7.わかってあげられる女
昼休みはぼっち飯確定。白鳥に声をかければなんとかなるかもしれないが、彼氏くんとクラスメイトが許さないだろう。俺も原作メインヒロインとは必要以上に仲良くなるべきじゃないと思うし。
「とりあえず髪を黒く染めるか?」
郷田晃生のイメージを変えるためにも、まずは外見をどうにかしなければならないだろう。
今後の自分をどうするか。髪を触りながら考える。逆立った髪がチクチクするなぁ。
「考えるのは後だ。貴重な昼休みが終わっちまう」
教室を出てトイレへと向かう。
トイレでぼっち飯を食べる……なんてことでは断じてない。ずっと我慢していた尿意を解消するだけだ。
「晃生、ちょっといい?」
用を足してトイレを出れば、氷室が壁に寄りかかって待ち伏せしていた。
氷室は昼休みになってすぐに教室を出て行ったもんだから、こんなところにいるとは思っていなかった。顔には出なかっただろうが、けっこうびっくりした。
「改まってなんだよ。何か用か?」
「まあね。教室で話すことじゃないし、ついて来てよ」
金髪サイドテール女子について行くと、人気のない校舎の教室に着いた。
ここは郷田晃生がたまり場にしている空き教室だ。鍵が壊れているのを良いことに、授業をサボる時なんかによく利用されている。
原作では白鳥日葵を辱める場所としても使われていた。それどころか他ヒロインも……。氷室羽彩もその犠牲者の一人だった。
もちろん今の俺にそんなことをするつもりはない。これからは授業を真面目に受けるから、使う予定のない場所だったんだがな。
「ねえ晃生……。もしかして白鳥を食ったの?」
振り向いた氷室は真っ直ぐに俺を見つめながら、そんなことを尋ねてきた。
「食ったとはいきなりだな」
「だって朝一緒だったじゃん。白鳥もなんか晃生に馴れ馴れしいし……。さっきなんか連絡先交換してたんだし、そう思われたって仕方なくない?」
「あいつにとってはあれが普通なんだろ。白鳥に無視されたことなかったしな。連絡先だって、元々俺以外のクラス全員知っていたはずだ。お前だってクラス替えした最初の頃に聞かれていただろ?」
「そ、それはそう、だけど……」
俺の人格が表に出る前から、郷田晃生が悪いことをする度に白鳥は注意してくれていた。
学内ではそれほど悪いことをしてこなかったとはいえ、けっこう危ないとは思う。教師含めてみんなが無視する中で、彼女だけは見なかったことにはしなかった。
まあその結果、原作で白鳥日葵は襲われてしまうわけなんだけどな。正しいことをしているのは認めるが、無闇に危険人物に近づくものではない。
「別に責めたいわけじゃないし……。アタシにそんな権利ないってわかってるから……ただ、この学校でアタシ以外の女子としゃべってんのが、なんつーか……違和感、みたいな?」
「あん?」
「ちょっ、だから責めたいわけじゃないんだってばっ。そ、そんな目で見ないでよ……」
氷室はわたわたと手を振る。いや、別に睨んだわけじゃないですよ?
そういえば、氷室羽彩ってどんな女の子だっけか?
原作での彼女は郷田晃生の不良仲間。物語において都合の良い存在で、ヒロインを襲うイベントは、大抵氷室が目当ての女子に話しかけるところから始まる。
氷室自身、処女を晃生に奪われる。展開的にもついでって感じで、そういうところでも都合の良い女の子だった。
原作を読んでいる時はエロ展開を円滑に行うためだけの便利キャラだとか、普段着がエロいお色気キャラだとか思っていた。でも、これが現実だと考えると変だよなぁ。
いくら不良仲間だって言っても、さすがに犯罪の片棒を担いで忌避感も何もないってことはないだろう。
なのに手を貸すどころか、自分が被害に遭っても喜んでいるような描写をされていた。その反応含めて、都合の良い女扱いだった。「不良は頭のネジ外れてんなぁ」って感想を抱いていたけど、本当はそうじゃないのかもしれない。
だって、今の氷室の表情は心配の感情がはっきり見えているから。笑ってなんでもやってくれる便利キャラと考えるのは、彼女の感情を無視することになってしまう。
「朝言っただろ。俺はまっとうに生きるんだって。だから、これからはその辺の女を適当に引っかけて食うとか、そういうことはやめるんだ」
「それって白鳥に影響されたってこと?」
「だから違うって」
頭をがしがしかく。郷田晃生がやってきたという過去がある以上、真面目になるって言ったって簡単には信じてもらえないか。
「俺は青春ってやつを送ってみたいんだよ。ただの高校生として、普通のな。それは俺自身が思いついたことであって、白鳥は関係ねえよ。もしあいつが俺と仲良くしたいってんなら、きっと俺の生き方が変わったって気づいたんじゃねえかな」
白鳥とラブホに行った件はなかった。そんな事実は一切ありません。だから俺が今言ったことがすべてである。
「青春……」
氷室は笑わなかった。今までと違いすぎる俺の言動に脳の処理が追いついていないのだろう。
「あ、あのさっ」
「ん?」
「晃生がまっとうになったとして……その隣にアタシがいても、いいのかな?」
氷室は不安そうにしていた。迷子になった小さい子供のような、そんな頼りなさがある。
仲の良いと思っていた不良仲間が真面目宣言をしたら、不安にもなるか。クラスで他に同系統の仲間がいればあまり関係ないのだろうが、ここで俺が抜けてしまえば下手したらぼっちである。
「もちろんだ。氷室は友達だからな」
「友達……」
白鳥日葵はエロ漫画のヒロインで、俺にそのつもりがなくても何かの誤解で寝取り判定されたらと思うと、あまり仲良くしたくない女子だ。
けれど、氷室羽彩は元々郷田晃生の友人だった。晃生はともかく、彼女に関しては物語が始まるまでこれといった犯罪歴はなかったはずだ。
だったら氷室と仲良くする分には問題ないだろう。むしろ、教室での俺の扱いを考えると、氷室がいなければまともに話しかけられる奴がいなくなってしまう。
「わかった。アタシはわかってあげられる女だからね。晃生がまっとうになりたいってんなら、尊重してあげる」
「おう、ありがとよ」
氷室は不安の表情から一転、明るく笑った。なんだか妹に「しょうがないなぁ」とでも言われているようで、気づけば彼女の頭を撫でていた。
「ふぇ? あ、晃生?」
「ああ、すまん。妹みたいで可愛いからつい、な」
「か、かわっ!?」
氷室の顔が真っ赤になった。さすがに妹扱いなんかしたら怒るに決まっているか。
彼女の頭から手を離した時だった。腹がぐぅと音を立てる。
「腹減ったな。昼飯食いに行こうぜ」
「あっ、すっかり忘れてた」
昼休みなのに昼飯を忘れるもんなのか?
そんな疑問も一瞬のこと。昼休みの終了を告げるチャイムの音で、俺たちは凍りついた。
「……」
「……」
「おい氷室。昼飯を食いそびれたんだが?」
「ご、ごめんなさーーい!」
俺たちは午後の授業を飯抜きで取り組むはめになったのであった。
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