第6話 ナンパされるクールさんと少しばかりのお節介
(ん? あれは渡良瀬か?)
陸翔と蕾華と共に昼食を食べに行き、そのまま少しぶらついてから怜は二人と別れた。
その後、最寄りのショッピングモール内のスーパーで夕食の食材を買い込んで帰宅しようとした所で数時間前に別れた桜彩の姿を発見した。
桜彩は両手では抱えきれないほどの荷物の入った袋を持っており、歩きにくそうにしている。
加えて本人の容姿が目立つこともあり、その姿は少々周りの目を集めていた。
(あんなに荷物を抱えて何をやってるんだ?)
そう思ったところで桜彩に近づく人影を発見した。
年のころは怜より少し上だろうか、随分と軽薄そうな雰囲気の男だ。
その男が桜彩に近づいて行き、何か言葉を掛けている。
桜彩の方はその男に対して首を横に振ったりしているが、徐々に表情が強張っていく。
どこからどう見ても困っている感じだ。
(ナンパをするなとは言わないが、引き際は
出会って数日かつまだ友人とも呼べる関係でもないが、さすがにこれを見て見ぬふりをするのは出来ない。
しょうがないなと思いながら、怜は桜彩の下へと足早に向かった。
「あの、大丈夫ですから!」
怜が桜彩の下に着いた時、桜彩は既に限界だった。
引っ越してまだ数日で慣れない生活、そこに知らない相手からの執拗なアプローチは精神にかなり負担が掛かかることだろう。
そして話は終わりとばかりに多量の荷物を持ってそこから離れようとした際に、その男が桜彩の手を掴んだ。
「あの……!」
「よう……さっきぶり。一応聞くけど知り合い?」
怜がナンパ男の後ろから声を掛けながら桜彩へと近づく。
そこで桜彩と男が初めて怜の姿を視界に捉える。
「あ……」
怜に気付いた桜彩の顔が、少し安堵したように変わる。
まだ数回しか会っていない怜の姿を見てそれなのだからよほど怖かったのだろう。
「ナンパをするのはいいけど、もっと周りの目を気にした方が良いぞ」
怜はそう静かに相手に注意する。
桜彩の姿が目立つのもあるが、少々騒ぎになって遠巻きに幾人もの人が見物をしていた。
「あっ……」
怜の言葉でようやく状況を理解したのか、男はバツが悪そうに桜彩の手を離して駆け足でこの場を去って行く。
こんな所でもめ事など起こしたくはなかったので思ったよりも潔くて助かった。
男の姿が見えなくなったのを確認して怜が桜彩の方へと向き直る。
「大丈夫か?」
「光瀬さん……」
見れば桜彩は恐怖の為か、体を少し震わせている。
声もか細く、近距離にいる怜にも聞こえるか聞こえないかくらいのものだ。
「ありがとう……ございました……。怖かったです、とても……」
あまり他人に弱みを見せないような性格をしている桜彩が素直にそう言うのだから、よほど怖かったのだろう。
お節介かもしれないが割って入った判断は間違っていなかったようだ。
「手は大丈夫か?」
その言葉に桜彩は先ほど掴まれた手を見ると首を縦に振った。
「はい、何ともありません」
「そうか、怪我がなくて良かった。もっと早く割って入れれば良かったが……」
「い、いえ! 光瀬さんがいてくれて助かりました!」
しかし桜彩はすぐに大きな声で怜の言葉を否定した。
それに少し慌てる怜と、我に返って顔を赤くして俯く桜彩。
「……」
「……」
それっきり会話が続かなくなってしまう。
あのナンパ男がいなくなったからか周囲の見物人は徐々に数を減らしていたが、通行人がたまにこちらを振り返って見てくる。
このままではいけないと思い、とりあえず怜は桜彩を手近なベンチへと座らせて落ち着かせる。
「しかし大荷物だな。いったいこんなに何を買ったんだ?」
会話のきっかけを探して桜彩の買ったであろう多量の荷物を見て尋ねてみる。
「引っ越してまだ数日ですので、色々と生活に必要な物がありまして」
確かに怜も一人暮らしを始めた際、準備万端だと思っていたのに色々と足りないものが出てきたものだ。
今日は始業式ということで午前中で解散となる為、思い切って午後に色々と買い込もうとしたのだろう。
それでつい持ちきれないほどの量を買い込んでしまったというわけか。
桜彩のような美少女が困っている感を出していれば、ナンパ師にとっては声を掛ける絶好の口実になっただろう。
「とりあえず渡良瀬、お前はもっと自分が目立つ見た目をしていることを理解した方が良い」
「目立つ見た目、ですか?」
「ああ。客観的に見てお前はまあ、なんだ……美人だからな」
「え……」
少し照れながら怜がそう口にすると。
その言葉に今度は桜彩が照れてしまい、またも会話が途切れてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて、それじゃあ立てるか?」
少し時間をおいて、怜が桜彩に問いかける。
「は、はい。ありがとうございます」
そう言って桜彩は立ち上がるが、まだ顔からは不安の色が消えていない。
「あ、あの、光瀬さん……」
「どうした?」
「私はもう大丈夫ですから……ご迷惑をおかけしました」
そう頭を下げて謝ってくる。
これ以上怜を付き合わせるのは申し訳ないということだろう。
「渡良瀬はもう帰るのか?」
「はい。さすがにこれ以上買っても持つことは出来ないでしょうし」
「だろうな」
そう言ってベンチの脇に置いていた荷物の方に目を落とす。
この段階で既に歩きにくそうにしていた為、桜彩の言う通りこれ以上は持てないだろう。
「どうせ帰る方向は一緒だからな。付き合うよ」
そう言って怜は
その怜の行動に桜彩は驚いて
「あ、あの、私は大丈夫ですので……」
「そんな状態で大丈夫って言われても信用出来るわけないだろ」
まだ少し震えており、恐怖心は消えていないだろう。
この状態では誰が見ても大丈夫だとは思えない。
「ですが……」
ただでさえ一人ではまともに荷物を持つことが出来なかったことに加え、先ほどの騒動で精神的にも消耗している。
それを桜彩自身も理解している為、言葉を続けることが出来ない。
「自分で出来ることは自分でやるようにする。それは結構だけど、それは自分で出来る事の範疇を超えてるだろ? さっきのが良い例だ。それじゃあまたああいった男に絡まれるぞ」
「う……」
先ほどの出来事がよほどショックだったのか、怜の言葉に桜彩がビクッと身体を震わせる。
さすがにあのような男が何人もいるとは怜としても思いたくはないが、万一ということもある。
もしもそのような事が起きた時に、今の桜彩の状態ではとてもじゃないが良い対処が出来るとは思えない。
「まあ迷惑だって言うのならやめるが」
「い、いえ、決して迷惑なんかじゃ……」
「じゃあ問題ないな。行くぞ」
そう言って怜は荷物を持って歩き出す。
ちょっと強引かもしれないが、このくらいでないと桜彩は折れないだろう。
「どうした、行かないのか?」
足を止めて振り返り、その場で固まったままの桜彩に声を掛ける。
すると桜彩は今までの不安げな表情から少し笑顔になって
「ありがとうございます。それでは申し訳ありませんが荷物を運ぶのを手伝っていただけますか?」
そう怜に頼んできた。
その笑顔はとても可愛らしく、教室で見せていたポーカーフェイスからはとても想像することが出来ないほど怜の心を打ち付けた。
その言葉と笑顔に今度は怜が一瞬驚くが、すぐに笑って
「ああ。構わないよ」
そう返事を返してお互いに笑いあった。
「ふふっ、確かにあなたは竜崎先生がおっしゃっていたように面倒見が良くて優しいですね」
「お節介って言い換えてくれてもいいぞ」
「いいえ、言い換えませんよ」
そう言った桜彩の顔には自然な笑顔が浮かんでいた。
その笑顔に怜は一瞬心を奪われてしまい、とっさに返事をすることが出来なかった。
(自然に笑ったよな、今。むしろこっちが渡良瀬の素か……)
「光瀬さん?」
歩き出さない怜を疑問に思って振り返って尋ねてくる桜彩。
「ああ、悪い。それじゃあ行くか」
我に返って慌てて歩き出す怜。
二人は今度こそ肩を並べて、お互いの住むアパートへの道のりを並んで歩き出した。
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