?》


《うむ、起きておるぞ。気配から察するに、ふもとに下りてなんぞ仕事でもしておるのかえ?》


《まあね。難民キャンプの中で、急病人が何人も出たから、看病の手伝いに来てるの。しかもその急病人の中に、生き別れてた妹までいるんだもの、色々大変よ。

 事情を説明してくれる人や、傍にいてくれる人がいなかったら、キャパオーバーしてたと思うわ》


《ほほう、生き別れの妹とは。お主がいつぞや言っておった、性悪な腹違いの妹の事じゃな。……妹が永らえる事を望むか?》


《……うん。まだ、ちゃんと向き合って話した事もないし。こんな所で死なないで欲しいってのが本音。所で、モーリンは晩ご飯どうする? 今すぐ食べるんなら、悪いけどこっちまでコッソリ来てくれない? 多分、すぐには帰れないと思うから》


《うむ、そうじゃな。いささか手間ではあるが、致し方あるまい。しばし待て》


 そういった途端、念話の為の繋がりがプツンと途切れたかと思うと、次の瞬間にはモーリンが私の傍らに姿を現していた。


「早っ!」


『当然じゃろ。妾も腹が減ったのじゃ。はよう夕餉を出せ』


「はいはい。っていうか、精霊も人間や他の生き物みたいにお腹減るのね」


 半ば呆れながらバスケットの中に手を突っ込み、モーリンの分のサンドイッチを取り出して差し出すと、モーリンは前足と爪を器用に使って油紙を剥ぎ取り、中身のサンドイッチをぱくつき始める。


『人と契約を交わせば、自然とそうなるのじゃ。契約によって人と繋がりを持てば、それに比例して毎時力を使うようになる。


 自然界や司る場から流れ込む気、時折捧げられる作物から得られるエネルギーだけでは、実体を維持できなくなるゆえ、それとは違う形でエネルギーを取り込む必要が出てくるのじゃ。


 ゆえに妾も、お主と連動する形で腹が減るようになる、という訳じゃな。……うむ、うむうむ、今日も美味い。満足じゃ、我が巫女よ』


「それはどうも。ご飯それで足りた?」


『腹具合は程よいの。……じゃが……うむ。今少しもらおうか。ひとまずローストビーフサンドと、ローストチキンサンドと、ローストポークサンドを3切れずつ、それからデザートに、プリンとバニラアイスとチーズスフレを所望するのじゃ。

 人目につかぬよう結界を張ってやるゆえ、周りの目なぞ気にせずにじゃんじゃん出すのじゃ!』


「えええ……そんなに食べられるの? あんた……。まあ、出せって言うなら出すけど……」


 なんか知らんが、突然フードファイターみたいな事を言い出すモーリンに若干引きつつも、私は言われるがまま、リクエストされた食べ物をポンポンと出していく。

 そしたらまあ、食べるわ食べるわ。


 挙句、最初に聞いたリクエストの品だけでは足りないとまで言い始め、最終的には、ミディアムレアの極厚ビーフカツレツサンド3切れ、具材たっぷりの大判シーフードピザ1枚、大トロ・中トロ・赤身の3点刺身盛り合わせ2人前、高級イチゴたっぷりのガトーフレーズ1ホールを、1人(1匹?)でペロリと平らげた。


 リトスなんて、途中から「見てるだけでお腹がパンパンになりそう」とか言い出して、青い顔でそっぽ向いてたからね……。

 私は前世で、フードファイターが出てくる大食い番組をよく見てたからか、別にモーリンの爆食っぷりを見てもダメージは受けなかったけど。


 しかし、なんだって今日に限って、こんなアホみたいな量のご飯やらスイーツやらをガバガバ食べたのか。疑問に思い、優雅な毛づくろいタイムに入っていたモーリンを問い質そうとしたら――

 なんか、モーリンの身体がめっちゃ光り始めた。

 はっ? えっ? なにこれどういう事!?


