第8話 山の中で行き倒れを拾う


 その後、アステールさんとシエル、シエラが自宅へ帰っていくのを見送った私とリトスは、ライラさんが「どうせだから、お昼ご飯も食べておいきなさい」と言ってくれるのを断腸の思いで固辞し、自分達の拠点であるログハウスへ戻って来た。

 幾ら子供だからと言って、あんまり他所のお家で、あれもこれもと食べさせてもらってばっかりじゃいられないからね……。


 何の力も持ってない、親なし文無し家なき子、とか言うなら相応の甘えも許されるだろうが、私にはスキルの恩恵があり、自分の魔力をちょろっと消費するだけで、タダで幾らでも食べ物が手に入る。

 そんな特殊な力を持ってる奴が、人様が汗水流して働いたお金で手に入れた食料を、ろくな対価もなしに食べ続けたらイカンでしょうよ。



 いつも通りログハウスの中を軽く掃除して、いつも通りスキルで出したご飯をリトスと食べながら、あれこれ思いを巡らせる。

 ちなみに、今日のお昼はサンドイッチセットです。野菜やハム、卵だけじゃなくて、トンカツやチキンカツを挟んだカツサンドもあるから、結構ボリューミーで満足度高し。


 ともあれ、今回は期せずして何人もの人達と知り合い、ご縁を得る事が出来てとてもよかった。

 基本的に衣食住には困らないと言っても、やはり2人だけの生活というのは物寂しいし、リトスの情操教育の面でもよろしくないな、と思ってたから、色んな人と交流を持てるのは有り難い事だ。


 あまり大きくない村なので、多分すぐに私とリトスの事は、アステールさんを介して村中に知れ渡る事になるだろう。

 それでなくてもアステールさん、村の猟師会の会長さんだって事らしいから。


 ただ……そうなるとひとつ、問題が出てくる。

 すなわち――『このまましれっと交流を続けていくと、いずれ事情を知らない他の村人さん達から確実に、「あんな小さな子達が村の外でどうやって生計立ててるんでしょうね?」…とか疑問を抱かれ、不審に思われてしまう』問題だ!


 勿論、一番手っ取り早いのは私のスキル『強欲』で、塩とか胡椒とか場合によっては小麦とか、そういう交易品になりそうな物を出し、それをさっきのザルツ村で売ってお金に換え、生計を立てているように見せる、というやり方だ。

 でもそれも、私自身がこんなちびっ子だと、だいぶ無理があるんだよね……。

 だって、売り物の出所を説明できないから。


 せめて、この世界の成人年齢である16歳かそれに近い歳ならば、「ちょっと他所でご縁があって、仕入れルートを教えてもらった」とか何とか言って、誤魔化したりもできるんだが、実年齢が10歳じゃなあ……。


 普通に考えて、10歳児が交易とか、ないよなあ。

 絶対すぐに、「1人で交易の真似事してる、変な子供がザルツ村の側で暮らしてる」、とかいう話が出て来ちゃうよなあ。

 折角、優しくて真っ当な感性を持ってる人達と、いい関係を築いて生きて行けるようになったんだから、それだけは何としても避けたい所だ。


 残念な事だが、まだ村の人達全員がアステールさん達やトーマスさん夫妻のような、『いい人』だと決まった訳じゃない。

 それに――仮に、村の人達がみんないい人だったとしても、今後人前で大々的にスキルを使って生活していれば、いずれ必ず人づてに、私のスキルの事が村人以外の誰かに漏れるだろう。


 そして、その漏れ出た話が王都にまで届いてしまったら、あの王族含めたクソッタレ共が、私達や私達と関わりを持ったザルツ村に、どんな手出しや仕打ちをしてくるか分からない。

 私は、何よりそれが嫌で怖いのだ。


 でも、だとすると、他にどんな方法があるだろう。

 実に悩ましい問題だ。上手い解決策が思い浮かばん。


 私自身転生者で、その辺のアドバンテージを鑑みれば、他の同年代の子達と比べて遥かに博識ではある。しかし、こっちの世界での知識や常識に富んでいる訳じゃないんだよな。

 むしろ今の私は、今まで公爵令嬢として狭い世間の中で生きてた、世間知らず丸出しの未熟者。勝手な思い込みだけで行動すると、足を掬われて痛い目に遭いかねない。


 そしてもしそうなったら、漏れなくリトスも巻き添えで道連れに――

 ダメだ! そんなのは絶対、絶対にダメ! 慎重にやって行かないと!



