第9話 ザルツ村の人々


「なんにしても、話が上手くまとまってよかったわねえ」


 私達が話し合いをしているうちに、いつの間にかライラさんがキッチンからお茶とお茶菓子を持って来ていた。

 香ばしい匂いがするお茶と、素朴な見た目のクッキーをテーブルの上に並べながら、ライラさんはニコニコと笑っている。


「ああ。納得してもらえてよかったよ。これで俺も、助けてもらった恩が返せるってもんだ」


 ジェスさんも心なしか嬉しそうだ。

 私も心底ホッとしてます。


 そんなこんなでライラさんが持って来てくれたお茶とお菓子を頂き、取り留めのない話をする事しばし。

 ダイニングにある窓から外に目をやりつつ、ジェスさんが改めて口を開いた。


「……さて、少し休んで人心地ついた事だし、今からここの雑貨屋に行って、早速店主と繋ぎを取ろうか? 勿論、プリム達さえよければ、だけど」


「あ、はい。じゃあお願いします。リトスはどうする? トーマスさん家で待ってる?」


「ううん。ちょっと難しい話が多くて、あんまりよく分からなかったけど……。でも、一緒に行きたい」


「そっか。じゃあ一緒に行こうね」


 そう言って、椅子からぴょんと降りた私に、リトスがちょっとしょぼくれた様子で、「ごめんね」と謝ってくる。


「……僕、ただ黙って座ってるだけで、何の役にも立ってないや……。プリムにばっかり喋らせて……」


「そんな事気にしないの。私はあんたよりお姉さんなんだから、あんたより勉強もしてるし、分かる事が多くて当たり前なのよ。

 あんただって、そのうち大きくなれば、色んな事が分かるようになるわ。だから、そんなに焦って背伸びしなくていいのよ」


「……。うん。分かったよプリム。これから僕、勉強も頑張るからね! 掃除も頑張るし、片付けも頑張る! その他にも……えっと、とにかく頑張る!」


「ふふ、そう? ありがとうリトス。でも、頑張り過ぎて具合悪くならないように、気を付けてね? 私は、あんたが元気じゃなくなるのが一番辛いし、悲しいから」


「……! う、うんっ!」


 途端にリトスは、パアッと明るい顔で笑ってうなづいた。ホント可愛いなお前さんは。

 私はただ、友達として当たり前の事を言っただけなんだけど、それで元気になってくれたんなら何よりだ。


「ははは、君達は仲良しだな。いい事だ」


 私達のやり取りを見聞きしていたジェスさんが、椅子から立ち上がりつつ微笑ましそうに笑う。


「じゃあ行こうか。雑貨屋は、だいたい村の真ん中辺りにあるから、少し歩くけど」


「大丈夫です。でも、ちゃんと話、聞いてもらえるかな……」


「それこそ心配要らないよ。雑貨屋の主人のデュオは、無口だけどいい奴だから」


「そうなんですか。よかったあ」


 ジェスさんが笑顔で述べた雑貨屋の店主さんの評価に、私は胸を撫で下ろした。



 ジェスさんの案内に従い、トーマスさん家から出てしばらく道を進んで行くと、何やら道の端で話をしている2人の男の人が目に入った。


「お、フィデールとサージュじゃないか。久し振り。こんな時間に珍しいな。今日は狩りには出てなかったのか?」


「ああジェス。帰ってたのか。久し振り。今日は山の上の天気が良くないんで、休猟だ」


 ジェスさんが軽く右手を挙げながら声をかけると、2人のうち、赤茶色の髪をした方の人が、真っ先にこちらに向き直って声をかけてくる。わあ、澄んだ青い目のイケメンだ。

 でも、なんか全体的に真面目でお堅そうな雰囲気。


「よっ、ジェス! 久し振りぃ! 嫁さん探しに王都まで足伸ばしてたって聞いたけど、なかなかやるなあ」


 それから続いてもう1人の、淡い金の髪の人が笑って近づいてくる。あ、こっちも青い目のイケメンだ。まさかこんな山の中の村で、金髪碧眼の王子様カラー持ちと遭遇するとは。

 でも、もう1人の人と比べてなんかチャラいって言うか、軽薄そうな感じ。


「は? やるなって……なにが?」


「だってお前、未来の嫁を2人も掴まえて帰って来たんだろ? タイプは真逆っぽいけど、どっちも超美少女じゃん」


 怪訝な顔をするジェスさんに、王子様カラーの人ことサージュさんが、私達を顎で指してニヤニヤ笑う。

 はい!? 何言い出すんだこの人は!

