【第四章完結】第233話 エピローグ② ~変わってゆく兆し~
「それじゃあねーっ」
「じゃなーっ」
「ああ、それじゃな」
「うん。さようなら」
分かれ道で陸翔と蕾華が別方向へと歩いて行く。
ここから怜と桜彩は更に別れてアパートの傍で合流する――はずだったのだが。
「怜、あのさ……。その……今日はここから一緒に帰らない?」
そう桜彩が要求を口にした。
今日一日、いや、昨日から桜彩はずっと不安だった。
もしかしたら怜が遠くに行ってしまうのではないかと。
怜の隣に並んで歩く相手は自分ではなくなってしまうのではないかと。
そんな思いから、つい桜彩の口からそんな言葉が漏れてしまう。
その桜彩の葛藤は、当然ながら怜には分からない。
二人の内緒の関係を隠す為に、普段は別々に登下校している二人。
これまで二人が学園から一緒に帰ったのは雨の日の一回だけ。
だが今は姿を隠す傘すらないのに二人で一緒に帰る。
下手をすれば変な噂になってしまうかもしれない。
そのことは桜彩にも充分に分かっている。
それでも桜彩が口にしたということは――
「そうだな。たまには一緒に帰るか。友人同士がたまに一緒に帰るくらいは普通だろ」
「怜……。うんっ、ありがとね」
そう言って桜彩は今日一番とも言うほどの笑顔を怜に向ける。
「いや、俺も桜彩とは一緒に帰りたいからさ。だから提案してくれてこっちの方こそありがとな」
「ふふっ。お互いにありがとうだね。それじゃあ帰ろっか」
そう言って二人はアパートへと道のりを歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あのね、怜。実はさ、私、凄く不安だったんだ」
「不安?」
歩いている途中、ふと桜彩がそのようなことを言ってくる。
不思議そうに思った怜が問い返すと桜彩が足を止めてゆっくりと頷く。
「うん。そのね、もしかしたら、怜が佐伯さんと付き合い始めるんじゃないかって」
服の下にある胸元のネックレスへと手を当てながら桜彩が言葉を紡いでいく。
「怜が佐伯さんと付き合い始めるんじゃないかって思ったら……言葉にするのは難しいんだけど、なんだか嫌だなって……」
「桜彩……」
「別に佐伯さんのことは嫌いじゃない、っていうかむしろ人としては好感の持てる人で、とってもいい人だなって思うんだけどさ。でもなんでだろ、怜とは付き合ってほしくないなって……。ごめんね、変なこと思っちゃって」
怜のことはとても大切に想っている。
それこそもうかけがえのないくらい、自分の中で大きな存在となっている。
そんな怜に、美都という素敵な女性が彼女になるのであればあれば、理屈としては喜ばしい事だろう。
しかし心がそれを受け入れない。
「別に桜彩が謝ることじゃないって。それにさ、桜彩がそう思うのも、俺は別に嫌じゃないし」
「え……?」
「その、なんて言うかさ。桜彩に、俺に彼女が出来るのが嫌だって思われるのは嫌じゃないっていうかさ……」
「う、うん……」
それきり会話が止まってしまう。
桜彩が怜に美都と付き合ってほしくないと思った理由。
その理由について怜も考えてみる。
(逆の立場になって考えてみよう。もし桜彩が、誰かと付き合うことになった場合……)
それを考えて見ると、怜もなんだか嫌な気持ちになってしまう。
もしその相手が陸翔のように怜の目から見てもとても素晴らしい人だったとしても。
だとしても、自分ではきっとそれを祝福することは出来ないだろう。
「怜……?」
難しい顔をして黙ってしまった怜の顔を桜彩が覗き込む。
「いや、悪い。でもそうだな。もし桜彩が誰かと付き合うって思ったら、やっぱり俺も嫌だなって思った」
「え?」
「うん。もしそれがさ、陸翔級の良い人が相手だったとしても、でも嫌だなって……。桜彩とは付き合ってほしくないって」
「そ、そっか。うん、怜もなんだ」
「あ、ああ……」
「で、でもそっか、そうなんだ。怜も、私に誰とも付き合ってほしくないって思ったんだ……」
「…………ああ」
そこで再び会話が途切れる。
お互いがお互いに、誰かと付き合ってほしくないと思ってしまう。
しかしそれは決して嫌な気はしない。
というより相手がそう思ってくれるのをむしろ嬉しく思ってしまい、二人の顔に笑みが浮かぶ。
「じゃあ安心してね。私は誰とも付き合う気はないからさ」
「それこそ俺だってそうだよ」
そして二人で顔を合わせてついクスリと笑ってしまった。
「ふふっ。お互いに同じだね」
「ははは。同じだな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあ帰ろっか」
「そうだな。いつ前でもこうして立ち止まってるわけにもいかないからな」
「うん」
そして怜はアパートへ向けて足を踏み出す。
「…………あっ」
「桜彩?」
「あ、あのね……」
何かを思いついた桜彩の方を振り返る。
すると桜彩は少し顔をしてゆっくりと左手を差し出してくる。
それが何を意味しているのかは怜にも分かる。
人に見られたらもう言い訳すら効かない。
(ま、学園からは離れてるしな)
そう自分を納得させて、怜は差し出された左手に自分の右手を重ねる。
手に伝わる大切な相手の感触。
繋いだ手に視線を向け、再び桜彩の顔へと視線を戻すと、ちょうど桜彩もこちらの方へと視線を戻したところだった。
「「あっ!」」
視線が絡み合い、顔を赤くして慌ててしまう。
とはいえ二人共視線を動かすことはせず、相手の顔を見続ける。
(やっぱり桜彩って美人なんだよな……)
(やっぱり怜って格好良いよね……)
(って俺、よく考えたらこんな素敵な相手と手を繋いでるんだよな……)
(って私、よく考えたらこんな素敵な相手と手を繋いでるんだよね……)
今更ながらにお互いが相手の魅力について再認識し、そんな相手と当たり前のように一緒にいることを意識してしまう。
(そ、その、わ、分かっちゃいたけど、やっぱり桜彩って女性としても、凄く魅力的なんだよな……)
(そ、その、わ、分かってはいたけど、やっぱり怜って男性としても、凄く魅力的なんだよね……)
二人共普段は相手のことを異性としてではなく、それこそ陸翔や蕾華のように仲の良い家族や親友のような接し方をしている。
(で、でも桜彩は陸翔や蕾華とは違うんだよな……)
(で、でも怜は陸翔さんや蕾華さんとは違うんだよね……)
とはいえこれまでにも何度か相手のことを異性として意識する瞬間は何度もあった。
お互いあーんで食べさせ合ったり、相手に膝枕をしてあげたり、それこそ今のように手を繋いだり。
たとえ相手が陸翔や蕾華であっても絶対にしないような、特別な付き合い。
(もし、桜彩との関係を既存の言葉で表すとしたら……)
(もし、怜との関係を既存の言葉で表すとしたら……)
『名前の付けられない、既存の言葉では表すことの出来ない、二人だけの特別な関係』
これまでに何度かそう言っていた二人だが、しかし今、相手の異性としての魅力をこれまでよりも強く感じてしまう。
この関係を、もし既存の言葉に当てはめるとしたら。
そしてお互いがふとした時に感じる、相手に対する特別な感情。
特に先日のデート以降、感じることの多くなったこの気持ちの名前は――
そこまで考えて、お互いが見合わせた顔に笑みが浮かぶ。
「ふふっ」
「ははっ」
笑い合う二人。
(そうだな。今はこうして桜彩が隣にいる。桜彩に対するこの気持ちの正体を焦って考える必要も無いか)
(うん。今はこうして怜が隣にいる。怜に対するこの気持ちの正体を焦って考える必要も無いよね)
「帰ろうか」
「うん。帰ろっ!」
お互いの胸に浮かんでいる正体不明の気持ち。
その気持ちについて無理に考えることはせず、二人は繋いだ手をしっかりと握り合ったままアパートへの道を歩き出した。
これまで以上に相手のことを意識しながら。
【後書き】
お読みくださりありがとうございました。
以上で第四章は完結となります。
よろしければ感想等頂けたら嬉しいです。
仲良くなっていく展開が遅い、メインヒロインでもない美都編が長すぎる、とかでも構いません。
また、面白かった、続きが読みたい等と思っていただけたら作品や作者のフォロー、各エピソードの応援、☆での評価、レビュー等頂ける嬉しいです。
前話の後書きにも書かせていただきましたが、本来の予定であればここまでが中編であり、この後の後編で自分たちの気持ちに気付かせる予定でした。
なので第四章であまり関係が進んでいませんがご容赦ください。
第五章ですが、さすがにここで二人共自分の気持ちには気付かせたいと思います。
第四章の反省を活かして、ちゃんとプロットを組んでから書き始めようと思いますので少々お待ちください(今週中には投稿を始めたいと思います)。
また美都に関してですが、こちらも前話の後書きで書かせていただきましたが、怜のことを本質的な部分を見て好きになってもらいたいという思いから、私的にはかなりこだわって書きました。
今読み返すと主人公である怜のことを好きになっていく過程が普通にメインヒロインとして通用するくらいの流れだったなと個人的に思っており、また美都というキャラクターについても気に入っています。
なので気が向いたら美都編をモチーフに一つ短編でも書いてみようかな、などと考えています。
後書きは以上となります。
第五章でもよろしくお願い致します。
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