「……しょうがない。明日辺りまたザルツ村に行って、アステールさんかトーマスさんに相談してみよう」


 私は小さくそう独り言ち、ひとまず庭の掃き掃除をするべく、用具箱の中からほうきとちり取りを引っ張り出して外に出た。

 あ、掃除が終わったら気晴らしも兼ねて、山のふもと近くに生ってるアケビや野イバラの実でも取りに行こうかな。あれ美味しいんだよね。


 そうと決まったら、私もリトスに報連相だ。

 お昼ご飯を食べてすぐ、自主的にログハウスの裏手にある風呂場の掃除を始めたリトスに、もう少ししたら外出する旨と行き先を告げ、さっさか庭を掃き始める私。

 リトスも小さな身体で頑張ってデッキブラシを使い、風呂場の床をガシガシ擦っているようだ。



 リトスはトーマスさんの家に泊まって以降、突如やる気スイッチがオンになった。

 ログハウスに戻ってからというもの、「何でもやるから、何でも言って! プリムに頼ってもらいたいんだ!」…とか言い出して、息巻いている。


 うん。その気持ち、プライスレス。

 健気で可愛い弟ってのは、こういう存在の事を言うんだろう。だいぶ嬉しい。

 でもなんか、勢い余って突っ走りそうなくらいの様子だったから、少し心配だ。


 頑張るのも張り切るのも大いに結構。

 でもお願いだから、無理や無茶はしないで欲しい。

 もしあんたの身になんかあったりしたら、私ボッチになっちゃうんだからね……。



 内心色んな思いを抱えつつ庭掃除を終えた私は、腰に熊よけのデカい鈴を括り付けたのち、スキルで適当な編み籠を出し、そいつを腕に引っかけて山を下りていく。


 この山のアケビは、なんと野球のグローブサイズ。野イバラの実は、ビー玉サイズの粒が幾つも寄り集まっていて、ちょっとしたブドウくらいの大きさがある。

 おまけにどっちもすっごく甘くて、それでいてほんのり甘酸っぱくて、下手なお菓子よりずっと美味しい。

 それに、野イバラの実は半透明のオレンジ色や朱色をしてて、陽の光に当たるとキラキラ光って見た目にも綺麗だ。まだ残ってるといいなあ。


 でも、採り過ぎないように気を付けないといけない。精々、アケビ2つに野イバラの実2つくらいでやめとこう。

 なんせ、アケビも野イバラの実も、日本産のものとは比べ物にならないジャンボサイズだしね。たくさん採った所で、食べ切れなくて無駄にするだけ。そういうのはよろしくない。


「~~ふんふふふん♪ ふんふんふ~~ん♪」


 アケビと野イバラの実に思いを馳せて鼻歌なんて歌いつつ、うきうきしながら山道を降りていく事しばし。開けた視界のその先に、木の上に生っているアケビと、その側の茂みに鈴生りになっている野イバラの実が!

 いやっほ~! 選り取り見取りじゃ~ん! いいやつ選ぶぞ~!


 ……とか何とか思ってたけど、なんかその下でうつ伏せに倒れてる男の人の姿が!?

 え、まさか行き倒れ!? 行き倒れなんですか!?


「ちょっ……! 大丈夫ですか!? しっかり! しっかりして下さい!」


 私は血相変えて叫びながら、倒れている男の人に駆け寄った。

 見た感じ、男の人に大きな怪我はなさそうだ。

 多分、気を失ってるだけだろう。

 だが一応、頭を打っている可能性を考えて下手に動かさず、肩を叩いて呼びかける程度に留めておく。


「お兄さん、大丈夫ですか! しっかりして下さい!」


「う、うう……」


「大丈夫ですか? ここ、どこだか分かります? あと、自分の名前とか」


「う、う……、つ、れた……ら、へ、った……」


「はい? 釣れた? なにが? あと、らへった? って、なんですか?」


「……。……つ、つか、れた……。はら、へった……」


 男の人の言葉に被せるように、腹の虫の音が鳴り響く。


「…………」


 目の前にある後ろ頭を、反射で引っぱたかなかった自分を褒めてやりたい。

 ああそうですか。要するに、疲れと空腹で倒れてたんですか。特に命に別状ありませんか。それはよかった。何よりだ。焦って損した。


 しかし、本当にこんな理由で、人って行き倒れるものなんだな。

 漫画や小説ではよく見かけるシチュエーションだけど、リアルで見るのは初めてだよ。


 取り敢えず、そうと分かったなら、なんか食べ物を出して食べさせよう。そんで、早いとこ自力で動けるようになって頂かねば。

 私のこのちまい身体じゃ、この人の事担いでログハウスに戻るの無理だから。

 手か足を掴んで、引きずって歩くくらいなら余裕でできるけど、流石にそれはやりたくないしね……。



 ひとまず、その辺に生ってた野イバラの実を1つ(てか、これもう『ひと房』って数えるべき?)と、編み籠の中から出す振りしてスキルで出した、たまごサンドとハムサンドをあげてみた所、男の人はあっという間に復活した。