 あああ、美少女呼ばわりされたせいで、うちのリトスが凹んじゃったじゃないか!


「はあ!? バカお前、そんな訳あるか! この子達は俺とアステールの恩人だぞ! お前らだってその辺の話は、もうアステールから聞いてるはずだろ! 趣味の悪い冗談言うな! それにこっちの銀髪の子は男だからな!」


「え? その子男? どっから見ても男装してる女の子にしか……いってぇ!」


「いい加減にしろ。これ以上客人に無礼を働くな」


 目を丸くするサージュさんの脳天に、真面目そうな方の人――フィデールさんが拳を振り下ろした。

 ちょっと痛そうだが同情はしない。むしろこの機に乗じて抗議させてもらう!


「本当、失礼ですっ! 変な事言ってウチのリトスをいじめないで!」


 頭をさするサージュさんに、私はリトスに代わって声を上げ、抗議した。


「あー、ごめんごめん、もう言わないよ。無礼をお許し下さい、小さなレディ」


 抗議する私に対し、サージュさんはやおら爽やかな笑みを浮かべると、芝居がかった仕草と口調で謝罪の礼を取ってくる。

 うわあ、キザだぁ。めっちゃキザ。


 でも、その芝居がかった言動が嫌味なく似合ってしまう辺り、イケメンってのは実に得な生き物だ。

 って言うか、この人――


「……もう言わないでくれるなら、私は別にいいです。でも私じゃなくて、リトスに謝って下さい」


「ああ、それもそうか。……大変失礼しました。二度と無礼な発言はしないと誓いますので、お許し願えますか?」


 苦笑したサージュさんは、今度はリトスの前に跪いて利き手を胸に当て、頭を下げた。


「……。許します。これからは、言わないで下さいね」


「ありがとうございます。貴殿のご厚情に心からの感謝を」


 リトスはなぜか一瞬、チラ、と私を見たのち、サージュさんの謝罪を受け入れ、サージュさんはそれを受けて、再びリトスに頭を下げる。

 うん、やっぱそうだ。

 今さっき私に見せた謝罪の礼といい、リトスの前に跪き、利き手を胸に当てて頭を下げる仕草といい、間違いない。


「あの……サージュさん。サージュさんって、貴族なんじゃないですか?」


「え? ……あー、ははは、やっぱバレちゃったか。正確には『元』貴族だけどね。ついでに言うならコイツもそうさ」


「おい……!」


 私の問いかけを苦笑しながら肯定するサージュさんと、そのサージュさんに指差され、顔をしかめてサージュさんを小突くフィデールさん。

 まあ、私にはフィデールさんのその言動が、サージュさんに元の身分をばらされた事に対する抗議なのか、それとも指差された事を不快に思っての事なのか、イマイチ判別がつかなかったけど。


「いいだろ。こっちのご令嬢はだいぶ聡明みたいだし、どうせそのうちバレる事さ。なら、今のうちに話しておいた方がいいだろ?」


 ヘラリと笑って軽い口調で言うサージュさんに、フィデールさんは、はあぁ、と大きなため息をつき、私とリトスに向き直った。


「全くお前は。……見苦しい所をお見せしたばかりか、重ね重ねの無礼な発言、大変申し訳ございません。私はシアン・フィデール。元フィデール伯爵家の次男です。

 そしてこちらはシアン・サージュ。サージュ子爵家の三男だった男です。大変奇縁な事に、私共はファーストネームが同じでございますので、不遜な事ではありますが、今も共に家名を名乗っております」


 貴族然とした、丁寧な口調でフィデールさんが言う。

 ていうか、この人達どっちも名前がシアンさんなんだ。あんまり広くもない貴族社会で、同年代の貴族令息のファーストネームがかぶるなんて珍しい。

 もしかしたら名づけの時、なにか行き違いでもあったのかも知れないな。


「サージュも私も、かつては王太子付きの護衛騎士となるべく、従騎士として互いに切磋琢磨しておりました。しかしながら、私もサージュも貴族であったのは10年以上昔の事。


