第一章中編 少しぎこちない半同棲生活の始まり

第22話 寝不足の世話焼き男子と申し訳ないクールさん

「れーくん、金曜日は本当にゴメン!」


「悪いな怜。そっちに行けなくて」


 月曜の朝、登校して来た蕾華と陸翔が怜にそう言葉を掛けてくれる。

 机に突っ伏していた怜はその言葉にゆっくりと顔を起こす。

 その顔は二人が見ても完全に寝不足で覇気がなく、いつもとは大違いだ。

 そんな状態の怜が二人に向かってゆっくりと口を開く。


「おはよ、二人共。金曜日のことなら気にしなくて良いって。さすがにあの暴風雨じゃあ外に出るのは厳しいでしょ」


 怜の家に泊まりに行くことが出来なかった二人はメッセージアプリに加えてその晩に共にゲームをした時にも謝ってくれたのだが、二人が悪いわけではない為に怜としてみればそこまで謝られると逆になんだか申し訳なくなってしまう。


「それよりも瑠華さんはどうだった?」


「ああ、お姉ちゃんならちゃんとお説教しておいたから安心して!」


 蕾華が拳を握りながらそう力説する。

 翌日の土曜日も一日中怜の家の中に避難しており、怜とゲームをしたり、怜をヤケ酒の愚痴を聞かせる相手にしたりしていたのだ。 

 蕾華と陸翔を別れさせるように頼んだことも含めて余すことなく蕾華に伝えたところ、自宅へと帰って来た瑠華を蕾華はすぐさま制裁した。


「まああれで反省したかと言われると微妙なんだけど……」


「瑠華さんだからなあ。三日後くらいにはすっかり忘れてるんじゃないか?」


「二人共揃って辛辣だな。まあ俺も同意するけど」


 瑠華に対する親友二人の評価に苦笑しながらも同意する怜。

 そもそも言って直るような相手ならもうとっくに直っているはずだ。


「それはそうとどうしたんだ? お前、かなり眠そうだけど」


「そうね。れーくんがそんなに眠そうにしてるのって中々ないよね」


 その言葉に怜の横に座っていた桜彩がビクッと肩を震わせる。

 言うまでもなく怜の寝不足の原因は、夜中に桜彩に呼び出され、その後も椅子で寝ていた為に睡眠の時間と質が悪かったからである。

 だが怜としてもそれを正直に言うことは出来ない。


「まあたまにはそういう日もあるって」


「本当に大丈夫? 体調が悪いんならすぐに言ってね」


「そうだぞ。お前は結構無理するタイプなんだからな」


「気分が悪いとかじゃないから大丈夫だよ。少し時間が経てば目が覚めるって」


「そう? それなら良いんだけど」


 そう言いながら二人は自分の席に着く。

 それでも少し心配そうにチラチラと後ろを振り返って怜のことを確認する。


「それと二人共、一つ言っておきたいんだけど、二人に隠し事が出来た」


 眠いながらもしっかりと二人を見ながらそう告げる。

 怜の言葉に二人は少し考えこんで


「そうか。まあ話せる時が来たら話してくれよ」


「うん。良く分からないけど困ったら相談してきてね」


「ん。ありがと」


 さすがに桜彩との新たな関係は二人には話せない。

 怜に事情があることを理解しつつも二人は深くは聞かずに、そう怜を支えてくれる。

 その気遣いに感謝しながら怜は再び自らの机へと突っ伏した。

 ホームルームの開始まではあと十分(じゅっぷん)程度ある為、少しでも頭を休めておきたい。


「渡良瀬さん、おはよう!」


「竜崎さん、おはようございます」


 一方で蕾華は後ろの席に座る桜彩に元気に朝の挨拶をしている。

 蕾華の積極性もあってか転入してからの数日で桜彩はまあまあクラスに馴染んできている。

 まだぎこちなさはあるものの、蕾華の他の女子達とも世間話をする姿を見ることもある。

 徐々にクラスに馴染んできている様子を見ると怜も安心する。

 相変わらず男子に対しては塩対応のままだが。


「でもしっかり者のれーくんが寝不足なんてね。渡良瀬さんも意外だと思わない?」


 机に突っ伏していた怜にそんな蕾華の言葉が耳に入る。

 怜の寝不足の原因を知らない蕾華に全く悪気はないのだが、桜彩に対してその問いは少し心地が悪いだろう。


「そ、そうですね……。光瀬さんのそのような姿はあまり見ないので……」


