第159話 プラネタリウムの後で③ ~初デートの記念に~

 そのまま商品棚を眺めながら二人で移動していくと、やがてレジ横のガラスケースが見えてくる。


「あ……」


 その中へと視線を移した桜彩が小さく声を上げる。

 その声が耳へと届いた怜も桜彩の視線を追ってケースの中を覗き込む。

 展示されていたのは指輪やネックレス等の装飾品だ。


「言っちゃなんだけど意外だな。桜彩ってこういうのにあんまり興味無さそうな感じがするし。いつもアクセサリー着けてないよな?」


 普段の桜彩がおしゃれをしているのを怜は見たことはない。

 いや、もちろん普段の桜彩がズボラというわけではないのだが。


「うん、興味ってのとは違うんだけどさ……」


 そう言いながらチラチラと怜の方を見てくる。

 いや、普段の桜彩とは違ってその視線は怜の顔ではなくその少し下、胸の辺りだ。


「どうかしたのか?」


「えっと……」


 なにやら言いよどむ桜彩。

 そんな桜彩を不審に思っていると、カウンターの向こう側から店員の声が響く。


「よろしければお手に取って見てみますか?」


 その声に怜と桜彩が揃ってそちらの方を向くと、若い女性の店員がニコニコとした目で二人を見ていた。


「あの、良いんですか?」


「はい、もちろんです」


 店員の返答に桜彩が嬉しそうに怜を見てくる。


「それじゃあ怜、ちょっと見ていってもいいかな?」


「ああ。俺もちょっと見てみるよ」


 そして二人でケースの中の商品へと視線を戻すと、店員が奥側の戸を開ける。


「えっと、そのネックレスを見せてもらってもよろしいですか?」


「はい、こちらですね」


 桜彩の指差したネックレスを取って桜彩へと渡してくれる。

 チェーン自体はシンプルな作りであり、その先に小さな三日月が付いている。

 それを手に取って怜とネックレスを交互に確認する桜彩。

 その桜彩の意図を怜は


(そっか。感想を聞きたいってことか)


 と理解して、桜彩がそれを着けたところを想像してみる。


(絶対に似合うよな。決して派手ではないけれど華やかで柔らかに輝いて)


 それを着けた桜彩が自分に微笑んでくれるところを想像してしまい、照れくさくなる怜。

 そんな動揺を出さないように、ネックレスの感想を桜彩へと告げる。


「良いと思うぞ。絶対に似合うと思う」


「ホント!? 良かったあ」


 嬉しそうにネックレスを手に握りしめて安堵する桜彩。

 怜にそう言ってもらえたのが本当に嬉しそうだ。


「それじゃあこちらいただけますか?」


「はい、かしこまりました」


 そのまますぐに会計をしてネックレスを受け取る桜彩。

 そしてそれを持って怜の方を向いて


「それじゃあ怜、ちょっとかがんでくれる?」


「え?」


 言われた通りにかがんでみると、そのまま桜彩が背後へと回り込む。


「桜彩?」


 気になって背後を向いて桜彩に問いかける怜。

 しかしそれと同時に胸元に小さな感触が伝わってきた。


「…………え?」


 胸元に視線を落とすと、そこには先ほど桜彩が購入したネックレス。

 それが怜の首に掛けられていた。


「桜彩?」


「うんっ。良く似合ってるよ!」


 再び正面に回った桜彩が、怜とネックレスを交互に見てにっこりと笑いかけてくる。

 しかし怜は突然のことに頭が混乱してしまう。


「さ、桜彩……?」


「ふふっ。怜にプレゼント」


「え……? プレゼントって……」


 確かにこのネックレスはそこまで高価というわけでもないが、学生の身としては決して安物というわけでもない。

 それをいきなりプレゼントされれば混乱するのも当然だ。


「いやいやいや、そんな、プレゼントって……」


 そんな怜の言葉に桜彩はゆっくりと首を振る。


「今日はずっと怜が頑張ってくれたからさ。初めてのデートがこんなに楽しかったのは怜のおかげだよ。だから貰ってくれる?」


 怜が勇気を出してピクニックではなくピクニックデートに誘ってくれた。

 そして今日一日中、デートを楽しむために頑張ってくれた。

 だからこそ桜彩は、これを自分から怜に贈りたい。

 そう言われては怜としてもそれ以上拒否することは出来ない。


「うん。ありがとな」


 胸元のネックレスに手を当ててお礼を言う。


「ふふっ。とっても似合ってるよ」


 そんな怜の胸元のネックレスを見ながら桜彩が嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 そして怜はネックレスを着けたままショーケースの中を確認して


「それじゃあこれも頂けますか?」


 一つのネックレスを指差して店員に伝える。


「はい。かしこまりました」


 店員は怜の言葉に驚きもせず、怜がそうすることが分かっていたかのようにすぐにそれを取り出してくれた。

 こちらは先ほど桜彩が購入したものと違って星をモチーフにしたネックレスだ。


「こちらですね」


「はい。ありがとうございます」


「え? え……?」


 戸惑う桜彩をよそにすぐに会計を済ませてしまう。

 そして


「それじゃあ桜彩。俺も桜彩に着けるから後ろを向いてもらえるか?」


「え? ちょ、ちょっと待って! わ、私貰えないって! 私、今日のデートじゃ何も出来なかったし……」


 怜の言葉にあわあわと慌てながら両手を振って混乱している桜彩に対して怜もゆっくりと首を横に振る。

 そもそも先のネックレスは幸せなデートを自分にくれた怜へのお礼にプレゼントしたものだ。

 それに対してお返しをもらう理由が桜彩には思い浮かばない。


「桜彩。俺にとっても今日のデートは凄く楽しかった。でもそれはさ、俺が一人で頑張ったからじゃなく、桜彩が一緒だったからだよ。だからさ、どっちかだけが頑張ったとかじゃなくて二人で一緒にデートを頑張ったんだ。だから桜彩、俺と楽しいデートを作ってくれてありがとう。貰ってくれるか?」


 怜の言葉に驚く桜彩。

 そして胸の内に温かい物が溢れていく。


「怜……ありがとう、凄く嬉しいよ」


 目にうっすらと涙を溜めながら桜彩が頷く。

 そしてゆっくりと怜に背を向けた。


「それじゃあ怜、着けてくれる?」


「ああ」


 そう言って桜彩の首へとネックレスを掛けようとすると、桜彩が束ねた髪を邪魔にならないように横へと動かす。

 白く健康的なうなじが怜の目に入り、ドキリとしてしまう。

 思わず触れてしまいたい欲求に駆られるが、それを理性で抑え込んで桜彩に直接触れないようにしてネックレスを着け終える。


「えへへ……どう、かな……?」


 へにゃぁっとした顔で桜彩が怜を見上げながら聞いてくる。


「凄い。とっても似合ってる」


「えへへへへ……」


 嬉しそうにゆっくりと胸元のネックレスを優しく撫でる桜彩。


「ありがとね。絶対大事にするよ」


「ああ。俺も大事にする」


 怜もネックレスへ手をやりながら桜彩の言葉に同意する。

 お互いに顔を赤くしながら、それでも幸せを感じながらお互いの顔を眺め合う二人。


「えへへ……。最高の初デートの記念だね」


「ああ。最高の初デートの記念だな」


 そんな二人にすっかり存在を忘れられた店員は特等席から二人のいちゃつきを眺めていた。

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