 ゆえあって詳しい事情を説明する事は叶いませんが、現在は身分を捨て、ここザルツ村で猟師として生計を立てておりますので、今後はいち平民として接して頂ければ幸いです。

 いささか一方的な説明ではございますが、ご納得頂けますでしょうか」


 自分達の事情を丁寧に述べ、貴族男性の公式の場での礼を取るフィデールさん。

 成程ねえ。この人達もアステールさんと同じ、訳アリ元貴族なのか。

 まあ、訳アリ元貴族なのは私もリトスもおんなじだから、私としては彼らに言う事なんて何もないし、そもそも誰かに物申す資格自体、ハナから持ち合わせちゃいない。


「複雑なご事情があるのですね。分かりました。今後はそのようにさせて頂きます。所で、あなた方はアステールさんから、私達の事について何か聞いておいでですか?」


 ひとまず私もフィデールさんに合わせ、貴族令嬢の口調で問いかけると、今度はサージュさんが口を開く。


「――いえ。詳細は伺っておりません。ただ、あなた方がやんごとない身分である事と、年端もいかぬ身でありながら、今も王侯貴族の間で続いている、下らない因習の犠牲になられた、という事に関してだけは、あの方から説明を受けております。

 差し出がましいようですが、どうかお力を落とされませんよう。我々は、あなた方に負うべき責などないと確信しておりますので」


 この人、やろうと思えばちゃんと貴族然とした話し方もできるんだ。

 ……なんて、だいぶ失礼な事を思ってしまったのはここだけの秘密だ。


「ありがとうございます。そのお言葉だけで救われる思いです。……一応、私達も元の正確な身分を明かした方がよろしいでしょうか」


「もし、あなたがその必要があるとお思いになるのであれば、お聞きします」


 サージュさんは、穏やかな眼差しで私を見据えてくる。


「……。いいえ。今後の事を思っても、それは不要な行いかと思います。という訳で――色々理由があって、私とリトスは村の外で暮らしてますけど、これからよろしくお願いしますね! サージュさん、フィデールさん!」


 口を開けて歯を見せるような、貴族令嬢として有り得ない笑い方をしながら右手を差し出す私に、サージュさんとフィデールさんは一瞬面食らった顔をしたが、どちらもすぐに「よろしく」と笑いながら、私の手を握り返してくれた。



 これから、猟師会の寄り合いに顔を出しに行くのだというフィデールさん、サージュさんと手を振り合って別れ、更に道を進んで行くと、袋小路になっている道のすぐ側に、『アントリア雑貨店』という看板を掲げた店が見えてきた。


「着いたよ。ここが村唯一の雑貨屋だ。……おーいデュオ、いるかい?」


 ジェスさんが気安い口調で店のドアを開けると、カランカラン、という、少し高音で軽やかなベルの音が鳴り響く。まるで、一昔前の喫茶店みたいだ。

 店の内部には、私の背丈の半分くらいの高さの棚が等間隔で並べられ、その上に小物を中心とした商品が陳列してある。


 一方、壁際には天井に届かんほどの高さの棚が幾つも並んでいて、そこには一抱えもありそうな瓶や寸胴鍋などが並ぶ。棚と棚との隙間には蓋のない木箱が置かれていて、その中には柄の長いほうきやスコップ、くわすきなどが立てかけられていた。


