ペペッシュ! 呪いのひよこと可憐な柄悪冒険者

sorasoudou

1 再会と出会い





 お月様色の髪、青く澄んだ瞳。宝石のごとき瞳を縁取る、華やかなまつげ。緩やかに弧を描く、ふっくらとしたくちびるは春の訪れを告げる花のつぼみの色をして、頬は木漏れ日を受け、ほんわりと艶やかに輝いていた。


 ふんわりとまとめた髪が掛かる丸い肩は華奢なように見えて、ほどよく引き締まり、力強く動く。

 やわらかな革のロングブーツで形が分かる足も同様だ。彼女が深窓しんそうの令嬢でなく、健康的に野山を駆け回る暮らしをしていることをうかがわせた。


 小鳥のさえずりと蝶々たちが飛び交う中、森をひとり歩む姿は、使い込んだ冒険者用の装備でさえ、姫君の遠出の装いに見せる。




「ああっ! くそッ! とげ刺さった、不覚!」




 がらの悪い悪態で己の可憐さを自ら台無しにし、マアルーンは血がにじんだ中指をくわえた。


 ほっそりとしてやわらかそうな指をくわえた姿は、お手製ケーキのクリームの味見をしているように見えなくもない。

 ところが実際にマアルーンが作るケーキは、粉と卵と砂糖を適量と、その辺の食べられるものを適当にぶち込んだだけの固焼き保存食だ。


 それを作っている時でさえ、彼女のことを姿形でしか知らない者からすれば、マアルーン・ペペッシュは、守ってあげたい可愛らしさと天使のごとき尊さで出来ているのだと見間違えるだろう。

 ただしそれも、悪態が彼女の可愛らしいおくちから発せられるのを聞くまでの、束の間の夢幻ゆめまぼろしだ。



「ちっ! ヤドク草だったら死んでたとこだったじゃん。このとげに刺されるとか、あたしもまだまだ、ひよっこだなあ。死んだじいちゃんが化けて出そう。まあ、出たら出たで、可愛い孫の眠りを邪魔するなって怒るけど」



 ぶつくさ言いながらマアルーンは木に絡まるつたの、とげの根元に咲く、薄紫の小さな花を摘んで布袋に集めていった。

 花をあらかた摘んだら、次は草。木々の根元の陽だまりの中に生えている、ただの草としか言いようのない葉っぱを引きちぎり、別の布袋へ詰めていく。



「なんか懐かしいなあ、この森のこの感じ。初めて依頼受けた時のこと思い出すからかな? 良いんだよね、この森の地味すぎるとこも落ち着くし」



 マアルーン・ペペッシュはいっぱしの冒険者として久々に、王都近郊の森へと戻って来ていた。

 初心忘れるべからず。冒険者御用達の薬草水を生成するための、素材集めの依頼を受けたからである。


 薬草水は切り傷、火傷、腹痛、打ち身、その他もろもろで広く使われている一般的なものだ。冒険者もしょっちゅうお世話になっている、安くてもよく効く薬だった。

 王都近郊にはこの薬草水の材料になる草花が繁殖していて、冒険者の初級依頼には採取ものが圧倒的に多い。


 ちょっと仕事に慣れてくると偉ぶるような馬鹿な冒険者が馬鹿にしがちな、こうした依頼。報酬は少なくても、みんながすぐにも必要としていて生活に根差した細々とした依頼こそが、人々と冒険者の暮らしを支える大切な仕事だとされている。

 冒険者になりたての者たちが必ず、仕事に慣れるまでは初級依頼を受けるようにと推奨されるのは、そんな理由だ。



 その中でも薬草採取依頼は、すべての人たちの健康を守ることに繋がる重要な仕事でもある。それゆえに、こういった依頼をきちんと丁寧にこなす者こそ真の冒険者だと、世間の人々からは敬われていた。


 その上、マアルーン・ペペッシュは、この容姿ときている。


「うちのお国にお姫様がいたら、マアルーンちゃんみたいな真面目で優しい子なのかしらねえ」とは、マアルーンが行きつけにしている王都の軽食屋のおばあさんの言葉だ。

「見た目だけは、ぴったりなんだけどねえ」と続くところまでが、お決まりになっていた。



 お歳のせいで薬草水の世話になることも多いおばあさんのためにもと、二か月ぶりで帰郷してすぐに、マアルーンは王都の側の森に来ていた。これまでも別の仕事の合間などに、各地で採取依頼をこなしている。