 リトス共々戸惑いまくり、一緒になって狼狽えてる間にも、モーリンの身体はどんどん強く光り輝いていき、ついには直視できなくなって、両目を腕で庇いながら顔をそむけた瞬間、光が爆ぜた。


「うわあっ!」


「~~~っ!」


 ほんの一瞬の事だったが、まるで昼日中に時間がずれたんじゃないかと思うほど、周囲が明るく照らされる。

 モーリンが予め張っていた結界がなければ、大騒ぎになっていただろう。


『……。ふう。上手くいくかどうか幾分心配じゃったが……杞憂で済んだようじゃ。フフン、流石は妾よ』


 モーリンの自画自賛に釣られるように視線を戻せば、いつも通り、淡く優しい光を纏う姿に戻って、ちょこんと座っているモーリンの前に、バレーボールほどの大きさの、淡い蒼の色に輝く綺麗な水球が出現していた。


『これ、プリム。いつまで呆けておる。今すぐに、これを全て収められるだけの器を出すのじゃ。

 頑丈で、持ち運んでも中身が零れ出る事のない、しっかりとした器がよい』


「へっ? あ、はいはい、すぐに出すわ」


 ……えー、えーと、そうだ。

 でっかい丸底フラスコみたいなのがいいかな。強化ガラス製のやつ。

 私がモーリンの指示通り、持ち運びに困らなさそうな容れ物……強化ガラス製のデカい丸底フラスコをポンと出すと、私が抱え持っているフラスコの中に、モーリンの目の前にあった綺麗な水球が、形を変えながら流れ込んでくる。

 やがて水球は、一切その輝きを損ねる事なく、全てフラスコの中に収まった。


 うわあ……。本当に、すっごい綺麗な液体……。

 あんまり綺麗過ぎてため息が出そうになる。

 下手な宝石より、モーリンが出したこの液体の方がよっぽど綺麗だ。


「ねえ、モーリン。これ、なんなの?」


『それなるは、緑を司る精霊のみが作り出せる神秘の霊薬。人の子がエリクサーと呼ぶものじゃ』


「――はい? え、エリクサー? ですか??」


 お座りした格好で、ドヤァ、という擬音が聞こえてきそうなほど胸を張り、ふんぞり返るおキツネ様に、私は思わず間抜けな声で訊き返していた。


 私がフラスコを抱え持ったまま、あまりに間の抜けた顔でポカンとしていたからだろう。モーリンが呆れ顔で、『しっかりせぬか』と突っ込みを入れてきた。


 いやムリ。しっかりできない。

 訳が分からん。ちょっと待って。マジで。

 そう口に出して言おうとしたけど、上手く声が出てこない。


 いやだって仕方ないじゃん!?

 エリクサーなんて、ゲームやファンタジー系小説の中にしか出てこないブツでしょうが! そんな伝説のアイテムを何の脈絡もなくポンと出されて、冷静でいられる訳ないでしょ!?


 私は心の中でシャウトした。

 しかし、そんな私の内心を知ってか知らずか、エリクサーを製造した当の本人は、至って涼しい顔をしたまま話を続ける。


『もっとも、お主の歳の頃では、エリクサーの伝承なぞほとんど聞いた事もなかろうから、ひとまず説明しておいてやろうかえ。


 先ほども言った通り、エリクサーとは緑を司る精霊のみが作り出せる神秘の霊薬。人の子が一口含めばあらゆる病と傷が癒え、二口含めば若返り、三口含めば寿命が延びると言われておる。


 その効能の凄まじさから、人の子達は、緑を司る精霊の力を用いる事なく、エリクサーを作り出そうと過去幾度も試みてきたが、その試みが結実したという話は、千年の時を生きる妾でさえ、とんと耳にした事がないの』


 あー、まあ、そりゃそうだろうな。

 そんなとんでもない代物、人の力だけで作り出せるはずがない。もし仮に作れるようになったとしても、その恩恵を受けられる人間はほんの一握り。特権階級と富裕層の人間だけだろう。


 そして、持てる者と持たざる者の格差は一層広がり続け、やがて決して埋められなくなる。

 後に残るのは、選民思想と差別主義がデカデカと掲げられたディストピアだけ。


 いや、その前に、人間って種族そのものの生態サイクルが根底からぶっ壊れるかも知れない。

 どっちにしても、ろくなことにならなさそうだ。

 私が色々な事を考えているその間にも、モーリンの話は続く。


『本来ならばエリクサーとは、精霊の力と存在の源である魔力の全てを捧げ、我が身の消滅を対価として作り出す代物なのじゃ。しかしながら、今妾の傍にはお主がおった。


 お主がスキルで出す供物は、他のそれより遥かに良質であるがゆえ、多量の魔力へと変換でき、魔力への変換自体も極めて容易じゃ。ならば、お主が差し出す良質な供物を食して取り込み、取り込んだそばから魔力へ変換して溜め込めば、我が身を対価とせずとも霊薬を生み出せるはず。