「……。ああ、ジェス。いらっしゃい」


 店内奥の中央、長方形のカウンターの中にいる、今ジェスさんの挨拶に応えてくれたのが、店主のデュオさんなんだろう。

 店主というから、勝手に4、50代くらいの、少し歳のいった人を想像してたけど、かなり若い。多分この人も30代かそこらだ。

 短く整えられた灰色の髪と切れ長の水色の目が特徴的な、クール系イケメンでいらっしゃいます。


「しばらく前、1人で王都に向かったと聞いて、心配していた。無事で戻って何よりだ。――その子達は?」


「ああ、今説明する。実は――」


 ジェスさんが、ここへ私達を連れて来た理由を搔い摘んで説明すると、デュオさんが神妙な面持ちで、ふむ、と唸った。


「成程、分かった。そういう事なら否やはない。――まずはプリム。すまないがここで、店に卸す予定の品を出せるだろうか」


「あ、はい。出せます。ちょっと待ってて下さいね……」


 デュオさんにそう頼まれた私は、カウンターの脇にある少し広い場所に移動して、頭の中にイメージを浮かび上がらせる。

 そうだなあ……。じゃあまずは小麦粉を出してみよう。

 量は大体20……いや、40キロくらいかな。容れ物は袋。よくファンタジーものの漫画とかに出てくる、穀物や小麦粉を入れてあるようなのがいい。みっちり目の詰まった、麻袋みたいなやつ。


 固まったイメージのままに念じると、ぽん、という音と薄い煙が湧き起こり、煙が晴れたその後には、頭の中に思い描いた通りのブツがきちんと出現していた。

 案の定、これにはジェスさんもデュオさんも驚いたようで、ジェスさんは「うおっ!」と声を上げ、デュオさんも切れ長の双眸を、これでもかと丸くしている。


「はあぁ……これが君のスキルの力か……。いや凄いな。実際に目の当たりにしても、何だか信じ難いくらいだ……」


「……ああ。上手い表現が思い付かない。……中身を確認しても?」


「はい。どうぞ」


 私は短く訊いてくるデュオさんにうなづき、小麦の袋から数歩分ほど離れた。あんまり傍に張り付いてると、検品の邪魔になる。


「どうでしょうか?」


「……不純物がなく、きめが細かい。とても質のいい小麦粉だ。王侯貴族が口にするものと比べても遜色ない。ただ、これでは平民の間に流通させるには、高品質過ぎる。少しグレードを落とせるだろうか」


「うーん、そうですか。じゃあ、全粒粉と混ぜる、というのは? そしたら普通の値で売れませんか?」


 私の提案に、デュオさんが再び、ふむ、と唸る。

 我ながらいかんなあ。うっかりしてたよ。この世界では確か、平民が買うパンの大半は全粒粉でできてるんだった。


 やっぱ、本で読んだだけで実践の機会が薄い知識ってのは、頭からすっぽ抜けがちになる。

 これからは平民として生きていくんだから、もっとその辺気を付けないと。


 ちなみに全粒粉とは、小麦を脱穀せず、そのまま丸ごと挽いて粉にしたものの事。

 昨日今日、トーマスさん家のご飯に出てきたパンも、全粒粉で作られていた。脱穀後に製粉された、純度100パーの小麦粉を使ったパンなんて、王侯貴族でもなきゃ早々食べられないのだ。


 そういや日本でも昨今は、食物繊維や栄養素の面から全粒粉が見直されて、パンやクッキーなどの商品に、ちらほら使われ始めていたはず。

 全粒粉って、普通の小麦粉と違って若干口当たりは悪くなるけど、その分生地に独特の香ばしさが生まれるんだよね。個人的に、あれはあれでとっても好きです。

 全粒粉の食パンで作ったピザトーストとか最高だし。


 やべ、話がずれた。

 まあとにかく、私がちょっと脳内妄想に走っている間に、デュオさんも頭の中でそろばんを弾き終えたようだ。


「……いや、それでも少し高いな。いっそ初めから全粒粉を出せないか?」


「できます。じゃあ、これからはジェスさんの名義で、私がこちらのお店に全粒粉を卸す、という事でいいですか?」


「ああ。それで頼む。ただ、全粒粉となると、どれだけモノの品質がよくても、卸値に色を付けたりはできないが……」


「構いません。見ての通り元手はかかってませんし、そもそも、そんなに大儲けしたい訳ではないので」


「分かった。……では取引開始は来月の頭から。ジェスの名義で、40キロ入りの全粒粉の袋を1週間に1回、週初めに2袋のペースで卸してもらう事にする。重量物なので、商品の引き取りには俺が直接出向こう。

 支払いは月末に一括払い。直接の支払いはジェスに対して行い、そこからジェスが、君達の取り分を君達へ渡す。これで問題ないだろうか」


「はい。問題ありません。来月からよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく頼む。――実はこの前行商から、しばらくは王都の商品の扱いを控える、という話をされたばかりでな。正直とても助かる」


