第23話 ファーストキスは雫の思い出


 雫との付き合いは長い。


 とはいっても、中学生から含めておおよそ四年間。幼馴染というには短い。


 何度も交流を深めていくなかで、当然トラブルも多々あった。


 自分を折らず、突き進むタイプの雫だ。意見の食い違いから揉めるなんて珍しくない。


 そして、喧嘩以外のちょっとしたトラブルも起きたことだってある。


 例を挙げるとするなら。


 僕は、雫とキスをしてしまったことがある。





 * * *




 あれは中学二年生の頃だったと思う。


「きょうは十一月十一日! なんの日か知っているか!」


 雫は、そんな風に切り出した。この日は、細長いチョコレート菓子の記念日ということもあって、とあるゲームをしようという話になったのだ。


『菓子の両端をこの雫様とせいくんで咥える。スタートと同時に食べ始め、できるだけ多く食べた方の勝ち、というやつだ』


 有名なやつだ。パーティーの罰ゲームとして悪名高い。雫はやりたいといって引かなかった。


「他の女の子とやればいいものを」

「断られた。そして、男子は基本ダメだ。誘われてると勘違いされかねない」

「だから僕なわけか。誘ったところで勘違いされることもなく、自然にやれると」

「さすがはせいくん! よくわかっている!」


 そんな流れだった。


 このゲームをやる上で、都合のいい相手と思われたのはどこか引っかかるが、要望とあれば動くのが僕こと安田誠一郎である。


「さっそくやるけど、これって一瞬で終わるんじゃないかな」

「問題ない。一回勝負とはいっていない。一箱、つまり二袋使い切るまでやるのだよ。そうすることで運要素を排除した、実力勝負ができるというわけだ」

「もしかして他の子にも、何度も勝負するっていったの」

「もちろん! このゲームに命を賭けるつもりだからな!」

「本気の死闘じゃないんだから。そんなの断られて当然だろうよ」


 そこまで本気になるゲームでもないと思いながらも、僕らはゲームを始めたのだった。


「じゃあ、第一戦だ! 尋常になんたらだ」


 ポッキーを咥え、スタートの合図を待つ。


 それまでが少し大変だった。雫とは身長差があるので、中腰の体勢になって調整した。それでもなお、僕の方にポッキーの上端が傾いていた。


「よぉい、うぁーお!」


 咥えながらのスタート合図だったため、雫はすこし苦しそうだった。明らかに、ふたりだけだと本気でやるのには向いていないと感じた。スタートという側が有利に決まっているからだ。


 雫がハイスピードで食べ進めるものだから、僕は出遅れてしまった。みるみるうちに半分以上を雫が食べてしまったことになる。


 負けじと食べようとするも、もはや負けは確定というところで、途中で諦めてしまった。


 まだ多くが残っていたが、雫がストップし、一戦目が終わった。


「なんだ、これじゃ私が食べるのを眺めていただけじゃないか。本気で魂のぶつけ合いをしようじゃないか、せいくん」

「びっくりしたんだよ。あんな、リスがどんぐりを頬張る勢いで来られるとは思っていなかった」

「リスにたとえるとは、そんなに私がかわいかったのか」

「なりふりかまわず、本能で食らってたところがそっくりだったよ」


 なぜ、かわいいといってくれないんだ、と嘆いていた様子はよく覚えている。


「じゃあ、次こそは熱い戦いをしようじゃないか。いいな、せいくん。私の本気についてくるんだぞ」

「善処するよ」

「適当に答えるんじゃあない! ユーリア様なら追放命令を下していたと思う! 多分!」

「確信を持てないんだ」


 そういうわけで、流れるままに第二戦目に突入した。


 結果は敗北。雫が容赦という言葉を知らないのか、こちらに隙を与えない。


 そのまま、あっという間に一袋がなくなった。なんと、勝利数はゼロだ。


「おかしいじゃないか。これだと、単に私がお菓子を一袋食べただけ。チョコは肌荒れになるんだ。どうしてくれる!?」

「あまりにひどい八つ当たりだよ」

「私の計算では、どちらも負けを譲らないデットヒートを繰り広げるつもりだったのに」


 計算が大外れしていたのは、すこしかわいそうだった。もうすこし善戦できると思っていたのだが……。


 そういうわけで、戦いは二袋目に突入することとなった。


 事件が起こったのは、二袋目の最後だった。


「結局、私がほぼ一箱を食べ切る形となってしまった。やっぱりおかしい」

「さっきよりは成長したつもりなんだけどな」

「つもりはいらない! 勝利という目に見えた結果を求めていたのだよ」

「まぁ落ち着こう。最後の一本が残っている。ここで僕が残りの全力を注ぎ込み、なんとか一勝を収めようと思うよ」

「それならさっそく実践あるのみだな!」


 始まった最終バトル。


 こちらが有利になるよう、スタートの合図は僕が出すこととなった。


 自分の好きなタイミングで始められるので、雫より早めにスタートを切ることができる。今度こそ勝つことができるかもしれない。


 ――スタート。


 ほぼ母音のような音だったと思う。口をまともに動かせない以上、仕方がない。


 目の前のチョコレート菓子に食らいつく。出遅れたはずの雫も、徐々に加速していく。


 半分が見えてきたところで、雫も追いついてきた。このままだと、どちらが勝つかわからない。


 最後くらい勝ってみたい。そんな子供のような願望が前に出た。なりふり構わず、真ん中を追い求めた。


 それが仇となった。


 同じく引くつもりのない雫の唇が近づく。唇の間のチョコレートは、あっという間にお互いの口に吸い込まれていく。


 真ん中までいたったとき、お互いに咥えているのは唇だった。


 食べる勢いそのままだったため、図らずともしっかりホールドする形となった。


「「……」」


 見つめ合っても、どうすることもできなかった。


 自分たちが置かれている状況を理解し、体をひくという動きに至るまでは、それなりに時間を要したと思う。


「……おい、せいくん。話が違うじゃないか」

「それは、雫が本気でやれっていうものだから」

「だからといって! 私のファーストキスを、こんな形で奪われる筋合いはない。そもそもこのゲームがキスをする口実に近いことくらいわかっている! しかし、あれが事故というなら、大事故だ。あぁ、私はもうお嫁に行けないだろう。静くんにその責任を取れるのか?」


 早口で捲し立てられた。


 単なる事故というには大きかった。ドキドキよりも焦りと申し訳なさが、そのときは先に来ていた。


「すまない。雫には悪いことをしたと思う。罪が消えないとはわかっているが、きょうのことは、お互いに忘れよう」

「だめだ。忘れてはいけない。今後、私からこの事件に触れることは原則ないだろう。その代わり、せいくんは絶対に忘れてはいけない。今回の出来事、一言一句を忘れてはいけない。それが、私に対しての一生の償いだ。いいな?」


 思ったより大きな出来事に、動揺した覚えがある。


 その日は、もうお開きとなった。これ以上、同じ部屋にいるのもよくないという判断だった。




 * * *




 それ以来、すこし仲がギクシャクしたが、なんとか関係は続いている。


 雫が告白をしたこの現状、あの事件をどう思っているかを尋ねる機会はあるだろうか。僕にはわからない。


 果たして、雫の心境はどのようなものだろうか。

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