第44話最終章.6


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 昨晩の夜会でココットが突然姿を消した。


 最後に見たのは父上と話しているところ。

 ナターシャとのダンスを終えると、まだ何か言いたげな彼女を残しすぐに料理が並んでいるテーブルに向かったけれどいない。会場中を見回してもいなく、念のために庭も探したがそこにもいなかった。だが、庭の端のベンチの上に置かれたココットの刺繡入りのハンカチを見つけた。


 一体どういうことかと、父上のもとに向かいココットに何を話したのか聞くも、初めは答えてすらくれない。ココットが姿を消したと言うと、珍しく、一瞬だが顔色を変え、やっと会話の内容を教えてくれた。


 聞いた内容は想像以上に酷いもの。

 そんな話を聞かされたのなら、自分の立場を考え先に帰ったとも考えられる。

 後を追って帰るか、もう少し探すべきか。

 悩んでいるとき皇族たちが急に動き始めた。


 父上が素早く国王の傍に行き、何やら話したあと俺の方へ戻ってくる。

 その顔は先程よりこわばっていて、何か起きたのかと身を固くする。


「フルオリーニ、皇族の護衛にあたっていた魔法使いが一人姿を消した」

「魔法使いが? それはココットと関係があるのですか?」

「分からない。だからココットのことは話していない。皇族の方は今から城へ戻られるのでお前はサミエル様の護衛に付け」

「ですが、ココットが!」

「ココットは転移できる。命の危険はないだろう」


 父親を殴りたいと思ったのはこの時が初めてだ。

 しかし、その横顔に浮かぶ苦渋に満ちた顔を見て拳をおさめた。


「消えた魔法使いとは?」


 俺の問いに返ってきたのは聞いたことのある名。

 まさか、彼女が魔法使いだったなんて。



 それから俺は公爵邸に帰ることもできず、ずっとサミエル様の護衛をしている。


 聞き込みの結果、クルルの姿を庭で見たという証言が出てきた。その場所はココットのハンカチがあったベンチの傍。

 こうなると、二人は揃って同時に事件に巻き込まれた可能性が高い。


 先輩騎士のいる手前、できるだけ平常心を保っているが、本音を言えばいますぐココットを探しに行きたい。しかし、城にいたほうが早く情報を得られるかも知れない。


 いつのまにか苛立たし気につま先が床を叩いていた。

 そんな俺を心配そうにサミエル様が見てくる。


「フルオリーニ、ちょっと外の様子をみてきてくれ」


 俺を気遣ってか、サミエル様が外へ行くよう促してくれる。


「畏まりました」


 一礼をして部屋を出る。出た所で行く場所はないのだが。

 気分転換でもしてこいということだろうが、そんな気にはなれない。

 馬を飛ばして一度コンスタイン公爵邸に戻るか、もしくは父上のところに行ってみるか。


 そう考えていた時、廊下の向こうから見知った顔が近づいてきた。手には薄汚れた麻袋を持っている。


「クロード、どうしたんだ? お前は今日、街の警邏に行く予定だったのでは?」

「あぁ、今から行ってくる。さっきライリーが訪ねてきて、これをお前に渡してくれと頼まれた」


 クロードは麻袋を俺に手渡す。なんだこれ? 

 それにその嫉妬深い視線、俺はライリーとほとんど話したことがないし、こんなもの頼んだ覚えもない。


「これはなんだ?」

「なんでも『裏路地の魔法使い』に頼まれたらしいんだが、俺も中身はみていない」

「!! ちょっと来い」


 クロードの腕を掴み空いていた部屋に入ると、手近な机に袋の中身をぶちまける。

 出てきたのは大量の紙の束。これはいったいなんだ?


「フルオリーニ様、これは?」

「俺にも分からん」

「あっ、手紙が一通入っていますよ」


 クロードが四つ折りにされた紙を手渡してくる。

 受け取り広げると、そこには歳より少し幼い見慣れたココットの文字。

 震える手も構わず文字を目で追うと、そこには昨晩ココットの身に起こったこと、今どこにいるか、何をしようとしているか、何をして欲しいかが簡潔にまとめられていた。


「なんてことだ。俺のせいでココットが……」

「ココット? フルオリーニ様が惚れている侍女がどうかされたのですか?」


 クロードとは学園に入る前から親しく、そのためココットとも面識があった。

 だから、俺がココットと一緒にいる時間が欲しくて事務員をさせていたことも知っている。


「港の倉庫に監禁されている」

「! なんてこと!! それなら騎士団長に報告してすぐ救出に……」

「待て! あいつはそれを望んでいない。とにかく……俺はサミエル様と父上にこのことを報告に行く。クロード、街の警邏は誰かに変わって貰い暫く待機していてくれないか? 上層部との話がついたら力を貸して欲しい」

「分かりました」


 詳しいことを聞かずに頷いてくれるのは俺のことをよっぽど信用しているからだろう。

 俺もココットの言葉なら何でも信じる。

 それが根拠の少ない推測であっても。

 あいつが見たもの、考えたこと、感じた違和感、全て信じる。


 俺達は部屋を出るとそれぞれ別々の方向へと走り出した。

 

 それにしてもまさかこんな事態になるとは。

 渡された手紙に書かれた最後の言葉。


『裏路地の魔法使い作戦はやっぱり正しかったんです』


 知るか。行き当たりばったりのくせに。

 あぁ、今すぐあの銀色の髪をぐしゃぐしゃに撫で抱きしめたい。

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