第45話最終章.7


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 わたくしが初めてフルオリーニ様に出会ったのは十五歳の時。お父様に連れられてやってきたサンリオー二国は大きく、初めて目にする景色や花や食べ物に心を躍らせた。


 中でも一番わたくしの胸を高鳴らせたのは、煌びやかな大広間で行われた夜会だった。自国の夜会すら数回しか行ったことのないわたくしにとって、それがどれほど刺激的なことだったか。

 

 そしてその夜、わたくしは運命的な出会いをした。両陛下と共に現れたフルオリーニ様は、紳士の礼をしたあと、お父親に頼まれるままわたくしとダンスをしてくださった。


 金色の髪はシャンデリアの輝きのもとキラキラと光り、わたくしを見つめる銀色の瞳の冷たい輝きは吸い込まれるようで。その瞳にわたくしの姿が映っているのを見た瞬間、この方こそ、ユーリン国の薔薇と言われるわたくしに相応しい方だと思いましたわ。


 帰りの船の中、フルオリーニ様への思いを口にしたわたくしに、お父様はまるでとっておきの宝を得たかのように喜ばれた。ユーリン国にとってサンリオーニ国は大国であり友好国。その国の三大公爵と縁を結べば港を持つリンドバーグ家にとっても僥倖。


 それから三年、お父様は様々なコネとお金を使い、リンドバーグ侯爵家の地位を高め固めた。


 その結果、再びわたくしはサンリオーニ国を訪れることができた。それもフルオリーニ様と婚約を結ぶために。


 それなのに、初めて訪れたコンスタイン邸で見たのは侍女の腕を掴むフルオリーニ様。


 扇を持つ手が震え、身体の奥からドロドロとした黒い感情が込み上げてくる。相手の侍女は銀色の髪を一つに纏めて碌に化粧もしていない地味な女。それなのに庇護欲を誘う小柄な身体と大きな瞳で、フルオリーニ様を媚びるように見上げる。


 どこの国にもいるのね、ああいう身の程知らずの女は。わたくしが声を掛けると慌ててフルオリーニ様から離れたけれど、侍女の癖に図々しいにもほどがある。


 そして、その女の神経はわたくしが思っていたより随分と鈍いようで、あろうことが皇家主催の夜会にまで現れた。どうせあの紫色の瞳に涙を浮かべ媚を売ってお優しいフルオリーニ様を困らせたのでしょう。

 

 きっとフルオリーニ様はあの女に騙されているのだわ。わたくしがもっと早くサンリオーニ国に来ていればこんなことにはならなかったのに。


 しかも、その女は厚かましいことにフルオリーニ様とファーストダンスを踊った。これには心の広いわたくしの堪忍袋も限界で。


 ああいう勘違い女は馬鹿だから何を言っても理解ができない。フルオリーニ様のためにも排除しなくては。今だって下手なダンスでフルオリーニ様まで失笑されているじゃない。

 わたくしは会場で待機していた護衛の元へと向かう。


「フルオリーニ様とダンスを踊っている女を連れ去りなさい。誘拐した人達と一緒に異国に売り飛ばしましょう」

「畏まりました。リンドバーグ侯爵様からも、コンスタイン公爵家との婚約を実現させるためには手段を選ばなくて良いと言われております」


 この婚約はすでにわたくしの思い以上の理由を含んでいる。お父様がそのために、何をしてきたのかは知っているけれど、平民の命など取るに足らないもの。異国の作物を仕入れ売り捌くのと大差ない。

 

 私はダンスをしながらあの女を見ると、コンスタイン公爵様と話をしていた。きっと立場を知れと怒られているのね。いい気味。


 そのあとのことは、フルオリーニ様ばかり見ていたから分からない。ダンスのあとはおしゃべりを楽しもうと思っていたのに、フルオリーニ様はすぐにどこかに行かれてしまった。さらに、皇族の方も何やら慌て始め、夜会の途中にも関わらず皆様退席されてしまった。


 楽しみにしていたのにと、とてもガッカリしていると、次の日フルオリーニ様から手紙が。


「まあ! なんて事!! フルオリーニ様からデートのお誘いですわ」


 私の言葉に侍女は素早く動き、クローゼットの扉を開ける。


「ナターシャ様の魅力にやっとお気づきになられたのですよ。さあ、ドレスを選びましょう。お出かけ先はどちらでございますか?」

「それが書かれていないの。サプライズですって、ふふ」


 私を喜ばせようと、いろいろ考えているのでしょう。やっぱりあの侍女と離れさせたのは正解だったわ。


 夕方、真っ赤なドレスに身を包み、フルオリーニ様を待っていると現れたのは公爵家の馬車。降りてきた御者は済まなそうに頭をさげ、


「フルオリーニ様は仕事の都合がつかず、お迎えにはこれません。直接ある場所に向かいますので、こちらの馬車にお乗り頂けませんでしょうか?」

「まあ、エスコートなしで行けというの」


 私の批難に御者はさらに頭を下げる。でもここで我儘を言っても仕方ない。ある場所がどこかを聞くのも、私を驚かせようと頑張っているフルオリーニ様に失礼でしょう。


 フルオリーニ様がいないので、護衛達と一緒に馬車に乗り向かった先は港だった。

 なんていう偶然、と思わず笑いが込み上げてくる。あの女の最後をフルオリーニ様と見届けるのは悪くないわ。


 護衛のエスコートで船着場に行くと、正装に身を包んだフルオリーニ様が二人の男性と話をしていた。その内一人は騎士服を身につけている。


「フルオリーニ様」


 声を掛ければ三人の男性が同時に振り向き、わたくしをじっと見てくる。ふふ、今宵のために随分着飾ってまいりましたからね、見惚れるのも仕方ないわ。


「ナターシャ嬢、お迎えに行けず申し訳ありません」


 頭を下げるフルオリーニ様の隣で残りの二人も胸に手を当て紳士の礼をする。


「お忙しいのですから仕方ありませんわ」

「お誘いしたのはディナークルーズです。もう少しだけお待ちください」

「まあ、ディナークルーズ! 一度乗船したいと思っていましたの」


 私の言葉にフルオリーニ様は満足そうな笑みを浮かべたあと、再度二人の男性と向かい合う。


「ヘンデル、お前の情報には感謝する」

「恐れ入ります。アメリアの恩人の頼みですので、できる限りのことは致しました。とはいえ何のためにお知りになりたいのか疑問には感じております」

「詳しい話はクロードから聞いてくれ。全く、頭の硬い大人が多くて話を通すだけでも夕暮れになってしまった」


 眉を顰めるフルオリーニ様。話している男は知らないけれど、隣にいる騎士は確かご学友のはず。その騎士も同様に眉間に皺を寄せている。


「荷夫は日が沈むと帰りますからね。ヘンデルが情報を集めてくれていなければ手遅れになるところでした。では私達はこれで失礼いたします」


 そう言うと二人は忙しそうに人混みに消えていった。話している内容の意味は分からないけれど、わたくしには関係のないこと。


「では行きましょう」


 出された腕に指を絡め、銀色の瞳を見上げながらにっこりと微笑む。


「はい。あの、護衛達も一緒に乗船できますでしょうか」

「もちろん、外出の際に護衛を欠かせないことは父上からも聞いております」


 ということは、このナイトクルーズは公爵様もご存知のこと。ああ! きっと船の上で求婚なさるおつもりね。ではこれは、私達の新しい船出ということですね。

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