第27話 夕食後も一緒に過ごしましょう
「あ、そうだ、光瀬さん。夕方の写真のことなんですけれど」
プリンを食べ終わったところで思い出したように桜彩が口にする。
そう言われれば桜彩と猫の写真を送るのを忘れていた。
「あ、ごめん。今から送るから」
そう言って怜は桜彩のスマホへと写真を送る。
それを受け取った桜彩は幸せそうに目を細める。
「ああ、子猫ちゃん。やっぱり可愛い……」
うっとりとした表情で画面を眺める。
すると、ふと桜彩が何かを思い出したように表情を変える。
「そうだ、光瀬さん。お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「聞きたいこと? まあ俺に答えられることなら良いけど」
出会った当初は他人を頼らなかった桜彩が、今ではこうして普通に頼ってくれることが嬉しい。
「はい。あの、光瀬さんは動物アレルギーなのでしょうか?」
「え?」
予想外の質問に驚いてしまう怜。
「いや、別にアレルギーは持ってないけど何で?」
「その、夕方に猫ちゃんが現れた時に光瀬さんが少し後ろに下がっていたので……」
その時の事を思い出しながら桜彩が言った言葉に怜は体をビクッと震わせる。
怜としてはあの時は写真を撮ってなんとかごまかせたかと思ったのだが、今の一件で桜彩が思い出してしまったようだ。
確かに動物好きだと宣言しておきながら、あのような行動は不自然だったろう。
「あ、その、光瀬さんが話したくないようなことでしたら……」
怜のリアクションを見て触れてはいけないことに触れてしまったのかと桜彩が焦る。
だが怜はゆっくりと首を横に振る。
「いや、そういう事じゃない。ただ訳ありで俺は動物に触ることが出来ないんだ。だから見るだけ」
「そうなのですね。すみません、変なことを聞いてしまって」
「いや、まああの時の俺は不自然だったからな。こっちこそ変な勘違いさせてごめん」
そう言いながらお互いに頭を下げあう。
「…………」
「…………」
二人共何と言っていいか分からずに、不自然な沈黙が場を支配する。
「……ああそうだ! 猫の画像や動画なら俺のパソコンの方にいくつかあるから見てみるか?」
「……は、はい! ぜひ見て見たいです!」
二人の間に流れる微妙な空気を嫌って大声で話を逸らす怜と、それに乗る桜彩。
椅子から立ち上がって自室へとパソコンを取りに行く怜。
額を少し拭ってみると、少し汗をかいていた。
(……しまったなあ。やっぱり不自然だったか……)
そんなことを考えながら、ノートパソコンとポータブルハードディスクを手に取る。
一方で桜彩はそんな怜の背中を見ながら少し落ち込んでいた。
(……失敗したなあ。どう考えても光瀬さんにとってあまりいい話題じゃなかったよね……)
詳しくは分からないが、怜にとってあまり話したくない話題ということは充分に分かった。
少し仲良くなったからといって、無遠慮に踏み込みすぎてしまったかもしれない。
一人のリビングでそう反省して、桜彩は小さくため息を吐いた。
リビングへと戻ってきた怜は、ノートパソコンのコンセントを繋ぎ直してから電源を入れる。
そして外付けのポータブルハードディスクを繋いでフォルダを開いていく。
その中の動物フォルダ内の猫フォルダを開くと、そこには怜が溜めていた猫の画像やgifファイルが並んでいる。
それをクリックしていくと、桜彩が目を見開いて画面を眺める。
「はぁ……可愛いです」
夕方と同じ様に幸せそうに画面を見つめる桜彩。
どうやらさっきまでの変な空気は完全に消え去ったようで怜も一安心する。
「やっぱり猫が好きなんだな」
「はい! 猫は最高です!」
前と同じ様に強く主張する桜彩。
そして自分のスマホ画面を怜に見せてくる。
そこには動画サイトが表示されており、猫が戯れる動画が流れていた。
「どうですか、この猫ちゃん! 可愛いでしょう!?」
スマホ画面を見せつけるように力強く主張してくる。
そのせいでスマホ画面よりもむしろ桜彩の方に気を取られてしまう。
「わあ、可愛い毛並み! ほら光瀬さん、見て下さい! ああ、飼い主の真似をするこの仕草、最高です!」
動画を見ながら百面相の様に桜彩が表情を変えていく。
怜も猫は好きなのだが、正直言って今は猫動画よりも桜彩の顔を見ている方が楽しい。
そんな感じで桜彩の表情をこっそりと楽しんでいると、いきなりあれ? という表情に変わる。
「どうかしたのか?」
「は、はい……。次の動画を選択したのですが、画面の切り替わりが遅い様な……」
「遅い?」
