第2話 伝説のスーツアクターは依頼を受ける

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


 俺の名前は伊吹 丈(いぶき じょう)。職業はスーツアクターだ。

 スーツアクターとは、着ぐるみを着用して演技をする俳優をいう。その中でも俺は『レジェンド』と呼ばれるスーツアクターだ。

 ちなみに、俺の名前がボクシング漫画の主人公に似ていることから、業界関係者は俺のことを『ジョー』と呼ぶ。つまり俺の通り名は、伝説のスーツアクター・ジョーだ。


 俺のスーツアクターとしてのキャリアは戦隊シリーズから始まった。初めての出演した戦隊シリーズでは黄色(イエロー)だった。その後、ブルー、ブラックを経てレッドになった。レッドは戦隊シリーズの超重要な配役。スーツアクターとしても一流であることを意味する。殺陣、アクション、スタントの全てにおいて最高の技術力が要求される。俺は全ての技術を磨き、トップ・スーツアクターの仲間入りをした。


 さらに、俺の評判を聞いた夢の国が、犬の役をオファーしてきた。俺は犬からアヒルに昇格し、その後ネズミのアクターとして活躍した。夢の国のネズミはスーツアクターのもう一つの頂点と言える。

 夢の国のネズミは戦隊シリーズとは一線を画す存在だ。華麗なステップでダンスし、ステッキを振り回しながら観客を魅了する。まるで魔法使いのように。

 実際、俺の華麗なステップに絶叫し、気絶した女性も目の当たりにした。


 俺は数年間、夢の国のネズミとして活躍した。そうしたら俺の名声は世界中に広まった。

 某国で夢の国に似たテーマパークを建設したときには、俺が夢の国擬(もど)きのネズミを演じた。

 観客の中には「夢の国にも負けないクオリティだ!」と絶賛する者もいた。尤も、夢の国のネズミも俺だったわけだから、クオリティは同じなのだが……


 そして1月前、日本のT都からある仕事を依頼された。もちろん、スーツアクターとしての俺のキャリアを期待した上でのオファーだ。

 機密情報なのでT都の担当者は全てを教えてくれなかった。だが、俺はそのオファーを受けた。

 なぜなら、俺がスーツアクターとしてその仕事を受けなければ、T都のみならず日本国と某国との国際問題に発展する可能性があったからだ。


 俺は日本人、T都民として、T都から依頼された仕事を受けることにした。


***


 そういう訳で、俺はT都にあるU動物園にいる。

 俺の役はジャイアントパンダの小小(シャオシャオ)。ちなみに、小小は先週死んだらしい。


 T都は某国から小小をレンタルしており、レンタル期間は20年。18年目に入って順調に契約期間を満了するかと思いきや、先週死亡した。

 死因は極秘事項らしくT都の担当者から伝えられていない。が、どっちにしろ俺には関係のないことだ。俺にとっては小小が死亡した事実のみが重要。


 小小が契約期間内に死亡したことにより、T都は某国から多額の損害賠償請求を受けることを懸念している。要は、T都としては、小小がレンタル期間(20年)を経過した後に死んだことにしたいのだ。


 U動物園のパンダの飼育員は某国から派遣された専門スタッフのみ。その飼育員たちは某国から小小死亡における責任を追及されることを恐れている。

 もし、某国に小小が死んだことが知られれば、某国飼育員自身の命はもちろん、家族の命も危ない。だから、某国飼育員は小小が死亡した事実を隠蔽したい。


 つまり、T都と某国飼育員の利害は一致している。

 だから、T都と某国飼育員は小小の死亡隠蔽において共犯関係にある。


 さて、俺の仕事内容と契約条件を念のために説明しておこう。

 勤務はU動物園が開園する午前9時30分~午後5時、実働7時間30分だ。年末年始を除けば月3回程度の休園日はあるが、それ以外は毎日パンダを演じ続けることになる。


 俺の契約期間は3カ月。T都としては、まず、伝説のスーツアクターの俺が小小の死亡を隠し通せるかをテストしたいそうだ。

 俺が3カ月間隠し通せたのであれば、残りの期間は後任にパンダを演じさせながら、なんやかんやでレンタル期間満了まで隠蔽する方針らしい。


 パンダに関する情報を有する者には、厳しい守秘義務が課せられている。パンダの飼育は某国から派遣された飼育員のみが行い、日本の飼育員が関わることはない。

 情報漏洩を防ぐために、某国飼育員は檻または管理室から外出することは許されていない。期間は1年間だ。

 某国飼育員は1年間もの長い間、狭いエリアでの生活を余儀なくされる。パンダの情報を外部に持ち出さないための措置だが、ブラックな職場環境であることは誰でも理解できるだろう。