 冒険者としての生活を支えるという理由だけでなく、途切れることのない小さな依頼とその報酬を大切にしているのは、マアルーンには冒険そのもの以外にも、大きな目的があるからだ。



「さて。このぐらいで良いかな?」



 中と小の二つの袋の口紐を引いて縛り、腰の鞄に仕舞う。伸びをして、心地良い風の吹き抜ける森の木々を、マアルーンはにこやかにながめた。


 こうして自由を謳歌おうかしていると、本当に冒険者になって良かったと、マアルーンは心から思う。

 ひとり自由に、どこへでも行ける気ままな日々。これ以上ないくらいに、この二年は最高だった。


 これからもきっと、夢に見た冒険者として暮らしていく。未知の場所、素晴らしい景色、心躍る冒険が行く手に待っている。人生は、これ以上ないくらい素敵なものになる!



 そこで彼女は声を聴いた。心地良い風を台無しにする、厄介者の叫びを。




「ペペーーーーッシュ!」




 嫌味な、あいつの声である。当然、マアルーンは振り返り、すぐさま怒鳴った。




「その名で呼ぶなと言ったろうが!」




 実は乱暴な口調が許される相手でないのだが、いじわるの被害者マアルーンにはそれが許されている。


 幼なじみでありながら、相性が最悪の上流貴族の子息。マアルーンがこの世で最も尊敬する祖父を雇い、ペペッシュ家を下級貴族に取り立てた立派な先々代への恩を、完璧に台無しにしてくれた最悪の存在。


 事あるごとに対峙してきた不仲な二人の間では、このやり取りが常としたものだ。

 だから振り向きざまに怒鳴りつけた。幼なじみで最悪の男、マアルーンにとっての疫病神を……。





 ひよこ? やつは?





 そこにいたのは、ひよこだった。

 街などで見かける警備用の中型犬か、抱きかかえるのにも苦労する大型の猫くらいはある、大きなひよこだ。


 黄色い頭、にっこり笑って見えるくちばし、紺色の燕尾服えんびふくを着込んだようなほんのりとした模様を背負った、鳥のひな。かけどりとして乗用されている大型の鳥、キマルツバカケの、ひよこだった。



「はあ?」


「ぺぺ」


「なに? 今の声」


「ぺぺぺ」


「なんで、その声?」


「ぺぺーーッ!」



 ひよこはまん丸い瞳でマアルーンを見つめながら、とぼとぼと近寄って来ると、一気に飛び付いてきた。



「ペペーーーーッシュ!」


「呼ぶな!」


「ぴいっ」



 おびえつつも翔り鳥のひよこは小さな黄色い翼で、マアルーンの足にすがりつく。今の弱弱しい姿からは想像がつかないが、紛れもない、マアルーンの家名を呼ぶその声は、嫌味な幼なじみのものだった。




 あいつの声をした、ひよこ。ひよこの姿の、あいつ。




「あんた、まさか、呪われた?」


「ぴいぺえぴい!」



 そうだとでも叫んでいるのか、ひよこは鳴きつつ、ぴこぴこと首を縦に振った。



「まあ、当然でしょうね。あんたなら誰に恨まれてても仕方ないでしょうし」



 幼なじみにはまったく思い入れのないマアルーンである。呪いをこの目にした感想は辛らつだ。マアルーンは、ひよこに成り果てた幼なじみに言い捨てた。



「性根が腐ってるから、こうなるんだよ。自業自得だね」



 銀嶺ぎんれいの君などと、王子たちと肩を並べる愛称で呼ばれるような容姿はあれど、中身はひどいものである。

 それがマアルーンの幼なじみへの評価だった。



 由緒正しき宰相家の嫡男でありながら剣聖なる能力を授かった英雄の祖父譲りの才覚で、鍛錬もせずに強くなったのをひけらかし、何年と努力して剣術を学ぶ者たちを戯れに、あっさりと倒す。

 苦労してお金を貯め、高価な魔導書を手に入れた魔術学校の苦学生から、借金をちゃらにして生活を楽にしてやろうなどとほざき、気に入った本を倍額程度で買って取り上げる。



 そして、冒険者になりたいマアルーン・ペペッシュの邪魔を散々してきた報いを受けたのだ、ついに!



