第145話 迷子発見

 二人共何とか落ち着きを取り戻した後、公園の散歩を再開する。

 二人揃って少しばかり顔が赤いままだが、歩いている内になんとか自然な感じに戻っていった。

 今はもう二人共いつも通りの笑顔を相手に向けていつも通りに談笑する。


「――っぱそうだよな」


「うん、私もそう思うよ」


 他愛もない会話に話が弾んでいく。


(……ってかやっぱ桜彩って可愛いんだよな。こういった普通の笑顔なんかも凄く素敵だし)


(……うん。改めて見るとやっぱり怜って格好良いよね。普通に話してる時の笑顔なんかもとっても素敵だし)


(学園ではほぼ完全にクールモードだからな。こういった笑顔を見れるのがほとんど俺だけの特権ってのがなんていうか、やっぱ嬉しい)


(学校でも笑ってる顔を見せることがあるけど、やっぱり今の笑顔とは違うんだよね。こういった顔をするのって蕾華さんや陸翔さんと一緒にいる時くらいかな? ふふっ、こんな笑顔を毎日見れるってやっぱり幸せだよね)


 そんなことを思ってしまう二人。

 ふと会話が途切れてしまい、そのまま相手の顔を見て立ち止まってしまう。

 数秒間そのまま固まってしまう二人。


「……ぷっ!」


「ふふっ!」


 しかし先ほどのようにお互いの顔を見て恥ずかしくて目を逸らしてしまうことにはならない。

 沈黙がおかしくなってつい同時に吹き出してしまう。


「先に進もうか」


「そうだね」


 そしてまたお互いに微笑を向けた後、遊歩道を進みだした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――ッ!!」


