第18話カトリーヌと裏路地の魔法使い.5

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 俺はいったい何をしているんだ。

 カトリーヌが着ていた赤いドレスを探すもどこにも見当たらない。今は船から降りた人達で混み合っているがこんな場所に長居する者はいなく、皆馬車に乗ってあっと言う間にいなくなってしまう。


 その流れにのって彼女も辻馬車を拾ってくれればよいのだが、もしそうでなかったら危険だ。


 ここは港、細い路地に空き倉庫もあるし船に連れ込まれたら異国までいくこともありえる。

 出航時に港湾騎士による船内監査が行われるとはいえ、女一人ぐらいなら監査を誤魔化すことも不可能ではないかもしれない。


 港には港湾騎士の詰所もあるが、連れの女が居なくなったから探すのを手伝って欲しいと頼むなど公私混同も良いところで。


「俺一人で探すか」


 帰ったのかも知れない。それならそれで良い。だが、朝日が昇り港が賑わい出すまではここにいようと思う。彼女に何かあったら、それを考えると不用意なことを口にした自分への怒りで体が震える。


「あんなに楽しそうに働いて、仕事を続けたいと願う彼女に、仕事を辞めて異国についてきて欲しいなんていえるか」


 人の倍近く長くいた国境警備から呼び戻されて一年。やっと王都の生活も落ち着き、将来のことを考えられるようになったと思ったら、突然上司に呼び出された。コンスタイン総団長は少し白色が混ざった髭を後ろに撫で付け、俺に第三王女の護衛としてユーリン国に行くように命じた。


 どうも侯爵家の三男は扱いやすい物件のようで。身分は高いが跡を継ぐ必要はない、妻も子もいない自由な身、おまけに勲章持ちと有ればこれほどの適材はいないと言われてしまった。


 命令は絶対。そうだ、この際前向きに捉えカトリーヌに結婚を申し込もう。ユーリン国は移民も多いし、働く女性も多い。そして何より彼女を手放したくない。


 そんな意気込みで挑んだディナークルーズだったが、彼女の口から出たのは仕事への真摯な気持ち。自立し自分の道を歩む彼女が好きだからこそ、俺の都合でそれを諦めさせたくない。


 楽しかった食事の味が急に分からなくなり、砂を飲み込んだように舌の上でざらつく。それをなんとか胃に流し込み、甲板で花火を見ながら思ったことは、カトリーヌらしく生きて欲しいということ。


 だから、これで会うのは最後にしようと決めた。胸ポケットに入れた指輪をつけた彼女を見たかったがそれは俺のエゴにしかすぎない。


 だが、あのタイミングで言うべきではなかった。

 一緒にいると、どんどんカトリーヌに惹かれてしまう自分の気持ちを抑えるために言ったことがこんなことになるなんて。 


 頭の端でそんなことを考えながらも、目線は大通りから暗闇に伸びる細い路地へ。慎重な彼女がここに自ら入るのは考えづらいけれど、連れ込まれたなら。


 そう考えると、全身から嫌な汗が噴き出る。堪らなくなって俺はその暗闇に足を踏み込んだ。

 すると闇の奥で佇む小さな人影が。


「誰だ、そこにいるのは!」

「ひっ!!」


 しゃがれた声と同時に振り向いたのは頭から外套をすっぽり被った老婆。見るからに怪しい。それになんだか妙な甘い匂いがする。


「フードを取れ! それから手を上に」


 老婆はおずおずとフードをとり、その皺だらけの顔を露わにすると、次いで両手を高くまっすぐ・・・・・・上げた。


「わ、わしは占い師じゃ。怪しい者では……」

「充分怪しいだろう。こんな人通りのないところで店を開いてどうする」

「たまたま、今日は人がいないだけで」

「俺は騎士だ。そんな言い訳通用するか! この辺りは治安が悪い。人攫い、密売、密輸、それらの仲買人。お前の役目は?」

「占い師です」


 しゃがれてはいるが先程までと違い冷静な声音に変わった。

 また一つ、俺の中にある可能性が高まる。

 こいつは敵か、無害か、丸腰の俺で対応できるか。


「騎士様、赤い髪の女性をご存知かな?」

「なっ! 彼女に何をした!」

「何も。ただ、ほれそこ、今あんたが立っているところで泣き崩れていたから少し話を聞いただけじゃ」

「そのあと、彼女はどうした?」

「辻馬車を拾うと言って、あちらの通りから大通りへ向かった」


 老婆は俺の右横の路地を指差す。今俺がいる路地より少し広く、比較的ゴミの少ない道。無意識に歩きやすい道を選んだのか。


「早く追いかけた方がよい。この辺りは治安が……」


 老婆は途中で言葉を止め、手のひらをこちらに突き出し紫色の瞳を大きくする。


「おい、どうした?」

「しっ、静かに。今悲鳴が聞こえなかった?」


 細い路地の向こうの闇のそのまた向こうに目を凝らす。凝らしながら老婆の気配にも注視すれば、胡乱な瞳と気だるげな雰囲気は消し飛んでいた。

 

 彼女を気にかけている様子から推測するに悪党ではないだろう。立ち居振る舞いから見てこいつは素人だ。しかしただの素人ではない。


「占い師ではなく魔法使いか。能力は擬態」

「何のことかねぇ?」


「今更わざとらしい話し方はやめろ。あのな、年寄りってのは関節の可動域が狭く愚鈍になるんだ。あんなに真っ直ぐ腕が上がるか」


 目が彷徨い動きがとまる。


 王族やそれに近い身分の人間の中には、魔法使いを囲い影として育てる者もいると聞く。護衛、情報収集、時には暗殺と用途は様々だけれども、少なくとも今目の前にいる奴はそのような教育を受けていない。


 魔法使いを持ちながら、何も教えないなんて金持ちの道楽を通り越してるぞ。 

 雇い主は誰だ、そう聞こうとした時


「キャー」


 今度ははっきりと聞こえた悲鳴。俺は反射的に声のする方へ走り出すと、老婆も必死で後を追ってくる。


「なぜお前もくる」

「彼女を助けたいからよ」


 話し方からして女か。

 しかし今はそれどころではない。

 俺は女に構うことなく走る速度をあげた。

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