 歳は多分30代の前半、体格は中肉中背。明るい茶色の髪に焦げ茶色の目をした、至って普通の面立ちの人だが、若々しくてちょっと愛嬌のある、人懐こそうな雰囲気がその魅力を底上げしている。


「ありがとうお嬢ちゃん。助かったよ。俺の名前はジェス。この山の中腹にある、ザルツ村の村長の息子だ。

 実は、ここの村に戻る途中で盗賊に襲われてね。どうにか逃げる事はできたんだけど、荷と路銀を全部盗られてしまって……」


「ザルツ村の? じゃあジェスさんって、トーマスさんの息子さんなんですね」


「親父を知ってるのかい? 君、村では見ない子だけど……」


「あ、ええと、それには色々事情がありまして。……名乗るのが遅れましたけど、私、プリムって言います。友達のリトスって子と一緒に、最近村の近くに住み始めたんです。

 所で、ジェスさんはどうして街道で盗賊に? 何か用があって、どこかに遠出してたんですか?」


「……あー、まあ、ちょっと野暮用で王都の方まで足を延ばしててね。今日はその帰りさ。それでさっき言った通り、盗賊に持ち物を全部盗られたあと、丸一日飲まず食わずでここまで戻って来てさ。

 よく見知ったこの山道に出て、ああ村が近い、やっと村に戻れる、と思ったら、気が抜けちゃってね……」


「……あー……。成程……。なんていうか、災難でしたね」


「全くだ。そもそもこれまでこの辺の街道に、今まで盗賊なんて出なかったんだけど……。まあ愚痴っても仕方ない。命まで取られなくてよかった、と思うしかないよな。そういえば君は……プリムはこれから何か用事はあるかな?」


「? いえ、特にこれと言って用はないですけど」


「じゃあ、これから一緒に村に来ないか? 助けてもらったお礼がしたいんだ」


「え、でも、別に大した事してないですよ? ちょっとご飯を分けて、その辺に生ってた野イバラの実を取って来ただけですし」


「俺からしたら十分大した事だよ。あんな大きな棘がたくさん生えてる、野イバラの枝から実を採るのは大変だったろ。

 それに、あんな柔らかくて美味しいパンを食べさせてもらったのも初めてだ。あんなの、王都のレストランでもなけりゃ食べられないよ。これだけよくしてもらっておいて、なんの礼もせずにさようなら、なんて、いい歳した大人のやる事じゃない」


 ジェスさんは真顔でそう言い切った。いい人だ。

 トーマスさんやライラさんとの血の繋がりを感じるよ。


「そこまで言って頂けるなら、お言葉に甘えます。私もちょっと、トーマスさんに相談したい事があるし。でもその前に、家に戻ってリトスを呼んで来ます。少し待っててもらっていいですか?」