 喜びの雄叫びと共に拳を突き上げて飛び跳ねたい衝動を抑え、マアルーンは、ひよこを見やった。

 特徴的な長い銀髪を失い、どこをどう見ても、ひよこにしか見えない幼なじみの小さく羽を震わす姿に、自身の恨みをひとまず脇に置いて、マアルーンはため息を吐く。



「仕方ない。うちに送り届けてあげるわよ。冒険者としての役目でね」


「ぴーぴーぴー!」



 ひよこは抗議の鳴き声を上げながら首を振り、後退あとずさる。マアルーンは心底嫌になったと、可愛らしい顔をしかめて足元にたずねた。



「あんた、もしかして、勘当された?」


「……ぴゅいーいー」



 これだから上流風を吹かせてる奴らは。



 マアルーンは怒る。形の良い眉をぐっと寄せ、険しい顔をして見せるが、なぜかそれも愛らしかった。お気に入りのぬいぐるみが探しても見つからないのと、考え込んでいるだけにしか見えないのが不思議だ。


 ぬいぐるみなど側に置いてはおけない冒険者暮らしになる前からずっと、下町と上手かみてを行き来して育ったマアルーンは、階級だの何だのが好きではなかった。

 王都の金持ちと貴族連中が庶民や貧しい人たちに時折、無慈悲で辛い態度を取り、知りもしないくせに解った振りをして、間違った対応をするところを見てきたからだ。



 それでも、宰相を代々務めるレイゼンスター家は温厚で清廉、助けを求めるならば王様かここかと、民の信頼も厚い生真面目な一族だ。

 そんな家からすれば、配下の下流貴族とはいえ、一般市民に近しい者を足蹴あしげにするような子息は、ついに要らないとなったのだろう。

 しかも、呪われるような恨みを買う存在だ。跡継ぎにはしておけないと当主が思っても、それを恨むのは筋違いというものだ。


 と幼なじみの処遇をマアルーンは、さっさと結論付けた。



「あんたのこれまでの行いが招いたことよ。甘んじて受け入れな」


「ぴぴゅううぅ」



 情けなくうなだれる、ひよこの姿。呪いにしては温情がある方だ。さすがに可愛らしく、しょぼくれているひな鳥を放っておくわけにはいかない。




 そう、あたしは、こいつとは違う。


 このバカとは。この無神経野郎とは。この、お坊ちゃん育ちとは。この……この……。




 マアルーンは息を吐き、腰に手を当てた。

 可憐な少女が森の中で絵になるような姿を取っている。この姿を見て、ひよこにされた以上の呪いの言葉を幼なじみへ向かって胸中でつぶやいている最中だと気付く者はいるまい。

 ひとしきり胸の内で悪態をつき終わると、気が済んだマアルーンはようやく、ひよこに告げた。



「とりあえず、依頼のこともあるし、冒険者協会に寄るけど。そこでマスターに相談するから、あんたの処遇を決めてもらえるでしょ」


「ぴゅーぴゅーぴゅーっ!」



 何が不満か尖り切れてないくちばしを突き出し、ひよこは愚痴らしきものをたれている。それでも、とぼとぼと後ろを付いてくるひな鳥に目をやりつつ、マアルーンは先を歩いた。


 キマルツバカケという、希少な翔り鳥の一種の迷いひなを森で見つけるなど、本来であれば狂喜乱舞する、一生に一度もない幸運な出来事である。




 それがよりによって、中身があいつとか、あたしも呪われている。




 ひよっこと自分を自嘲したその直後に、呪われたひよこを拾うことになるとは、どんな成り行きだというのだろうか。マアルーンは澄んだ瞳で森の梢を仰いだ。


 いっぱしの冒険者として前途洋々であったはずのマアルーン・ペペッシュは、この日。

 幼なじみの成れの果て、呪われたひよこを拾ったせいで、とんでもない陰謀に巻き込まれることになろうとは、まったくもって思ってもいなかったのだった。








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る