第90話 嵐が去った後、それぞれの想い
「なんかドッと疲れたな」
「私も。でも嫌じゃないよ」
ソファーにボスっと腰を下ろした怜の横に座って桜彩が微笑む。
これまで秘密にしていた桜彩との関係がついにバレてしまった。
確かに予想外の出来事に慌てはしたが、終わってみれば一つ胸のつかえがとれたように心が軽い。
「良かった。あの二人と友達になれて」
「ああ。俺も桜彩があの二人と仲良くなれて良かったよ」
「これも全部怜のおかげだね。本当にありがとう」
「お礼を言われることじゃないんだけどな」
特に自分が何かをしたわけじゃあない。
むしろ蕾華が積極的に関わってきてくれたおかげだろう。
「でも、怜がいなかったらきっと私は蕾華さんや陸翔さんとこんなに仲良くなれなかったと思うから。だからありがとうね、怜」
「そう思ってくれるんなら、これからもっとあの二人とも一緒に話そう。それが一番喜ぶと思うから」
「うん!」
嬉しそうに笑顔を浮かべる桜彩。
それを見た怜の心が少しだけズキッとする。
出会った当初は他人と関わろうとしなかった桜彩に、友人という存在が出来た。
そしてそんな友人のことを楽しそうに話していることを嬉しく思うのは確かだ。
これまで桜彩の一番側にいた怜としては自分でも気が付かないところで二人に少し嫉妬してしまう。
「ふう。でもこうやって桜彩と二人で座ってるとなんだか落ち着くな」
「私も。怜と二人でこうしてると落ち着いてくるよ。もうこれに慣れちゃったな」
隣同士でソファーに座りながら一息つく。
まだ一か月と経っていないのにお互いが隣にいることが当たり前になってきている。
それも含めて『言葉で定義出来ない自分達だけの特別な関係』というのだろう。
「でも怜は二人と本当に息が合ってるよね。言葉にしなくても伝わってるっていうか。良いなあ、そういう関係」
少し羨ましそうに怜を見る桜彩に怜は首を横に振って答える。
「まあな。俺とあの二人は本当に良い付き合いをしてるから」
「うん、そうだよね」
「だけどさ、最近は桜彩のことも良く分かるようになってきてるぞ。勉強してるときにちょっとヒントが欲しかったりとか、買い物してるときにこれも買いたい、とかな。俺は桜彩ともそういった分かり合える関係になれると思うし、そうなっていきたいと思ってる」
「怜……うん、そうだね。なれる気がする。なんたって私達って家族みたいな関係だからね」
嬉しそうな顔で怜を眺めながらそう答える桜彩。
(ああ、やっぱり怜は優しいなあ)
不安な時や困ってる時に、いつでも自分に寄り添ってくれる。
嬉しさが溢れてきてつい顔がにやけてしまう。
(私、今変な顔してないかな……?)
一度意識してしまうと気になってしまい、上手く表情が作れているか分からない。
変な顔になっていた場合のことを考えてしまって慌てて怜から視線を逸らしてしまう。
「桜彩?」
いきなり顔を逸らした桜彩を怪訝な顔で見てくる。
(うう……なんか恥ずかしいよう……)
怜に覗き込まれると更に意識してしまう。
「どうかしたのか?」
「ちょ、ちょっと待って。今の私、絶対に変な顔をしてるから……」
ごまかそうとも思ったが、上手くごまかすことが出来ないほどに頭が混乱してしまっている。
(でも、怜が心配してくれるの、それはそれで嬉しいなあ)
もはや負のスパイラル状態に陥ってしまう。
自分の顔を確認することは出来ないが、絶対に普通の表情は出来ていないだろう。
一方で怜も桜彩の言葉に自分の表情が気になってしまう。
「……いや、多分俺も普通の顔にはなってないと思う」
少しぶっきらぼうな声が桜彩の耳に聞こえてくる。
「そ、そっか……。怜もなんだ……」
「あ、ああ……」
勇気を出して怜の方に少しだけ振り向くと、桜彩の目に頬を赤く染めて恥ずかし気に視線を逸らす怜が映った。
「って、怜! 全然変な顔してないじゃない!」
変な顔をしているからと聞いたから振り返ったのに、瞳に映る怜はいつも通りに格好良い。
これでは自分だけが変顔を晒してしまったようなもので、慌てて怜から視線を逸らす。
「さ、桜彩だって……その、いつも通り、その、可愛いっていうか綺麗っていうか……」
「え……」
後ろから怜の言葉につい反射的にそちらの方を見てしまう。
「あ……」
「う……」
顔を赤くしたままお互いに見つめ合う二人。
そのまましばらく無言で見つめ合った後、
「ぷっ、はははははっ!」
「ふふっ、ふふふっ!」
二人共お互いに笑いだしてしまった。
「あーっ、おかしい!」
「本当にね。でも嫌いじゃないよ」
「それは俺もだ」
ひとしきり笑い合うと、二人ともいつも通りに心が落ち着いてくる。
そこで桜彩は先ほどの陸翔と蕾華が言っていたことを思い出す。
「あの、それでね……怜、今夜、私も一緒に寝る?」
「え!?」
いきなりの提案に驚きの声を上げてしまう。
せっかく落ち着いたと思ったのにまたすぐに心臓の鼓動が速くなってしまう。
「その、風邪がぶり返しても困るかなって……」
「い、いや、大丈夫、大丈夫だから! あれはあの二人がからかってただけだから!」
「え!? あ、ああ、そ、そうだよね! ご、ごめんね!」