「ん?」


「あれ?」


 遊歩道を進んでいくと、ふと道の脇から二人の耳に声が届いた。

 会話を中断してそちらの方へと視線を向けると、そこには目に涙を溜めている少女がいた。

 年のころは小学校低学年くらいだろうか。

 それを見た二人がお互いの方を向いて頷き合う。

 怜も桜彩もこの状況でやるべきことは充分すぎるほどに一致している。

 遊歩道を逸れて女の子の方へと足を向ける二人。


「ねえ、どうしたの?」


 泣いている女の子の側まで行くと、桜彩が泣いている女の子に合わせてしゃがみ込み視線を合わせて優しく問いかける。

 あくまでも怖がられないように笑顔を浮かべたまま。


「ぐすん……」


 女の子は桜彩の方へ視線を向けるがすぐにまた泣き出してしまう。

 そんな女の子に桜彩は先ほどと同じようににっこりと笑って


「大丈夫。お姉ちゃんに何があったか教えてくれる?」


 すると女の子は顔を上げて桜彩を見る。

 まだ目には涙が溜まったままだが先ほどよりも流れ落ちる量は少なくなっている。


「え……えっとね、みんながいないの……」


 まだ不安そうに、しかし誰かが側にいるという安心感からか少しだけほっとしたような表情に変わった女の子。

 それだけで声を掛けて良かったと思えてくる。

 しかし問題が解決したわけではない。

 この年の子供が一人で泣いていることからある程度想像は出来たが、やはりこの子は迷子になってしまったようだ。


「そう。ねえ、あなたはどこから来たの?」


「……あっち」


 優しく笑いかけたまま問いかける桜彩に涙を拭いながら後ろの方を指差す女の子。

 指の先には木が生い茂っており、その向こうには広場があるのが分かる。

 広場は数多くの人でにぎわっており、屋台まで出ている。

 この人込みでは目当ての相手を見つけるのは一苦労だろう。


「あの広場の方?」


「ううん……もっとあっち」


 広場自体が広いのだが、その向こう側ということはかなり遠いようだ。


「そっか。それじゃあお姉ちゃん達と一緒に探しに行こっか」


 女の子を不安にさせないように笑顔を絶やさず桜彩が優しく語り掛けるが女の子の方は首を振って再び涙を流してしまう。


「もう行ったよ。でも、もう誰もいなかったの……。うわああああああん!!」


 人が多くて家族を見つけられなかったのか、それとも家族の方でもこの子を探して移動しているのか。

 前者ならまだ何とでもなりそうだが後者ではさすがに難しくなる。

 桜彩も良いアイデアが浮かばないのか困ったような顔で怜を見る。

 そんな桜彩に頷くと、怜も桜彩の隣にしゃがんで少女の前に笑顔を向ける。


「心配しないでね。お姉ちゃんとお兄ちゃんが探してあげるから」


「うう……本当……?」


 すがるような目で桜彩を見上げる少女。


「本当だよ。ねえ、名前は言える?」


「ぐすっ……紗耶音さやね


「そっか、紗耶音ちゃんか」


「うん……」


 一瞬、桜彩に似ているな、と思って二人で顔を見合わせてクスッと笑い合う。


「そっか。お兄ちゃんは怜って言うんだ」


「お姉ちゃんは桜彩だよ。紗耶音ちゃんと似ているね」


「ぐすっ……うん……」


 まだ涙を流したまま紗耶音と名乗った少女は首を縦に振る。

 この状況では迷子問題よりも先に泣き止んでもらう方が先決だろう。

 そう思って怜は辺りを見回して、ちょうど足下に生えていたシロツメクサを見つけた。

 植えられているわけでもなさそうなので、それを一本だけそっと摘む。

 そしてそれを二人にバレないように左手に握りこみ、ポケットから右手でそっとハンカチを取り出す。


「紗耶音ちゃん。ちょっとお兄ちゃんの方を見てくれるかな?」


「ぐすっ……うん……」


 涙を溜めた目を怜に向ける紗耶音。


「それじゃあ紗耶音ちゃんに魔法を見せてあげるよ」


「……魔法?」


「うん。このハンカチ、何も隠れてないよね?」


「うん……」


 右手のハンカチをひらひらと振って、何も隠れていないことをアピールすると紗耶音が頷く。


「左手にも何も持ってないよね?」


「うん」


 同様に左手に持っているシロツメクサを相手に見えないように隠し持ち、何も持っていないことをアピールする。

 こういった小手先の器用さは怜の得意分野だ。

 この時点で紗耶音の方は不安よりも好奇心が大きくなっている。


「それをね……ほらっ!」


「わぁっ! 凄い凄い!」


 ハンカチを左手に被せて取り払うと、怜の左手には先ほど摘んだシロツメクサが握られていた。

 周到に準備したわけではなく即興の手品でしかないが、紗耶音はそれを本当の魔法のように思ってくれたようだ。

 既に涙は止まっており、怜の手に持たれたシロツメクサを興味津々で見ている。


「はい、これあげる」


「うんっ! お兄ちゃんありがとう!」


 渡されたシロツメクサを、まるで宝物を見るように嬉しそうに眺める紗耶音。

 どうやら泣き止んでくれて良かったと怜は桜彩に視線を向けると、桜彩の方も凄い物を見たように関心の視線を向けていたが、すぐに良かったと怜に向かってほほ笑んでくれる。


「凄いね、怜」


「全然凄くないって。こんなもん小手先の手品でしかないからな」


 しかし怜の言葉に桜彩は首を横に振る。


「ううん、そうじゃなくてさ。すぐに紗耶音ちゃんを泣き止ませちゃったでしょ? 私にはどうしていいのか分からなかったからさ」


「それこそ幼稚園で慣れてるからな」


 謙遜というわけではない。

 こういった物はよく幼稚園で披露しているので経験値を積んでいるというだけのことだ。


「桜彩だって直に出来るようになるさ。これから一緒にボランティア部で活動していくんだから」


「うん、そうだね」


 そして二人は笑い合って紗耶音の方へと視線を戻す。


「ねえねえお兄ちゃん。他の魔法も見せて!」


「えっと、他の魔法か……。そうだな、それじゃあ…………この百円玉をぎゅって握ってくれる?」


 怜が財布の中から百円玉を一枚取り出してそれを紗耶音へと差し出す。


「うんっ!」


 怜から渡されたコインを強く握りしめる紗耶音。

 そして怜はその手に向かって人差し指を差し出して


「ワン、ツー、スリー」


「「?」」


 いきなりのことに頭に疑問符を浮かべる二人。

 そんな紗耶音に向かって怜は


「紗耶音ちゃん。今、紗耶音ちゃんは百円玉を握ってるよね?」


「うんっ!」


 怜から渡されたコインは紗耶音がずっと握ったままだ。

 渡される直前に百円玉であることも確認している。


「それじゃあ手を開けてみて?」


「え? うん」


 紗耶音がおそるおそる手を開けて、その手の中を覗き込む。

 桜彩も同様に紗耶音の手を覗き込むと、その手に握られていたのは百円玉ではなく十円玉だった。


「えっ!?」


「わあっ、凄い! 百円玉が十円玉になっちゃった!」


 紗耶音の手の中の十円玉を回収しながら満足げな表情を浮かべる怜。


「ねえねえ! 次の魔法、次の魔法!」


 もはや迷子になった悲しみなど忘れて魔法のリクエストをせがんでくる。

 そのまま怜はいくつかの手品を二人へと披露していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る