 そう踏んで試しにやってみたのじゃが――案の定上手くいきおったわ』


「……そ、そうなんだ……。でも、なんでエリクサーを作ってくれたの? 食べ物を魔力に変換して溜め込むのだって、確証があってやった事じゃなかったんでしょう? なんでそんな、危ない橋を渡るような事してまで……」


『なぜ? 異な事を言うものじゃな。先程お主は「妹が永らえる事を望むか」という妾の問いに、うなづいたであろう。ゆえに妾は、その為に成せる事を成した。それだけの事じゃ。


 よいかプリムよ。妾を、人から貢がせるだけ貢がせて自分はろくな仕事をせぬ、昨今の阿呆でツラの皮の厚い王侯と一緒にするでない。お主がこれまで妾に貢いだ分は、今後も相応の形でお主にきちんと還元してやるゆえ、ありがたく思うのじゃ!』


 モーリンは胸を張って、ふん、と鼻を鳴らした。

 口調が若干ツンデレっぽい。

 でも……そっか。そんな風に考えてくれてたのか。

 正直、今のはちょっとグッときたぞ。おキツネ様。

 ていうかその発言、お城でふんぞり返ってるどっかの誰かに聞かせてやりたいよ。


『さあ、分かったなら、はようそのエリクサーをお主の妹と、他の人の子らに分け与えてやるがよい。それだけの量があれば、三口含ませても十分全員に行き渡るじゃろう。

 もっとも、いたずらに人を若返らせたり寿命を延ばしたりするのは、あまり勧めらぬがの』


「……うん! 分かった! ありがとうモーリン! 取り敢えず一口だけ飲ませて回ってくるわ! 後でお礼するから! 行こ! リトス! みんなにエリクサー飲ませるの手伝って!」


「うんっ!」


『うむ。自宅で楽しみに待っておるぞ。我が巫女よ。……さて。それまでひと眠りするかのう』


 モーリンに深く頭を下げて礼を言い、踵を返して走り出す私とリトスの背中にそんな言葉をかけた直後、モーリンの気配がフッと消えたのが背中越しでも分かった。家の寝床に帰ったのだろう。


 本当にありがとう。モーリン。

 雪かきや雪下ろしの時、チョロいなんて思ってごめん。



 その後、急病人用のテントに駆け戻った私の説明を聞いたクリフさんは、しばしの間半信半疑な様子(さもありなん)だったが、どちらにせよ他に頼るものもなし、とため息をつき、エフィーメラ含めた急病人全員に、エリクサーを飲ませる事を同意してくれた。


 同意が得られたので、ひとまずモーリンに言われた通り、一口分のエリクサーを大きめのスプーンの中に慎重に注ぎ入れ、抱き起したエフィーメラの口の中へそっと流し込む。


 するとあら不思議。

 飲ませたそばから見る間に熱が下がり、呼吸が穏やかになったのだ。

 体力までは回復し切っていないからか、エフィーメラはその場では目覚める事なく、そのまま引き続き穏やかな眠りへと没入していったが、もう心配要らないであろう事は、誰の目にも明らかだった。


 うおおおおっ! 効いた! めっちゃ効いたあああっ!

 ありがとう! 本当にありがとう! 神様仏様モーリン様!

 もうこれからなんでも貢ぐ! なんでもリクエスト聞いちゃう!


