祝賀(沖田+近藤+土方+原田+永倉+藤堂)
「総司、具合はどうだ?」
障子が開くと同時に現れた心配そうな顔に、流石にもう眠っていられないと感じた。
池田屋の一件から数日が経ち、残党狩りや敵からの仕返しを警戒した屯所の集中警備も解けつつあり、近藤さんと土方さんが会津中将様から功労金や褒美の品々を戴いて戻ってから、一夜開けた今日。
こうやって障子の隙間から、今日だけで一体何人の心配そうな顔を拝んだ事だろう。
そして極めつけは、今回の主役である近藤さんの出現。
これは本当に、呑気に寝ている場合ではない。
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
「まだ起き上がらない方が、いいんじゃないのか?」
「ずっと寝ている方が、辛いですよ」
布団の中から身を起こすと、慌てた様に近藤さんが傍に駆け寄って来る。
そんな近藤さんに笑顔を向けて、支えてくれようとする手をそっと制した。
「私は大丈夫ですから、戻って下さい。今回の主役が消えてしまっては、皆さん心配してしまいます」
「気にしなくて良い。もう既に、そういうのは関係なくなってる騒ぎだ」
「でも……」
「俺がここにいると、迷惑か?」
「いえ! それは、すごく嬉しいんですけど……」
「迷惑なら、仕方ないが……」と、悲しそうに首を傾げる近藤さんに、反射的に大きく首を振り、勢いづいて側にいて欲しい気持ちを、言葉に出てしまいそうになっている事に気付いた。
段々と細くなってしまう声と共に、途中で言葉の選択を間違えたと反省しながら俯く。
これでは祝の席に戻ってもらうどころか、傍にいて欲しいと言っているようなものだ。
そんな気持ちを知ってか知らずか、近藤さんは嬉しそうに、俯いた頭部にその大きな手のひらを乗せてくる。
戦いの最中、肝心なところで倒れてしまった不甲斐なさを感じている事もあって、近藤さんの優しさが、こうやって無条件に甘やかしてくれる大きな手が嬉しくて、そして同じくらい辛い。
近藤さんのお役に立てなければ、ここに自分がいる意味などないのに。
無条件で広げてくれるこの優しい手に、甘えているだけでは、駄目なのに。
「近藤さん」
「ん? どうした?」
「私、頑張りますから。ずっとお側に、置いて下さい」
「なんだなんだ、何かあったのか?」
「…………」
「何を心配しているのかは知らんが、俺はお前を手放すつもりはないぞ」
最初は子供を宥めるような笑顔だった近藤さんは、私が懇願にも似た表情を作ってしまっていると気付きながら、逸らす事も出来ずに見つめる瞳に答えるように頭から手を離し、正面から真っ直ぐに視線を合わせ、真剣に言葉を返してくれた。
それにすがるつもりはないし、役に立たなくなれば遠慮なく切り捨てて欲しいとも思うけれど。
まだ、自分が必要とされている事に、安堵の息をつく。
皆は、十分な働きをしたと言ってくれる。
けれど、近藤さんを最後まで護る事が出来なければ、目の前の敵を何人斬ろうと、どれだけ減らそうと、全く意味がない。
護られてばかりいるような人じゃない事も、その強さも、十分わかった上で、それでも近藤さんを護るのは自分でありたいのだ。
今回のような失態を、二度と演じたりしない。
そう心に誓って、いつも通りの笑顔を返すと、近藤さんが力強く頷いてくれた。
「……なんだその、恋人同士みたいな会話は」
「おぉ、歳。お前も総司の様子を見に来たのか?」
振り返ると、そこには呆れた表情で部屋の前に立つ、土方さんの姿。
恐らく宴会の途中で消えた近藤さんを、探しにでも来たのだろう。
「土方さんだって、同じような会話を、近藤さんといつもしているじゃありませんか」
「してねぇよ」
「嫉妬されても困ります。近藤さんは、土方さんだけのものじゃありませんからね」
「お、総司。甘えん坊さんか?」
「総司……随分元気なんじゃねぇか」
近藤さんの傍に、わざとらしく擦り寄るように近づく。
そうされるのを嬉しいと思ってくれているのか、近藤さんは笑顔でぎゅっと迎え入れてくれた。
反対に土方さんの眉間に、皺が寄っていくのを確認して、「やっぱり嫉妬してるみたいだ」と、心の底でくすりと笑う。
「まぁまぁ。土方さん、夫を側室に取られた、ご正室みたいな顔になってるぜ」
「確かに、それじゃあ嫉妬って言われても仕方ねぇな」
「え? 何々、俺も見たい」
感想を代弁するような言葉が、障子の向こう側から発せられると当時に、土方さんの両隣りに、酒瓶を抱えた永倉さんと原田さんが顔を見せた。
三人に阻まれて姿は見えないが、声からすると額に傷を受けて自分よりも重症だと聞いていた、平助の姿まであるようだ。
「うるせぇよ!」
両肩に乗せられた永倉さんと原田さんの手を振り払って、むきになるように怒り出す土方さんの姿に、近藤さんと顔を見合わせ、結局堪え切れず笑い声が漏れ出す。
そしてなだれ込む様に、病人の部屋などという常識は通用しないとばかりに、もう何に対するものなのかも定かではなくなってきている祝宴は、場所を寝室に変えて、まだまだ繰り広げられて行くらしい。
(この場所を、ずっと護って行きたい)
みんなの笑顔をこの目に焼き付けて、そう強く願うのだった。
終
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