「はい……もしかして故障でしょうか?」
その言葉に桜彩のスマホを覗いてみると、ちょうどスマホにメッセージが送られてきた。
その見出しから察するに
「渡良瀬……一つ聞かせて欲しいんだが、家に一人で居る時はよくこういった動画を観てるのか?」
その怜の質問にきょとんとした顔でクエスチョンマークを浮かべる桜彩。
「どうして分かったのですか? 確かに私はよく猫の動画を観ていますよ。この前の土曜日など大雨で外に出ることが出来なかったので一日中観ていました」
桜彩の返答に、怜はそういう事かと納得する。
とりあえず、桜彩の画面の切り替わりが遅い理由には想像がついた。
「あの、光瀬さん? 何か分かったのですか?」
上目づかいでそう尋ねてくる桜彩に怜は向き直って、その理由を告げる。
「多分通信容量のオーバーだな」
「え?」
怜が言っていることがよく理解出来ずに桜彩がきょとんとする。
そんな桜彩に通信容量と速度制限について簡単に説明してみる。
最初はきょとんとしていた桜彩だが、徐々に内容を理解し始める。
「……そ、そういうことですか」
怜の説明に納得してがっくりとうなだれる桜彩。
引っ越す前の自宅ではWi-Fiを使用していた為にその辺りの設定も姉任せでそういう事情を知らなかった様だ。
「ま、まあそういうこともあるさ」
「ですが、これで私は自由に猫ちゃんの動画を観ることが出来ないのですよね……」
「ま、まあそれは……」
桜彩の顔が絶望に染まる。
怜も実際にその様な状況に陥ったことがないので良くは分からないが、おそらくスムーズに映像が流れることは無いと思う。
「まあ、アプリでメッセージや写真を送るくらいならそこまで問題は無いと思うし……」
「そ、そうですね……それでしたらまだ救いはあるというか……」
なんとか元気を振り絞って答える桜彩だが、空元気なのは明らかだ。
それほどまでに猫が好きなのだろう。
(…………まあ、解決策として……)
そんな桜彩に何とかしてあげたいという怜は桜彩に一つの提案をしてみる。
「なあ、渡良瀬。渡良瀬は普段の夕食後、何をしてるんだ?」
「え?」
いきなりの質問に桜彩が首を傾げる。
「ええと、普段は学校の課題をしたり、猫の動画を観たりしていましたが……」
(……で、あれば問題ないか)
桜彩の家でしか出来ない事であれば仕方がなかったが、そういう事ならば手はある。
「光瀬さん?」
怜の顔を怪訝そうな表情で見上げる桜彩。
そんな桜彩に怜は先程思いついた提案をしてみる。
「渡良瀬、夕食後にウチでそのパソコンを使うか?」
先程まで使用していたノートパソコンを指差してそう聞いてみる。
「え? パソコンですか?」
怜の提案に桜彩が視線を一瞬パソコンに移し、すぐにまた怜の方を向いてきょとんとする。
「ああ。それならウチのネット回線と接続してるから猫の動画だろうが犬の動画だろうが問題なく観ることが出来るぞ」
怜は自宅にネット回線を引いており、自宅内ではパソコンもスマホもそちらの回線を使用している。
その為、通信容量には制限がない。
「ですが、よろしいのですか?」
「ああ。そのパソコンはサブで使ってるやつで、もう一台俺がメインで使ってるのが自室にあるからな」
このノートパソコンはあくまでも外出用であり、普段から使用することはあまりない。
「い、いえ、それもそうなのですが、そういう事ではなくてですね……その、夕食後も光瀬さんのお家に居続けるのはお邪魔になるのではないかと……」
ただでさえ食事の面倒を見てもらっているのにこれ以上迷惑を掛けては申し訳ない。
そう考えてのことだったのだが怜は笑って首を振る。
「別に邪魔だなんて思わないぞ。それだったらそもそも提案しないからな」
「…………本当に良いのですか?」
「ああ。別に俺は迷惑に思ったりはしないぞ。俺も夕食後は渡良瀬と同じように課題やったり遊んだりするだけだからな」
「そ、それでは申し訳ないのですが、お願いしてもよろしいでしょうか?」
これまで桜彩が頼みごとをする時は申し訳ないような感じで遠慮がちであったが、今回はこれまでとは違って少しウキウキとしながら聞いてくる。
「ああ。構わないぞ」
桜彩の言葉に怜が微笑みながら頷いた。
つい少し前の桜彩であれば、怜の提案をまだ断り続けていたかもしれない。
だが今は素直に怜の提案に頷いてくれた。
少しは距離が近くなったのかもしれない、そんなことを思いながら怜は桜彩と共に猫フォルダの写真を眺めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます