6.最近の若者は恐ろしい

 高校生の時期というのは貴重である。

 当時はそう思わなくて、むしろ大学生や社会人の方が自由にできることが多いと思い込んでいた。

 確かに大人にならなければできないことはある。けれど、高校生のうちでしか体験できない青春ってやつが、必ずあるのだ。過ぎ去ってしまったからこそ、そう思わずにはいられない。


「前世でおじさんを経験していると、若者には後悔のない青春ってやつを送ってほしいと思わずにはいられないもんだよ」


 我ながら何様って感じの考えだ。白鳥日葵をちょっとだけでも励ましたという自信が、俺に少しだけ余裕を与えたのかもしれない。

 他人のことよりも、まず自分のことを考えなければならない。励ましたって言っても、相手はエロ漫画のヒロインだ。作中では語られていなかった、ただのイベントの一つだったという可能性もある。

 いいや、ここがエロ漫画の世界とか関係ねえ。俺が悪役にならなければ、原作知識は意味を成さなくなる。それでいいんだ。

 白鳥と野坂の仲を陰ながら応援する。そして俺はまっとうに学生生活を堪能する。

 そうだ。俺は前世で縁のなかった青春ラブコメを求む。それが、郷田晃生になった俺の目標だ。


「……」


 だがしかし、前途多難である。

 授業の合間の休み時間。それぞれ仲の良いグループで固まっている中、俺の周りだけぽっかりと空間ができていた。

 クラスメイトは俺を恐れている。ちょっと目を向けただけで顔を逸らされるくらいには。

 郷田晃生を悪の竿役くらいにしか捉えていなかったけど、もしかして友達の一人もいないのか? この寂しさを実際に感じると、ちょっとだけ同情心が生まれてしまいそうだ。

 隣の席を見る。不良仲間の氷室の姿はなかった。

 郷田晃生が突然真面目になったもんだから、一緒にいたくないと思われてしまったのだろうか? 遅刻せずに学校に来ただけなのにね。


「郷田くん」


 顔を上げればピンク髪の美少女の姿があった。制服なのに胸の豊かに実った果実がくっきり表れているのがエッチだと思います。さすがはエロ漫画の制服デザイン。


「どうした白鳥。俺に何か用か?」


 ぼーっとしていたから白鳥の接近に気づかなかった。普通に対応したつもりだったが、鬱陶しい感情を隠せなかったのだろう。白鳥に指摘されてしまう。


「そんな嫌そうな顔しないでよ。授業でわからないところとかなかったのかなって、気になっただけなんだから」

「別に大丈夫だぞ」

「いつも授業中寝てばかりだったから。ちゃんと勉強していないと思っていたわ」

「なんだ? わからなかったら懇切丁寧に教えてくれるつもりだったのかよ?」

「そのつもりだったんだけどね。今日は真面目に授業を受けていたから、少しでも力になれたらと思ったのだけれど……いらないお世話だったようね」


 そう言って白鳥はちょっとだけ寂しそうに微笑んだ。

 そんなに俺に勉強を教えたかったのか? 昨日のことを借りだと思っているのだろうか。真面目な彼女は早く返したくて仕方がないのかもしれない。

 いやでも、貸し借りとかないと思っているんだけどな。だってあんなことされたわけだし……。甘美な感触を思い出しそうになって、慌てて頭を振った。

 ていうか普通に教室で話しかけてくるなよ。ほら、友達が心配してんぞ。彼氏くんの目が怖いことになってるし。

 白鳥はそういうのを気にする性質たちじゃないのはわかっているが、悪いうわさはないに越したことはないだろう。俺は小声で注意した。


「教室であまり話しかけてくるな。俺なんかと一緒にいるとクラスの連中の印象が悪くなるぞ」

「別に気にしないわ。むしろ郷田くんにそんなことを気にする繊細な心があるのが驚きね」

「オブラートに包めよ。その繊細な心が傷ついたらどうすんだ」

「安心して。その時は私が慰めてあげるわよ」


 白鳥は悪戯っ子のように笑っていた。

 その顔が昨日の感触を想起させて……。俺は彼女から顔を逸らした。


「じゃなくてだな。勉強はまた今度教えてくれ。教室は目立つから別の場所で頼む」


 これで白鳥が俺に抱いている借りってやつはチャラになるはずだ。そうすれば彼氏に一途な彼女が戻ってくるだろう。


「わかったわ。……二人きりになれる場所がいいわよね」

「そうだな。あまり人に見られると面倒だろ」


 教室がダメとなると、図書室なんかが良いのか? 人がどれだけいるかにもよるが、学校で勉強するといえばそんなところだろう。


「うん。都合つけたら連絡するわ。だから郷田くん、連絡先を教えてちょうだい♪」

「えー……」

「何よその嫌そうな顔は? 郷田くんが可愛いと思っている私の連絡先、知りたくないの?」

「別に知りたくはないんだよなぁ」


 つい本音をポロリした瞬間、ピシッと白鳥のこめかみに青筋が立った。


「郷田くん、昨日のこと……クラスのみんなに言いふらしてもいいのよ?」

「いきなりの脅し!?」


 昨日のことを知られて、困るのは白鳥のはずだ。

 だがしかし、正しく伝わる保証はない。下手をすれば俺が白鳥を無理やりラブホテルに連れ込んだ、なんてうわさが流れるかもしれない。教室での感じを見ていれば、むしろそっちの可能性が高い気がした。

 これからまっとうに生きていきたい俺にとって、これ以上のマイナスイメージは避けたかった。


「……わかった。連絡先を、教えよう」


 俺はがっくりと肩を落として敗北宣言をした。最近の若者は怖いよ。

 スマホを出してID交換をしていると、隣の席の氷室が帰ってきた。


「っ!?」


 氷室は俺たちを見てぎょっとしていた。まあ不良と優等生という珍しい組み合わせだからな。


「ありがとう郷田くん♪ また連絡するわね」

「おう。期待せずに待ってるぞ」


 このやり取りの後、すぐに次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。氷室は授業が始まっても俺を凝視していたが、俺は先生の話に集中していた。


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