第24話ココットとフルオリーニの出会い.2
学園を辞めたところで私の朝は変わらない。六時に起きて髪をさっと梳かし首の後ろで一つにまとめる。侍女として与えられた部屋にある家具はベッドと小さなテーブルと椅子のセット。それからドレッサーと呼べるか微妙な程度の鏡のついた小さな机。椅子はテーブルセットの物と兼用。
綿のざっくりとした寝着を脱ぎ、濃いグレーのワンピースを羽織って白いエプロンを付ける。化粧は白粉を軽く叩き、薄く紅をさすだけで一分もかからない。
時計は六時十五分。ご主人様を起こしに行く時間だ。
トントンとノックをすると眠たそうなご主人様の声でお返事が。
中に入ると、ベッドサイドの水差しからコップに水を注ぎ手渡す。
「朝食はどうしましょうか?」
「午前中は訓練だから軽めにしてくれ」
答える顔は顰めっ面。この秋から騎士団に入団したご主人様。与えられた任務は護衛だけれど、新人だから勤務時間の半分以上は訓練に当てられる。
サッと上着を脱いだその背中を盗み見ると、腕や肩、背中にうっすらと痣がついている。
「ご主人様でも敵わない相手がいるのですね」
「新人相手なら問題ないが、ベテラン騎士には学ぶことも多い。というか、じろじろ見るな、恥じらいはないのか」
「良く鍛えられた体躯ですので恥じらうことはありません」
「違う! お前が恥じらうんだ」
私がご主人様の侍女になってすでに八年、今更何をはじらうことが。
とはいえ、上半身以外を脱がれるのはさすがに気まずいので退出することに。
「あんなに小さかったのに、大きくなられたなぁ」
私が侍女になったのはご主人様が十歳の時。私と変わらなかった身長はぐんぐん伸び、今では見上げる首が痛いほど。細身なのに鍛えられた体躯は努力の積み重ねで、将来が本当に楽しみだ。
調理場に行ってご主人様のご要望を伝え、温かいミントティーを用意する。それらを持ってダイニングに向かえば、ご主人様はすでに食卓についていた。転移で動けば早いのだけれど、私が魔術を使えることは使用人達は知らないし、魔術封じの護符も貼られている。
「お待たせしました」
「あぁ、って多いな。ちゃんと伝えたか?」
「はい、訓練が厳しいならきちんと食べないと、と言って用意してくれました」
「食っても吐いたら意味ないんだよな……」
深いため息をはいて頭を下げるご主人様。訓練は相当厳しいようで。
私は角を挟んで斜め向かいの席にいつものように座ります。そう、いつもの定位置。
「とりあえず食べましょう、冷めちゃいますから」
「お前はスコーンとサラダか。さすがにダイエットを始めたようだな」
ご主人様が私の朝食を見ながらニヤニヤします。図星なだけに何も言い返せないのが悔しい。
「ご主人様、いい加減お一人で食事をするのに慣れてください」
「嫌だ。俺は誰かと話しながら食べたいんだ」
コンスタイン公爵様は重役出勤ということもあり朝食は九時頃。仲の良い公爵夫人も同じ時間に食事を摂られる。仲が良いから朝が遅いとは誰も言わない、暗黙の了解だもの。
昨年までは妹のクリスティーナ様もご両親と同じ時間に摂られていたけれど、今年学園に入学されたのでフルオリーニ様が食べ終わった頃に食卓に来られる。
フルオリーニ様は、一人で食事を摂りたくないからと私に一緒に朝食を食べるように命じたのだ。
「私とて、ご主人様と同じテーブルに着くのは抵抗があるのですよ」
「全くそうは見えないがな」
「食べないならクロワッサン貰っていいですか」
「抵抗どころか遠慮もないな」
そう言いながらも私のお皿にクロワッサン乗せてくれる。私はお礼に私は眠気覚ましのミントティーをカップに注いであげましょう。
「学園に行かなくなって日中暇だろう」
「そうですね。ご主人様がいないのですることがありません。ですから奥様のお手伝いをしていることが多いです」
「母上のか? 具体的には?」
「奥様がされている領地運営のお手伝いです。書類整理とか必要な資料を集めたりとか、簡単な計算とか」
「…………」
フルオリーニ様が額に手を当て眉間に皺を寄せる。
「何勝手に公爵夫人教育してんだ……」
「えっ、すみません。何て仰いました?」
ボソボソ呟かないでください、と抗議したら「こっちの話だ」とぶっきらぼうに言われてしまう。ま、私に関係ない話のようなのでいいですけれど。
「父もあれぐらい考えが柔軟だったら楽なんだけれどな」
「確かに旦那様は古風なところがありますよね。でも、格式とか家柄とかに重きを置くのは公爵家当主として間違っていませんよ」
三大公爵と言われて世間から一目置かれているけれど、権力争いと無縁ではない。もう一つの公爵家当主は宰相を、残り一つ当主は外交を担っている。その中でクリスティーナ様とサミエル様の婚約の意味は大きい。
そんな話をしているとダイニングの扉が開いてクリスティーナ様が入ってこられた。
「クリスティーナ様おはようございます」
すっと席を立った私に、クリスティーナ様は座ってと手を上下される。でも、その言葉に甘えてはいけないことも分かっている。もう食べ終わったし。
「すぐにクリスティーナ様のお食事を用意します」
「それは私の侍女に頼んだからいいわ。それよりお兄様、時間は大丈夫?」
壁ぎわに置かれた私の背丈より大きい時計の針をクリスティーナ様が指差す。
「しまった。もうそんな時間か!」
フルオリーニ様は席を立つと早足で玄関へと向かわれる。私もお見送りのために後に続く。
「ご主人様、明日の朝は私いませんから食事もお一人で摂ってくださいね」
「ではこれから実家に帰るのか」
「はい。お休みを貰いましたから祖父に会ってきます。明日の夕方には戻ってきます。では行ってらっしゃいませ」
深く頭を下げるとご主人様は玄関先に待たせていた馬車に乗ってお城へと向かわれた。馬車が見えなくなるまで見送ってから邸へと戻り、自分の部屋に行くと荷物の入った斜めがけの鞄に頭と腕を通す。
「さて、では私も行きますか」
旦那様達はまだ眠っているかも知らないし、昨晩ご挨拶したのでいいでしょう。
ダイニングで食事をされているクリスティーナ様にだけご挨拶をして、私は辻馬車を拾える大通りに向かって歩いていく。
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