 ちなみに、パンダと人間は意思疎通が可能だ。パンダは日本語が分からないが某国の言葉は理解できる。ただパンダは話せないだけだ。


 某国飼育員は某国の言葉でパンダに対してコミュニケーションをとっている。

 某国飼育員の質問に対する答えがYesの場合、パンダは右手を上げる。答えがNoの場合、パンダは左手を上げる。

 パンダと某国飼育員が某国の言葉で意思疎通を図っているのであるから、パンダ役のスーツアクターにも同じ資質が求められる。つまり、某国の言葉を理解できるスーツアクターでなければパンダを演じることができない。

 幸いにも俺は、夢の国擬きでネズミをしていたから某国の言葉を話せる。俺が小小に選ばれたもう一つの理由はそこ(語学力)だ。



 パンダの管理室には某国飼育員が4人いる。2人がパンダの世話をする本来の飼育員、1人が獣医、1人がスタイリストだ。

 パンダにスタイリストがいるのは不思議に思うかもしれない。でも、人間に置き換えて考えてもらえれば納得がいく。パンダは15歳を越えると白髪が増えてくる。

 黒い毛の部分に白髪が生えると、パンダの特徴である白黒模様が喪失してしまう。また、生えてくる白髪は正しくはグレーだから、白い部分に白髪が生えると鮮明な白黒模様にならない。つまり、パンダの白髪を放置すると、見た目がクマになってしまうのだ。

 だから、スタイリストは黒い部分に生える白髪を黒いスプレーで白髪染めし、白い部分に生えてくるグレーの白髪を白いスプレーで本来の白色に保っている。



 俺はU動物園の開園時間は小小を演じ続けている。パンダの動きは素人が考える以上に難しい。なぜなら、パンダの動きは、静と動が複雑に組み合わさったものだからだ。

 パンダは基本的にゆっくりとした動作で日常生活を送っているのだが、興味があることに遭遇すると機敏な動きを見せる。社交ダンスでいえば「スロースロー、クイッククイック」のイメージだ。「クイック、スロー、クイック、スロー」の場合もある。


 俺は3カ月間小小を演じ続けるのだが、契約上、3カ月の試験期間を終了した後、後任のスーツアクターに小小役を引き継ぐことになっている。だから、後任のスーツアクターへの演技指導も閉園後に行っている。なかなかハードな任務だ。


 ちなみに、お金の話をして申し訳ないのだが報酬はかなりいい。

 3カ月契約で報酬は3,000万円。一月1,000万円の報酬は伝説のスーツアクターとしても破格と言える。

 一方、拘束時間が長く、自由時間は実質的にゼロ。

 さらに3カ月の間、俺の行動は監視カメラに録画されている。風呂・トイレ・ベッドにも監視カメラがある。プライバシーはゼロ。

 3カ月間、管理室から出られないから移動の自由もゼロだ。


――金を取るか? 自由を取るか?


 俺にとってこの仕事を受けるかどうかは難しい選択だった。


 唯一の息抜きは、T都が福利厚生の一環で用意してくれた週一回のデリヘルだ。某国の飼育員もお世話になっている。

 これはT都の担当者が特別に手配してくれたのだが、デリヘルをしていない都内の高級店にゴリ押ししてくれた。ただ、どの店に依頼しているかをT都の担当者は教えてくれない。

 デリヘル嬢に入れあげて情報漏洩に繋がる恐れがあるからだ。


 もし、この福利厚生がなかったら……と想像すると恐ろしい。パンダの管理室には某国飼育員4人と私の5人の男性が共同生活をしている。

 全員が極限状態での生活を強いられているので、男性の間でそういうことも起こり得る。恋愛感情のもつれで喧嘩も起こるだろう。

 そういう意味では、週一回のデリヘルは俺たちの正気を保つために必要な措置だったのだと思う。


 俺はこんな生活を2カ月続けた。あと1カ月の辛抱だ。


 あと1カ月経ったら、3,000万円貰って不自由な生活ともおさらばだ!



【後書き】

本話までは比較的普通です。次話からそういう内容に変わります。

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