第23話ココットとフルオリーニの出会い.1


「フルオリーニ、仕事は慣れたか?」


 護衛対象である第三皇子、サミエル様が本日最後の書類にサインをし、側近に手渡しながら聞いてきた。


「はい、と言いたいところですが、まだ慣れそうにありません」

「そうか? 堂々とした佇まいからそうは見えないが」


 やれやれ、と伸びをしながら指先で執務机の隣のソファを指差す。ひくっと頬が引き攣りそうになりながら、仕方ないなとソファに向かう。


 サミエル様と俺は二歳違い。

 父が三大公爵のひとりで騎士団総団長となれば、国王ともそれなりに親しい。そのせいか、俺とサミエル様とは幼馴染みで学生の頃は敬称なしで話をしていた。


 学園を卒業し護衛騎士となったからには、一線を引いた付き合いをと思っていたのだが、相手は違うようだ。


「後の者は扉の外で待機せよ」


 先輩騎士にそう命じながらソファにどかりと腰掛ける。中肉中背、赤みがかった茶色い髪と王族特有の金色の瞳。本人曰く、目の色以外は至って普通。平均的な頭脳と剣の腕、野心はなくいずれ臣下降格されるその日をのんびりと待つという、毒気のない性格だ。


「何をしている、座れ」

「新人相手に特別扱いは止めてください。仕事がしづらくなります」


 やれやれ、と腰をおろすと敬語も止めろと言ってくる。人の話を聞かないところはあの侍女とよく似ている。


「騎士の間にも嫉妬や足の引っ張り合いはあるらしいな」

「分かっているならマジで止めてくれ」

「俺が止めたところで何も変わらんだろう。お前がコンスタイン公爵家の嫡男で総団長の息子である限りそれらは付き物だ」


 他人事だとははっと笑う。

 確かにそれらの肩書きは幼い頃から付き纏ってきた。そして、それが分かっているから、剣の腕を磨いた。


 騎士に求められるものは文官などより分かりやすい。強さ、それに限る。勿論頭も必要だが、とりあえず剣の腕が立てば悪態つかれることも絡まれることも減るので、訓練だけは熱心に取り組んだ。お陰で、入隊早々に新人達だけで行われた剣技会で優勝することができた。


 暫くは落ち着いた環境で仕事ができると思っていたら、旧友の護衛だから世の中うまくはいかない。


「それで? 俺を労うためだけに残らせたのか」

「いや、違う。さすがに俺でもそこまで空気を読めないわけないだろう」

「では、内密の任務? 新人にか?」

「それも違う。いくらお前が腕利きでも入隊して一ヶ月のやつにそんなこと頼まない」


 では、何のために。

 嫌な予感に金色の瞳の奥を覗き見るが、すっかり皇族が身についた男からは何も読み取れない。


「お前にユーリン国の侯爵家から縁談がきている」


 予想外の言葉に思わず立ち上がりそうになった。

 大きく深呼吸して、怒りや焦燥といった様々な感情をのみこみできるだけ頭を冷やす。


「どうして俺に」

「別段不思議はないだろ。以前からあの国とは親交があるし、今までにも上位貴族の縁談はあった。俺の妹がユーリン国の公爵家に嫁ぐだろう、その流れで今度は侯爵家の御令嬢が我が国に嫁ぐことが決まっただけだ」 

「……それでどうして相手が俺なんだ。皇女が嫁いだなら、皇族が娶れば……」


 そこまで言って頭を抱え込む。


「そう、皇族が娶ればよい。だが、兄上二人は既に結婚しているし、俺には可愛い婚約者がいる。そうだろう、義兄さん?」

「止めろ、こんな時だけ兄と呼ぶな」 


 妹とサミエルとの婚姻が持ち上がったのは二年前。そして、俺の曽祖母は皇女なので、俺も皇族の血を引いている。


「相手の御令嬢は十八歳。独身、婚約者なしの皇族を篩いに掛けたらお前しか残らなかった」

「……それは決定事項なのか?」

「ほぼ。近々二人を会わせようと国皇が話をしていた。ただし正式には一ヶ月後の国皇主催の夜会になるだろう。そこでお前が侯爵家御令嬢をエスコートしてダンスを踊る。あとは流れるように婚約へと」