「勿論いいよ。それじゃまずは、君の家まで行こうか」


 ジェスさんは私の言葉に、人好きのする笑顔でうなづいた。



「ただいま! 今帰ったよ!」


 私とリトスを連れたジェスさんが、自宅のドアを開けて屋内に声をかけると、水仕事でもしていたのか、ライラさんがタオルで手を拭きながら玄関まですっ飛んで来た。


「ジェス! お帰りなさい!」


「ただいま、お袋」


「あらあらまあ、そんな薄汚れた格好でどうしたの! それに、プリムとリトスも一緒なのね? 本当に、なにがあったのかしら」


「いやそれが、街道で盗賊に出くわしちまってさ。荷と路銀を全部持ってかれて、すっからかんだよ」


「盗賊!? ああ、なんて事……! 本当によく無事で……! 怪我はないのね?」


「ああ。心配かけてごめんな、お袋。でも、身体の方は本当に何ともないから。所で親父は? この子が、相談したい事があるって言ってるんだけど」


「あの人なら、今裏庭で畑仕事をしてるわ。すぐに呼んで来るから待っててね、プリム。それとジェス、お前はまず、庭の洗い場で汚れを落として、服を着替えてきなさいね」


 ライラさんはジェスさんにそう言い付けると、早足で家の奥へ消えて行く。

 そういや、ここでジェスさんも一緒に話をするとなると、ジェスさんにも私とリトスの事情を説明しなくちゃいけないな……。



 その後、私達はダイニングでトーマスさんを交え、お互いの事情を説明し合った。

 つかジェスさん、王都にまで何しに行ってたんだと思ったら、嫁さん探しに行ってたんだ……。こっちの世界でも、田舎の農村での嫁不足は深刻なんだな。


 ご両親のトーマスさんとライラさんも、それなりにお歳みたいだし、重要な話だよね。

 そんな私の思考をよそに、ジェスさんは私とリトスが抱える事情を知って、眉根を寄せて唸っている。


「……。人を堕落させる、邪悪なスキルを持った子供、ねえ……。全く、バカバカしいにも程があるな。

 まあ、これからはそんな奴らの事なんて忘れて、ここで静かに暮らしていけばいいさ。自然な生計の立て方で頭を悩ませてるみたいだけど、それなら、ある程度俺が力になれると思うし」


「ほ、本当ですか? それどんな方法ですか、教えて下さい!」


 思わず身を乗り出す私に、ジェスさんが苦笑した。

 がっついた態度でどうもすみません。


「はは、簡単な事だよ。俺もさ、君がさっき言ってた、スキルで出した物を売って金を稼ぐって考え方は、悪くないと思うんだ。だから、俺を隠れ蓑にして商売をすればいい」


「え?」


「つまり、表向きには俺が、王都で知り合った商人から、定期的にここへ来て商品を売ってもらう約束を取り付けたって事にして、スキルで出した品を売ればいいって事さ。実際、俺はここ10日ばかり王都にいたからね。辻褄は合うよ。


 設定はこうだ。――俺は王都で、いい品を扱う商人と偶然知り合ってよしみを結び、少量ながら交易品を下ろしてもらえる機会を得た。けれど、俺は元々村長の息子で目利きに自信がないし、そもそもいずれ、親の跡を継がなきゃならない身だから、長く商売はできない。だが、そんな理由で折角の縁をふいにするのも勿体ない。


 そこで、その商人の遠縁の子で、親を亡くして行き場がない目利きの子供2人に、商人としての修行も兼ねて一時的にこっちへ来てもらって、交易品を使った商売を代理でやってもらう事にした。……って感じでどうかな?」


 ジェスさんは意気揚々と言う。


「勿論、冷静に考えて細かく見れば、結構粗がある設定だと思うけど、村人の大半は、村の外の事をほとんど知らない世間知らずだし、当然、商売に関しても完全に素人だ。

 アステールのツテを使って、口裏合わせをしてくれる奴をある程度用意して、あとは取引先にだけ事情を話しておけば、特に不審に思われる事もなく、普通に通るだろう。


 ああそうそう、俺とアステールの手間は考えなくていい。俺もアステールも、君の助けがなかったら無事じゃ済まなかったんだ、これくらいの手間は負わせてくれ。アステールだって嫌な顔はしないさ」


「……分かりました。じゃあ、その設定で行かせてもらっていいですか? あ、そうだ、ジェスさんの取り分も考えなきゃ」


「いや、俺はいいよ。子供の上前を撥ねるなんて――」


「ダメです。だってさっきジェスさん言ったじゃないですか。「目利きの子供2人に、修行も兼ねて一時的にこっちへ来てもらって、商売を代理でやってもらう」設定で行くって。

 だとしたら設定的に、ジェスさんの取り分が発生するのは当然でしょう? その辺の事もちゃんとしないと、周りの人に変だと思われちゃいます」


「確かにそれもそうか……。いや、プリムは賢い子だなぁ。――よし分かった。じゃあ俺の取り分は、売り上げの1割って事でどうだろう?」


「1割って……それ少な過ぎませんか? 最低でもジェスさんが6、私達が4くらいじゃないと……」


「いいんだよ。確かにこの設定なら、俺の取り分の方が多くならなきゃ不自然だけど、そんなのは俺と君達、あとはこの話を知ってる親父達が口を噤んでれば、誰にもバレない事だ。気にしなくていい。


 ――君は確かに、スキルを使えば何でも出せるんだろう。けど、お金そのものを出すのは、色々な意味で無理があるんじゃないか?

 なら今のうちから、できる限り周りから真っ当だと思われる手段で、きちんとお金を貯めておいた方がいい。物じゃなくてお金が必要になる時が、いつか来るかも知れないからね」


 ジェスさんは諭すような口調で言う。

 まごう事なき正論だ。納得せざるを得ない。

 そう思った私は、素直に「はい」とうなづいた。

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