 私は思わず小躍りしそうになるのを堪えつつ、リトスとクリフさんに手伝ってもらって、残りの急病人の皆さんにも同じ要領でエリクサーを飲ませていく。

 無論、エリクサーを飲んだ全員が、その場で生還を確約された事は言うまでもない。

 神秘の霊薬、万歳。


 ちなみに、後になって知った事なのだが、どうもその時既に、他の急病人の中に容体が悪化し始めていた人が何人かいたらしい。

 そんな状況下にあったからこそ、クリフさんは出所の分からない薬(しかもなんか光ってるし)を受け入れる気になったそうだ。

 それこそもう、藁にも縋る思いだったのだと、苦笑しながらクリフさんは言っていた。


 ま、なんにしてもこれにて一件落着。めでたしめでたし。

 結果よければ何もかもオールオッケーってね。



 それからしばらく後。

 すっかり気が抜け、眠りこけてしまっていた私がふと意識を浮上させると、誰かにおんぶされて運ばれている状態だった。なんかこう、全体的に感触が柔らかくて、いい匂いがする。女の人かな。

 目が覚めたんだから、もう自分で歩けますって主張して、背中から降りるべきなんだろうけど、どうにもその気力が湧かないし、声も出ない。


 つーか眠い。目ぇ開けてられないくらいの勢いで眠いわ……。

 そんな風に半分寝コケてる私の耳に、人の話し声が聞こえてくる。

 あー……。これ、アステールさんとセレネさんかな……。

 あと、シエルとシエラの声も聞こえるような……。



 ――全く、まさかエリクサーが出てくるとは……。プリムには毎度毎度驚かされてばかりだな。


 ――そうね。でも、お陰で死人が出ずに済んだわ。……何も願わずとも精霊が力を貸してくれるだなんて、プリムは精霊の巫女というより、精霊の愛し子みたいね。


 ――あ、私、それ知ってる。お母さんが前に買ってくれた絵本の話ね。


 ――はあ? 絵本?


 ――青い鳥に姿を変えてたせいで、罠にかかって傷付いた精霊を助けた女の子の話よ。精霊を助けた女の子は、その事が切っ掛けで精霊に気に入られて、精霊が色々助けてくれるようになるの。

 それで周りの人達は、女の子を『精霊の愛し子』って呼ぶようになるのよね。


 ――ふーん。都合のいい話だな。


 ――またあんたはそういう事言う。それでね、女の子が精霊に好かれてる事に気付いた悪い領主がいて、女の子を捕まえて魔法で洗脳しちゃうのよ。それで精霊の力を悪だくみに使おうとするの。

 けど、それを知った精霊は物凄く怒って、大きな雷を呼んで領主を邸ごと消し飛ばしちゃうのよ。


 ――それで女の子は正気に戻って、めでたしめでたし、ってヤツだろ? やっぱ都合のいい話じゃねえか。


 ――もう! なんであんたはそうやって、人の気に入ってる話を悪く言うのよ!


 ――こらこら、喧嘩すんな。それに、あの絵本の話はそうバカにできたもんじゃないんだぞ? あれは、遠い昔にあった実話を元に描かれたものだからな。


 ――ええ。精霊は、良くも悪くも純粋で真っ直ぐで、好意を持った相手にはびっくりするくらい優しくて、あれこれ尽くしたりもするけれど、一度嫌った相手にはどこまでも容赦がないの。


 普段は命の奪い合いどころか、ちょっとした諍いが生む穢れさえ嫌うのに、人の命を奪うような事ですら、息をするように平然と行う。

 だから、精霊に嫌われるような悪事は、決して働かないようにしなさい、っていう教訓話でもあるわね。


 ――……。そっか。でも、ウチの村ではそんな心配要らねえよ。みんなプリムの事気に入ってるし、プリムに意地の悪い事する奴なんて、どこにもいねえって。

 ……ま、まあ、もしそんな奴がいたとしたら、俺がぶっ飛ばしてやるけど。


 ――ふーん、へーえ。そっかあ。頼もしいわねえ。それ、プリムに直接言ってあげたら?


 ――なっ……! だっ、誰が言うかよっ! そういうのはなあ、押しつけがましく話して聞かせるモンじゃねえんだよ!


 ――ほらシエル、ちゃんと足元を見て歩きなさい。夜道は危ないっていつも言ってるでしょう。


 ――分かってるって!



 あはは。なんか、微笑ましい会話だなあ。

 絵に描いたような仲良し家族って感じ。

 ……。いいな。正直ちょっと羨ましい。

 私もエフィーメラも……アステールさんや、セレネさんみたいな親の所に生まれてたら、きっと……。


 そこまで考えた所で、ついに私は睡魔に負けて再び意識を手放す。

 家について起こされるまでの間、何か夢を見てたような気がするけど、思い出せなかった。

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