「え? 王都の商品を? 王都で何かあったんですか?」


「ああ。行商が言っていた。平民街と貴族街の一部の区画で、ザクロ風邪が流行り始めたらしい、と。だから当分行商も、王都には近づかないつもりなんだろう」


「ああ……その話なら俺も聞いたよ。それもあって、予定より早く村に戻って来たんだ。もし万が一病をもらったりしたら、村に帰れなくなるからな」


 眉根を寄せながら言うデュオさんに、ジェスさんが顔をしかめてうなづき返す。


「ねえ、ザクロ風邪ってなに? プリムは知ってる?」


 何だかちょっと深刻そうな空気になってきて、少し怖くなったんだろう。リトスが不安そうな顔でそう問いかけてくる。

 しかし残念ながら、私もその問いには答えられそうにない。


 ザクロ風邪なんて初耳だ。

 今まで読んだ本の中にも、そんな名前の風邪の話はなかったように思う。医療関係の本には、まだ手を付けてなかったしなあ。


「ううん。聞いた事ない。……ジェスさん。ザクロ風邪って、もしかして怖い病気なんですか?」


「ん? プリム達は知らないのか。そうだなぁ、感染りやすいし、怖い病気だって聞くよ。俺は見た事がないけど……」


 ジェスさんが腕組みしながら唸る。


「……俺は、実際に見聞きした事がある。昔、王都に住んでいた頃、俺の伯父の息子が、ザクロ風邪にかかって死んでいるからな」


「本当かよ、デュオ。お前よく無事だったな」


「ああ。運がよかったんだと思う。……ザクロ風邪に罹ると、まず咳やくしゃみといった、風邪に似た症状が出る。それが悪化すると全身に、ザクロの実の中身のような発疹と、酷い高熱が出るんだ。だから『ザクロ風邪』と呼ばれている。


 体力がある大人は助かる事も多いが、子供や年寄りはほとんど死んでしまう。こちらに関しては、助かる事は稀だ。

 更に言うなら、病気が治って命拾いしても、発疹の跡が身体に残って酷い見た目になる。若い女はそれを理由に悲観して、自分から命を絶つ事も少なくないと聞く。そういった意味でも、恐ろしい病気だと言えるな」


「そ、そうなんだ……。怖いね、プリム……」


「うん……。絶対罹りたくないわね」


 不安そうな顔で私の服の裾を掴んでくるリトスに、私も硬い表情でうなづき返す。しかし……ザクロの実の中身みたいな発疹が出て、病気が治っても発疹の跡が残る、か……。まるで天然痘みたいな病気だな。


 あんまりはっきり憶えてないけど、確か私が元いた世界では、天然痘の発生源になるウイルスは西暦2000年代に入る前に、根絶宣言みたいなモンが出されてて、天然痘の予防接種も、それ以降は実施されなくなったはず。


 当然、私の世代でも罹患者はおらず、精々資料でしか知られていない病気だ。それこそ、10代かそこらの若い子達にとっては、もはや「なにそれ美味しいの?」みたいな話だろう。


 そういや、ウチの愚妹はどうしてるんだろ。平民街だけじゃなく、貴族街の一部でもザクロ風邪が流行り始めた、って事らしいけど、まさかザクロ風邪に罹ってないだろうな。


 いや、別に身を案じてなんていませんよ?

 あんなクソガキ、もういっそ辺境の修道院にでもぶち込まれてしまえ、とか思うくらいには嫌いだし。


 だけど流石に、死んで欲しいとか、二目と見られないツラになれ、とか、そこまでは思ってない。ていうか思えない。

 なんせあいつはまだ8つ。あのとうの立った腐れ継母と違って、まだ改心の余地はあるんじゃないかとか、そういう考えが頭をよぎる事も、時々あるのだ。


 だからなのか、そういう死病に近い病気が王都で流行り始めてるとか聞くと、微妙に落ち着かない気分になる。

 ああもう、仕方がない。今回ばかりは広い心で、あの愚妹の無事を祈っておいてやるとするか。

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