第8話 クールさんと洋菓子店へ② ~ケーキと写真と連絡先の交換~

「それじゃあそろそろいただこうか」


 桜彩が写真を撮り終えたのを確認してそう勧める。


「そうですね。このように美味しそうな物を目の前にして、いつまでも手を付けないのはケーキに対して失礼ですから」


(……驚いた。そういう軽口も言えるんだな)


 桜彩の言葉に怜が目を丸くする。

 三日前や、つい先ほどの学園では見ることの出来なかった桜彩の新たな一面がどんどん見えてくる。

 そしてなぜかそれを嬉しいと感じてしまう。


「それじゃあいただきます」


「いただきます」


 二人で手を合わせてそう言った後、怜と桜彩は各々がケーキを切り分けて口に運ぶ。


「んー、美味しい」


「本当ですね。とても美味しいです」


 チョコレートケーキを一口咀嚼そしゃくしてから怜と桜彩が自然と感想を口にする。

 光のケーキを何度も食べている怜だがいつも通り本当に美味しい。

 その美味しさに二人揃って自然に顔が緩んでしまう。

 そのまま嬉しそうに二口目を口にする桜彩に対して、怜はふと思ったことを実行する。


「渡良瀬」


「え?」


 フォークを口に入れたまま、その言葉に反射的に怜の方を向いた桜彩に対して自らのスマホを向けて写真を撮る。

 パシャッというシャッター音と共に、怜の方を見ていた桜彩が今何が起きたかを理解して顔を赤く染める。


「あ、あの、光瀬さん?」


「さっき撮られたからな。お返しだ」


「う……」


 そう言われては返す言葉がないのか、桜彩が手で口を押えて恥ずかしそうに小さくうめく。

 顔は恥ずかしさから頬が赤くなっている。

 そんな桜彩に怜は今撮った写真が写っているスマホの画面を見せる。

 そこには美味しそうにケーキを食べる笑顔の桜彩が表示されていた。


「あ、あの……」


「お姉さんに送ってあげたら? 元気でやっていますってことで」


「……そうですね。ありがとうございます」


 桜彩の話によると、桜彩の姉は桜彩のことを本当に大切にしているようだ。

 こういった写真を送ってあげれば新しい生活に馴染んでいると思ってくれるだろう。

 そうすれば姉も少しは安心出来るのではとの提案に桜彩が頷く。


「……あ」


 それじゃあ桜彩にこの写真を送ろうとしたところで、怜はそこで重要なことを忘れていたことに気が付く。


「光瀬さん?」


 スマホを持ってフリーズした怜を心配して桜彩が問いかける。


「いや、俺のスマホで撮っても渡良瀬のお姉さんに送ることは出来ないよな。もう一度撮り直すから、渡良瀬のスマホを貸してくれるか?」


 そう言って自分のスマホを置いて桜彩にスマホを渡してくれるように手を出す。

 それを見つめて桜彩が


「あの、光瀬さんが私にその写真を送って下さればよろしいのでは?」


 そう当たり前のように口にする。


「いや、俺達は互いの連絡先を知らないし」


「それならば光瀬さんの連絡先を教えて下されば問題ありませんよ。あ、もしかして、私に連絡先を教えることに抵抗が……?」


 悲しそうな表情をして下を向く桜彩。

 そんな桜彩に対して怜は慌てて首を横に振る。

 写真を送るという口実で連絡先を聞き出すようなことはあまり良くないと思っての提案だったのだが。


「いや、そんなことはないから! むしろ渡良瀬の方が良いのか、俺に連絡先を教えて?」


「はい。光瀬さんなら悪用したりするようなことはないと思っていますから」


 そう首を横に振りながら怜の言葉を否定する。

 そして桜彩は自分のスマホを持って


「それではご迷惑でなければ光瀬さんの連絡先を教えていただけますか?」


「ああ、分かった」


 桜彩がそう言うのであれば、怜としてはこれ以上拒む理由はない。

 二人で互いの連絡先を交換する。

 ついでに大多数の人がインストールをしているメッセージアプリの方もだ。


「これで良いんですよね?」


「ああ。試しに何か送ってみるか」


 そう言って怜はメッセージアプリに『テスト』と打ち込んで送信する。

 すると桜彩のスマホが通知音を鳴らしてメッセージが届いたことを告げる。


「届きました。『テスト』ですね」


 怜からのメッセージをそのまま読み上げる桜彩。

 そして今度は桜彩が自分のスマホを操作すると、怜のスマホに桜彩からのメッセージが表示される。

 いや、メッセージというよりも


「……猫?」


 デフォルメされた猫のイラストスタンプが、『OK!』という吹き出しと共に表示された。


「はい。猫です」


「猫が好きなのか?」


「はい。猫は最高です。光瀬さんは猫が好きではないのですか?」


 ビクッ


 その問いに怜は過去のことを思い出して一瞬固まってしまう。

 しかし努めて冷静に


「いや、俺も猫は好きだよ。というよりも動物全般が好きだ」


 そう返事をした。


(…………大丈夫、だよな)