 そうバツが悪そうに返答する桜彩。

 さすがに少しフォローを入れるかと、怜は再び顔を起こす。


「てゆーか蕾華、渡良瀬はあんまり俺のことを知らないだろ。それで同意を求められても困るぞ」


「うーん、そう言われればそうか。ごめんね、変なこと聞いちゃって」


 怜の言葉で蕾華が桜彩に対して申し訳なさそうに片手を掲げてごめんね、とリアクションをする。


「い、いえ……。それは別に構わないのですが……」


 そう桜彩が言いよどんでいると、さらに別のクラスメイトが二人の横にやってくる。


「あ、みんなおはよー。なになに、きょーかんが寝不足でヤバいって?」


 そうケラケラと笑いながら自然と話に入ってきた相手を怜が寝不足のまま半目で睨む。


「おはよ…………いつも言ってるがきょーかんはヤメろ、宮前」


「えーっ、別にいーじゃん。きょーかんはきょーかんでしょ?」


「だから良くないっての」


 怜としても何度もきょーかん呼びをするなと言っているのだが、結果としてその願いは叶えられていない。

 とはいえ奏は決して自分勝手な人間ではなく他人が本気で嫌がることはしない為、怜が本気で嫌だと言えば止めてくれるのだろうが。

 まあ怜としても本格的に嫌というわけではなく、恥ずかしさもあってのことなので強くやめろと言ったことはない。


「まあそれは横に置いといて」


 両手で荷物をどかすようなしぐさをしながら奏が続ける。


「きょーかんはなんでそんなに寝不足なの?」


「……俺だって寝不足になる時はある。土曜日に生活のリズムが乱れることがあったからだろうな」


 さすがに本当のことは言えないので適当にごまかしておく。


(ああ……)


(なるほどな)


 土曜日は一日中瑠華と一緒だったことを知っている蕾華と陸翔はその怜の言葉に心の中で納得、というか同情する。

 その反応に怜は、瑠華に対して口実にしたことに心の中で謝りつつも、二人からの信用のなさに苦笑する。


「なになに? 具体的には一体何があったの?」


「内緒」


 めんどくさそうにそう言いつつ再び机に突っ伏す怜。

 瑠華が泊まりに来て大変なことになったと言ったらそれはそれで面倒な噂にならなくもない。

 プライベートにて怜と瑠華が友人同士であることは多くの生徒が知るところだが、それでも未婚の二十代女性が一人暮らしの男子高校生宅に泊まったなどという話を軽々しくするものではないだろう。


「えーっ、教えてくれてもいーじゃん」


 怜の返答に不満そうな奏が頬を膨らませながら、机に突っ伏している怜の肩に両手を置いて揉んでくる。

 こういうスキンシップで男子が勘違いしたらどうするんだと思いながら、されるがままに肩を揉まれる怜。

 正直なところ、椅子に座ったまま一晩を明かした体にとっては結構気持ちが良い。

 それを隣の席から見た桜彩が本人も無意識の内に少しだけムッとした表情に変わったが、他の皆は気が付かない。


「ねー、きょーかん、教えてよー」


「却下」


 そう言いつつも肩を揉む手に若干の名残惜しさを感じながら体を起こし、奏の手をどける。


「それよりもそういうスキンシップは同性相手にやれって。ほら、蕾華とか渡良瀬とか」


「あ、それもそーだね。らーいかっ!」


 怜の言葉に対して素直に離れた奏は今度は蕾華の後ろに回って肩を揉んでいく。

 どうやら話を逸らすことには成功したようだ。


「それじゃあお休み……」


 そう言って怜が体力の回復をしようとしたところ、教室のドアがガラッと開いてそこから担任の瑠華が入ってくる。


「はーい、みんなお待たせ―。ちょーっと早いけどみんないるよね? それじゃあホームルーム始めちゃうよー」


「…………」


 何もこんな日に早く入って来なくても、と思いながら恨めしそうな目で瑠華を見上げる。

 そんな感じで寝不足のままに午前中の授業へと突入する羽目になる怜。

 そんな怜を隣りの席から桜彩が申し訳なさそうに見つめていた。

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