第189話 鮭尽くしの夕食
「鮭尽くしで美味しそうだね」
「ありがと。冷めないうちに食べてくれ」
「うんっ。いただきまーす」
「いただきます」
あの後、必死になって頭を下げ続けた結果、なんとか桜彩の機嫌は直ってくれた。
そしていつも通りの二人での夕食。
主菜は鮭とアスパラをオリーブオイル、唐辛子、ガーリックで味付けしたペペロンチーノ風炒め。
シンプルだが、鮭の旨味やアスパラのシャキシャキ食感を楽しめる一品だ。
副菜として小松菜の塩ゆでに焼いた鮭と大根おろしを加えてポン酢を掛けた和え物。
汁物も鮭の粕汁で、念の為に体を温めるショウガを気持ち多めに入れている。
先日安かったので多めに買った、時鮭尽くしのメニューだ。
「おいしーいっ!」
少し前とは打って変わってニコニコ顔をした桜彩が箸を進めていく。
こうして美味しそうに食べてもらえると作った側としても嬉しい。
そんなことを思い桜彩を見ながら怜も鮭に箸を伸ばす。
口に入れると鮭の旨味とアスパラ風味が口内に広がっていき、桜彩の言ってくれたようにとても美味しい。
「うん、美味しいな」
「でしょ? って私が胸を張るのも違うけどね」
クスッと笑う桜彩。
「このお味噌汁みたいなのも美味しいよ。体が温まる~っ」
「和え物も食べてみろって」
「うん。もちろん」
言われるまでもなく全てのメニューへと箸を伸ばす桜彩。
ちなみにおかずの量は全て桜彩の方が少しばかり多めになっている。
これは先ほど桜彩の機嫌を直す際に
『悪かった! 今日の夕食は桜彩の方を多めに作るから!』
『むーっ! やっぱり食うルって思われてる気がする!』
『それじゃあいつも通りで良いのか?』
『……多めで』
という会話がなされたからだ。
桜彩としては食べ物で釣られているように思わないでもなかったが、やはり食欲には勝てなかった。
そういった所が食うルと思われる所以ではあるのだが。
まあ何はともあれ美味しい夕食を食べることで桜彩の機嫌はすっかり元通り、怜としても安心だ。
「おかわりはどうだ?」
「うん。お願い」
桜彩から茶碗を受け取って、それに大盛りにご飯を盛って返す。
嬉しそうにそれを受け取った桜彩が、再びご飯へと箸を伸ばしていく。
「うんうん。これ本当に美味しいよ。ご飯に合うっていうかさ」
「ありがと。家庭料理はやっぱりご飯に合うのが一番だからな」
「うんっ。これなら何杯でも食べられそう!」
パクパクとご飯や他のおかずを二人で食べる。
粕汁の方もまだ鍋の中に残っているので、そちらの方もおかわりをする二人。
「私、鮭を使ったおかずって焼き鮭くらいしかぱっと出てこないんだけど、色々な種類があるんだね」
「まあな。後はムニエルとかが代表かな」
「鮭ってこんなに美味しかったんだなあ。私、鮭に対する価値観が変わったかも」
「それは流石に大袈裟だって。まあそう言ってくれるのは嬉しいけど。っと、おかわりいるか?」
「うんっ!」
気が付けば桜彩の茶碗の中は再び空になっていた。
舌鼓を打ちながらの桜彩の褒め殺しに照れて頬を掻いて立ち上がり、再び桜彩の茶碗へとご飯を盛る。
褒められるのは嬉しいのだが、さすがに褒め過ぎではないだろうか。
特に高級料理を作ったわけでもなく、単に家庭料理を作ったに過ぎないのに。
そんな嬉しそうにご飯を食べる桜彩を眺めながら、怜も自分の茶碗にお代わりのご飯を盛った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「美味しいなあ」
食後のデザートはジャスミンティーとクッキー。
先日桜彩とふらっと訪れた店で買った猫の絵皿にクッキーを移し、そこから二人で次々と摘まんでいく。
夕食はそこそこの量を食べたのだが、その程度で満足するような二人ではない。
いや、夕食自体に満足はしたのだが、甘い物は別腹だ。
「はい、あーん」
「あーん」
もっとも食べていくというよりも食べさせ合っていくと言った方が正しい表現だろう。
もう当たり前のように摘まんだクッキーを相手に差し出して、何の疑問も持たずにそれを口にする二人。
皿に盛られたクッキーはどんどんと減っていき、ついに底に描かれた猫の絵が見えてくる。
「桜彩、足の具合は?」
クッキーを食べつつ気になったことを聞いてみる。
手当をしてからそこそこ時間が経過している。
本格的に捻ったわけではなさそうだったので、そろそろ痛みもマシになっているかもしれない。
「こうしている分には大丈夫だよ。あ、でも歩くと少しだけ痛いかも」
桜彩が椅子から立ち上がって何歩か歩いて状態を確認する。
とはいえその顔が苦痛に歪むこともないので、本当に大して痛くはないのだろう。
「とはいえ無理はしない方が良いな。今日は安静にすること」
「うん、分かってる。あ、でも明日は体育があるよね。やっぱり休んだ方が良いのかなあ?」
「まあそうだな。痛みが引いたとしても念の為に休んだ方が良いと思うぞ」
「そうだね。そうするよ」
素人考えで治りかけで負担をかけて無理をしては怪我が悪化してしまうかもしれない。
よって桜彩も素直に怜の言葉に頷く。
「あ、でも明日の朝食は?」
「そうだな。まあ明日も俺が作るよ」
「ごめ……ありがとね、怜」
「ああ」
謝ろうとした言葉を止めて、桜彩が感謝の言葉を口にする。
もちろん怜としてもお礼を言われた方が嬉しい。
「後は何か気を付ける事ってある?」
「そうだな。血行を良くしない為にお風呂でお湯を当てない事かな」
「お風呂か。うーん……」
怜も桜彩も二人共シャワーで済ませるなどということはなくしっかりと湯船に浸かるタイプだ。
とはいえさすがに今日は止めた方が良いだろう。
「まあ今日のところはシャワーにしといた方が良いって。あとシャワーを浴びる時も足首にしっかりとビニール巻いてお湯が当たらないようにな」
「うん。了解」
「あと足首の所は一度湿布を剥がして濡れタオルで拭くくらいにしておこう。それが終わったらまたシップを貼るからさ」
「え? また貼ってくれるの?」
てっきりシャワーの後に自分で貼ることになると思っていた桜彩が嬉しそうに聞き返してくる。
それにゆっくりと頷く怜。
「ああ。自分一人じゃ貼りにくいだろ?」
「ふふっ、ありがと」
怜の気遣いに桜彩が嬉しそうに微笑む。
「あ、そうだ。それじゃあ今日はこれから先にシャワー浴びて来ても良いかな?」
二人の普段のルーチンでは別れてからそれぞれの部屋で入浴をしている。
ただシップを貼るのであれば、先に風呂に入った後で再合流した方が良いだろう。
「分かった。それじゃあ先に風呂にするか」
「うん。シャワー浴びたらまた来るから。その時は湿布をお願いね」
「任された」
「それじゃあ……今から一時間後にまた来るね」
怜も桜彩も別れた後で軽く体を動かしているし、桜彩は安静にする必要があるとはいえ怜まで運動を控える必要は無い。
「ああ、それじゃあ一時間後に」
「うん。一時間後に」
そして一度桜彩は自室へと戻り、シャワーを浴びることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます