第158話 プラネタリウムの後で② ~記念の理由は?~

「はぁ……」


「ふぅ……」


 出口を開けて一息つく。

 二人共お互いの事ばかりに集中して周りが全く見えていなかった。

 恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

 そのまましばらくじっとしていると徐々に心が落ち着いてくる。


「でも凄かったよね。プラネタリウムは初めてだったけど凄く引き込まれたよ」


「そうだな。なんていうか、映画を観たような感覚だな」


 今回のプログラムの内容は怜にとっては目新しい物ではない。

 語られた星座のストーリーはライト向けに分かり易く有名な物で、聞いたことのある人も多いだろう。

 それでもここまで引き込まれたのはプラネタリウム独特のあの感じのせいなのか、それとも恋人用のプログラムのせいなのか、それとも隣にいたのが桜彩だということか。

 きっとその全てだろう。

 そんなことを思いながら隣に目を向けると、桜彩がいつもの優しい笑顔を浮かべていた。


(やっぱり桜彩が隣にいてくれると落ち着くな)


 そんなことを思っていると、桜彩がふふっ、と笑う。


「どうしたの、怜?」


「ん? どうしたのって何が?」


「なんかニコニコしてたからさ」


 そう言われて自分も笑顔だったことに気が付く怜。

 隣に桜彩がいてくれるだけで自然に笑顔になってしまうことを自覚する。


「桜彩の笑顔が移ったんだろ」


「え? 私、笑顔だった?」


「ああ。いつも通りの笑顔だよ」


「え? そ、そうなんだ」


(いつも通りの笑顔、か。それってつまり普段から笑顔ってことだよね。やっぱり怜が隣にいてくれるからだよね)


 怜の言葉でその事実を自覚する桜彩。


「ふふっ。でも私が笑顔なのは隣に怜がいてくれるからだよ」


「それなら俺だって。隣に桜彩がいてくれると幸せだよ」


「そっか。お揃いだね」


「ああ、お揃いだな」


 そう言って二人はお互いの笑顔を見合わせながら笑い合った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 二人で話していると、プラネタリウムを出た時と比べて徐々に落ち着いてきて、今までよりも周りが見えてくる。

 落ち着けた分視野が広くなった感じだ。

 ドームの外に出たとはいえここはまだ券売機などが置かれておりプラネタリウムのエリアである。

 次のプログラムの入場券を買う客やパンフレットを見る客でそこそこ人がいる。

 ふと入場列の方へと目を向ければ、先ほどの怜達と同じくカップルと思われる男女も並んでいた。


「あの人達もカップルシートを選んだのかな?」


「どうだろうね。もしそうだとしたらあの質問をされるだろうし」


 その男女を桜彩と二人で遠巻きに見ていると、二人の番で受け付けの女性がにっこりとした笑顔で何かを言っているのが分かる。

 それに対して男女の方も少し照れながら券を受け取っていた。

 やはりカップルシートなのだろう。


「こ、こうしてみるとやっぱりちょっと恥ずかしいな……」


「う、うん……。私達、あんなことしてたんだよね……」


 見ているだけで顔が赤くなる二人。

 それを振り払うように顔を振ると、少し離れた所に売店コーナーがあるのに気が付く。


「せっかくだし見て行こうか」


「そうだね。行こう!」


 怜の提案に桜彩が興味深そうに目を輝かせて頷く。

 そちらの方へと足を踏み入れ棚に並んでいる物を見て回る。

 商品棚には星が描かれたカップやバッグ、パスケース等、やはり星をイメージした商品で溢れている。

 二人でそれらを手に取って眺めたり感想を言ったりしていく。


「なにか記念に買って行こうか?」


「うんっ! それ良いかも!」


 怜の提案に商品を見る桜彩の目が更に輝いた気がする。

 そのまま先ほど以上に真剣に、しかし楽しそうに商品を手に取って眺める。

 そのうちの一つ、小さな小瓶を桜彩が手にして


「あ、見てこれ。小瓶の中の宇宙だって」


「へー。確かにそう言われるとなんか神秘的な感じがするよな」


 普通に見れば色の付いた砂としか思えないのだが、この雰囲気と商品名を見れば、確かに宇宙のようにも見える。


「どうする? これにするか?」


 大きさも値段も手ごろだし、机やテーブルに飾っても良いかもしれない。


「うーん、もう少し見てからでも良いんじゃない?」


「確かにそうだな」


 一度瓶を棚へと戻し、再び他の商品へと視線を移す。


「シャツや手ぬぐいなんかもあるんだね」


「だな。身近な物としてはやっぱりカップとかだけど……なあ?」


「うん。あの猫のカップがあるからね」


 怜の部屋には先日桜彩と一緒に購入した猫の描かれたお揃いのカップが置かれている。

 二人の大切な宝物だ。

 それを差し置いて使うかと問われたら間違いなく答えはノーだろう。


「うーん、どうしよっか……」


「そうだな、どうするか」


 商品を手に取って、そして棚に戻して。

 そんなことを繰り返しながら頭を悩ませる二人。

 そしてふと二人がお互いへと顔を向け合う。


「でもやっぱり二人でちゃんと納得できるものが欲しいよな」


「そうだね。なんたって……」


 怜の言葉に視線を商品からそちらへと移してにっこりと笑う桜彩。

 そして同時に口を開く。


「初めてのプラネタリウムの記念だしね」


「初めてのデートの記念だからな」


「えっ?」


「えっ?」


 お互いの言葉に首を傾げる二人。

 そこで二人はお互いに違う意図で商品を探していたことに気が付いた。


「あっ……ご、ごめんっ! き、記念ってそ、そういう……」


「い、いや、俺こそ……。一人で変な事考えてたっていうか……」


 デートだということに浮かれ過ぎていたのかもしれない。

 顔から火が出る程恥ずかしい。


「あっ……い、いや、変な事じゃないから!」


 すると怜の言葉を聞いた慌てて桜彩が訂正する。

 少しばかり大きな声を上げてしまった為に周囲からの視線が集まってしまう。


「あ……」


「あ……」


 それに気が付いて二人で恥ずかしそうに顔を赤くして俯いてしまう。

 しばしの無言の後、思い切って桜彩が口を開く。


「そ、そのね……た、確かに私はプラネタリウムの記念ってことで考えてたけど……。で、でもね、わ、私も、その、で、デートの記念の方が、良い、な……」


 恥ずかしそうにしながらも潤んだ目で怜を見上げながらそう主張する。


「良いのか……?」


「う、うん……。だ、だってせっかく初めてのデート、なんだからさ……」


「あ、ああ……」


 照れてしまいお互いに黙り込んでしまう。


「そ、それじゃあ初デートの記念ってことで……」


「う、うん。初デートの記念ってことで……」


 そう恥ずかしそうに、しかし嬉しそうな笑みを浮かべて二人は商品選びへと戻っていった。

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