 しかし桜彩はその怜の間を気にせずにより笑顔になって


「そうですか。良かったです」


 嬉しそうにそう返事をした。


「それでは無事にメッセージを送ることも出来ましたし、これで連絡先の交換は完了ですね」


「ああ。何かあったらメッセージを送ってくれ。まあすぐに返信出来るかは分からないが」


「分かりました」


 そう言って互いにスマホをポケットへと仕舞い、再びケーキとお茶を楽しむ。


「……って違う!」


「えっ!?」


 それに気付いた怜が思わず大声で突っ込みを入れてしまい、桜彩が驚いてフォークを落としかける。

 何とかすんでのところでキャッチして事なきを得たが。


「連絡先を交換するのは、そもそも写真を送る為だった」


「……あ」


 怜の指摘に口に手を当てて驚く桜彩。

 二人共当初の目的を完全に忘れてしまっていた。

 恥ずかしさから互いに無言で顔を赤くして下を向いていしまう。


「…………とにかく、写真を送るから」


「…………はい、お願いします」


 そして怜が先ほど撮った桜彩の写真を送ると、桜彩からも怜の写真が送られてくる。


「……た、食べようか!」


「……そ、そうですね! 食べましょう!」


 互いに気恥ずかしさから無理に大きな声を出してケーキに食べ始める。

 そんな二人を望がカウンターから生温かな目を向けて眺めていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ケーキを食べ終えた二人が帰ろうとしたタイミングを見計らって奥から光が出て来る。


「二人共、味はどうだった?」


「本当に美味しかったです」


「そうか。ありがとう」


 嬉しそうに言う桜彩に光は先ほどと同じく、望曰く不愛想に答える。


「怜の方はどうだ?」


「俺も美味しいと思いますよ。しいて言うならフルーツタルトはフルーツの酸味が若干強いかと思いましたが、そこは本当に個人の好みですから」


 パティシエとして意見を求めている光に対して怜は思ったことをそのまま口にする。


「分かった。ありがとな」


 それだけ聞いて光は再び奥へと戻って行った。


「あ、あの、光瀬さん……」


 それを見た桜彩が不安そうに怜を見つめてくる。


「ああ、いいのよ別に。お兄ちゃんも別に怒ってるわけじゃないから。むしろあれは試作なんだから、思ったことをそのまま言ってくれる方が嬉しいわ」


 怜にウバとアッサムを渡しながら望がそうフォローする。


「そうそう。光さんもそういったことを求めてるわけだからな」


 その二人の言葉に桜彩は胸を撫で下ろす。

 そして手に持った箱へと視線を移して


「それとこれは本当に頂いてしまってよろしいのでしょうか?」


 ケーキを食べ終えた二人は望からさらにテイクアウトでケーキの入った箱を渡された。

 ただでさえ二つご馳走になったのに、これ以上はさすがに申し訳ない。


「いいのよー。お兄ちゃんが趣味で作っただけで売り物になるわけじゃないんだから」


 そう言って望は半ば強引に二人にお土産のケーキを押し付けた。


「ありがとうございます」


「あ、ありがとうございます」


「いいのよー。それにお代は別で貰ってるしね」


「え?」


「別で?」


 望の言葉に何のことかと二人で考え込む。

 そんな二人を望は笑顔で見ながら


「さっきの二人、中々初々しくて面白かったわよ」


「……ッ!!」


「えっ……!」


 先ほどのやり取りを見られていたのかと、二人共再び顔を赤くして下を向いてしまう。

 そんな二人の様子に望はますます笑顔になっていく。

 その空気に耐えられずに怜が


「そ、それでは失礼します。行こう、渡良瀬!」


「は、はい! ありがとうございました」


「また二人でのご来店をお待ちしておりまーす!」


 そう言って足早にリュミエールを後にする二人に、望の追撃が降り注いだ。

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