せっかくいつも通りの柔らかい空気に戻ったのにすぐにまた微妙な空気になってしまった。
「そ、それに俺ももう寝るから。だからお休み!」
「わ、分かった! それじゃあ私ももう戻るね! お、お休み!」
焦るようにして自室へと桜彩が戻って行く。
玄関の扉が閉まったのを確認して怜は胸を撫で下ろした。
「……はあ、まったく心臓に悪い」
今の会話を思い出しながらそう呟く怜。
怜から見ても桜彩は身の回りの女性陣の中でも特に美人で性格も良い。
はっきり言って女性としての魅力に溢れすぎている。
(……勘違いしそうになるじゃんかよ)
あくまでも桜彩は仲の良い友人のような関係。
でもそこに男女間としての感情はない。
だからこそ今の関係が成り立っている。
(全く、恨むぞ親友)
心に波を立たせた二人のことを、今だけは少しばかり恨めしく思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……や、やっちゃった」
自室の玄関のドアを閉めた後、壁に背中を預ける。
今の会話を思い出しながらそう呟く桜彩。
昨日から考えてみても、怜にきわどい事ばかりを言っている気がする。
(き、昨日は体を拭いてあげるなんて言っちゃったし、今は怜の体調も悪くないのに一緒にお泊まりしようだなんて……)
桜彩から見ても怜の外見は格好が良いと思う。
それに加えていつも自分のことを考えてくれて、内面まで含めて本当に素敵な男性だと思う。
(れ、怜は友達に対して優しいだけだから……うぅ、でも本当に勘違いしそうになっちゃうよ)
いつもなら絶対に言わないようなことも怜にならつい言ってしまう。
それほどまでに怜のことは信頼している。
でもそこに男女間としての感情はないだろう。
だからこそ今の関係が成り立っている。
(全く、変に意識しちゃうよ)
心に波を立たせた新しい二人の友人を、今だけは少しばかり恨めしく思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いやあ、まさかだったなあ」
「うん、まさかだったよね」
帰り道、陸翔と蕾華は自転車を押して歩きながら、つい先ほどの光景を思い出す。
親友の看病に向かったはずだったのだが、そこには全く予想外の光景が広がっていた。
これまで異性関係はおろか、自分達を除けば自宅に招くほど仲の良い友人などいないと思っていた怜。
そんな怜が、まさか女性と『はい、あーん』なんていちゃつき合っているなんて思ってもみなかった。
しかもその相手が異性には完全な塩対応で有名な桜彩ときたものだ。
あの桜彩が好意全開で怜と食べさせ合っているところなど、最初に見た時はにわかには信じられなかった。
「でもれーくんにあんな相手が出来たなんてね」
「だな。オレ達と同じくらい信頼出来る相手が出来るなんて思ってもみなかったぜ」
「ホントだよねえ」
伸びをしながら空を見上げて陸翔がそう呟くと、蕾華も同じように空を見上げて同意する。
怜のトラウマを知る二人だからこそそう思っていた。
だが、話を聞けばそれも納得だ。
「でもちょっと悔しいかな。アタシ達が八年かかっても出来なかったことを一か月弱でやっちゃったんだから」
「そりゃあな。でも良かったよ。怜のトラウマが解消してくれて」
「うん。そう言った意味だとアタシ達もサーヤに感謝だよね。さーて、明日からこれまで以上にサーヤにガンガン行ってもっと仲良くなってやる!」
力強く拳を握ってそう宣言する蕾華。
怜があれほど心を許している相手だ、多分その目標はすぐに達成出来るだろう。
根拠でも何でもないのだが、二人はその未来を確信する。
「でもさ、一つだけ言っていい?」
「奇遇だな。オレも一つだけ言いたいことがある」
一拍置いて、二人はお互いの方を見て同時に口を開く。
「あの二人、ホントに何で付き合ってないの!?」
「なんであいつら付き合ってないんだよ!」
顔を見合わせてそう声を大にする。
「もう完全に付き合ってんじゃん! お互いに大好きじゃん!」
「何が『言葉で定義出来ない自分達だけの特別な関係』だよ! それは恋人って言葉で表すんだよ! 夫婦って言葉で表すんだよ!」
「友人どころか彼女まで通り越してもう嫁だよ、あの関係!」
「だよなあ! 怜の『家族みたいな関係になりたい』って言葉をさやっちはプロポーズと勘違いしてたけどよ、それに対する返事が『末永くよろしくお願いします』って普通に受け入れちゃってんじゃん!」
「だよねだよね! もう完全に夫婦だよね!」
本人達を目の前にして言えなかったことが次々と出て来る。
陸翔と蕾華からすると、自分達よりも怜と桜彩の方がよほどバカップルだ。
人の振り見て我が振り直せとはあの二人の為にある言葉なのではないか。
「はあ……なんなのかなあ、あの二人」
「なんなんだろうなあ、あの二人」
大切な親友と新しい友人。
その二人が繰り広げていた甘い雰囲気を思い出しながら大きくため息を吐いた。
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