「出来レースか」


 苦虫を噛み潰すように呟くと、サミエルがふっと唇をあげる。


「お前にこのタイミングで話したのは俺の独断だ」

「そうなのか? 何のために……」

「何のために? 決まっているだろう。親友の幸せのためだ。あと一ヶ月、どうにかして解決しろ」


 チッと舌打ちしてしまったが、サミエルは顔色を変えることはない。


「どうしてそれを知っている」

「可愛いクリスティーナから聞いた」


 出てきたのは妹の名前。

 何故クリスティーナが俺と父親との間で交わした約束を知っているのか。豪剣で知られている父だが滅法娘に甘いから、妹の手のひらで転がされ話したのかもしれない。いや、溺愛する母経由の可能性も。

 うん? ちょっと待て。それなら家族全員がこのことを知っているってことにならないか。


「俺達はお前が外堀を埋めにかかっていることも知っている」

「その俺達とはどこまでを含むんだ?」


 ニヤリと笑い身を乗り出した悪友は俺の質問に答えない。


「惚れてるんだろう?」

「ああ」


 ここまできたら隠しても必要ない。


「さすが騎士。潔いな。それで手放したくないんだろう?」

「いや、手放すも何もあいつは俺の傍を離れない。一生侍女としてついて来るつもりだ」

「それは……ある意味、難関だな」

「ああ、俺が欲しいのはそういう意味じゃないからな」


 ココットに結婚を申し込みたいと父親に伝えたのが一年前。しかし、ココットの生まれは男爵家。

 

 この国サンリオーニでは爵位によって結婚できる身分が決まっている。公爵家なら王家、侯爵、伯爵までで男爵家との婚姻は認められていない。通常通りなら。


 しかしやり方ならある。ココットが婚姻を許されている爵位の貴族の養女となればよいのだ。


 ココットを口説き落とすのは勿論だが、その前に婚姻が許される状況にはしておきたい。あいつを口説いた後に二人で父に頭を下げるのではなく、俺一人だけでやり遂げたかった。


 そう思い父親を説き伏せようと努力してきたが上手くいかない。しかし粘りに粘り根負けした父親が条件を一つ出してきた。それが「手柄を立てろ」だった。


 総団長の父親が抱える問題はいくつかあるが、そのうちの一つを解決できたなら、俺を一人前とみなし意志を尊重するという。


 それなら、と最近王都を騒がしていた女子供の連れ去り事件を解決すると啖呵を切った……までは良かったのだが、状況は芳しくない。


 仕方なく、本末転倒だと思いながら、ココットに情報収集を頼んだら、なぜが『裏路地の魔法使い』がベストセラーになった。何やってんだあいつは。ついついまとめ買いしてしまったじゃないか。


「俺、思うんだけど。外堀ばかり埋めないで内側からもしっかり抑えにかからないとダメなんじゃないか」


 そう言いながらサミエルはソファのクッションの裏から青い表紙の本を出してきた。俺の部屋に何冊もあるあれだ。


「いや、クリスティーナから渡されて読んだけどさ、相変わらず独自の方向性で生きてるよね、ココットちゃん」

「それがあいつのいいとこだ。それからその呼び方は止めろ」

「可愛いよね。紫色の大きな瞳にさらさらの銀色の髪。思わず触りたくなっちゃうもん」

「殺すぞ」

「こわっ、護衛の癖に」

「なら妹に告げ口する」

「ごめんなさい、義兄さん」 


 ふざけた男を睨みつけ立ち上がる。これからのことを考えなくては。

 立ち去る俺の背後から悪友の声がする。


「俺にできることがあったらいつでも言え」

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