第3話 家族



 慌ただしく扉が開かれると、真っ先に入ってきたのが紫色の髪を後ろに束ねた美しい男性で、心配そうに駆け寄ってベッドサイドに跪き、私の手を両手で握ってきた。


 「オリビア!やっと目覚めてくれた…………体の調子はどうだい?どこか痛むところはないか?」


 熱烈な歓迎に戸惑ってしまったけれど頭は冷静で、オリビアにそっくりなこの人物が、オリビアのお父さんであるクラレンス公爵である事はすぐに理解出来た。


 「お父様、ご心配をおかけして申し訳ありません。少し体がだるいですが、オリビアは大丈夫です」


 そう言ってぎこちなく微笑んでみると、オリビアと同じ美しい顔がパッと明るくなり、涙を浮かべながら語り始める。


 「6日間も目が覚めなくて……どんな医師に診せても何が原因で熱が下がらないのか分からないと言われるし……正直5日目になっても熱が下がらないから、もうダメかと……お前の体力がもたないと思って…………」


 ハラハラと涙が流れる姿が、それはもう美しかった。男性の涙を見たのは初めてだったのだけど、こんなに美しい涙は初めてじゃないかしら。私の事をただただ心配して流してくれている美しい涙……父親というのはいいものだな、とじんわりと心が温かくなる。


 「お父様、オリビアはお父様を置いていなくなったりはしません。」


 涙を指で拭ってあげながら、安心させる為に優しく微笑んだ。その言葉に感動したのか、お父様がうるうるしながら「オリビア…………」と呟いたと同時に「オホンッ」と大きな咳払いがお父様の背後から聞こえてきた。

 そこに立っていたのはサイドの白髪を後ろに流し、口ひげを蓄えた王宮医のメローニ医師だ。彼は王族専用の王宮医で、どんな医師に診せても分からないと言われたお父様は、最終的に陛下に頼み込んで王宮医に私を診てもらったのだと言う。

 今はまだ王太子と婚約中だったから診てもらえたのだろうな……。


 「ふむ……熱はすっかり下がっておりますな。体の状態もすこぶる良さそうですし、脈も安定している。」


 「では……娘は…………」


 お父様が食い気味に聞いてくるので、お年を召した体をのけ反らせながらメローニ医師は「日に日に良くなっていくでしょう」という言葉を必死に返してくれた。

 

 お父様とマリーが大喜びしている姿を見て、これで良かったのかもしれないと思えた。ふと病死する寸前の子供たちの姿を思い出して胸が痛くなっていたけど、私の無事をこんな風に喜んでくれる人がいる。それがこんなにも嬉しいなんて……。

 そうして喜びに浸っていた為、お父様が「王太子殿下にお知らせしなければ……」と言って出て行った事に私は気付いていなかった。


 王宮医のメローニ医師も「やれやれ……」と安心して去っていくと、部屋には私とマリーの二人きりになった。


 「マリーにも心配かけたわね……看病してくれてありがとう」


 そう言葉をかけると感激したように目を潤ませたマリーは、自分の涙を拭いながら、熱で浮かされていた時の事を語り出した。


 「お嬢様がなかなま目覚められないので、王太子殿下が心配してお顔を見にいらして下さったのですよ。心配そうに手を握られて…………お元気になられましたら、お礼のお手紙でも差し上げたらお喜びになると思います!」


 そう言ってニコニコしているマリーの言葉を聞いて、頭を鈍器で殴られたような気がした。

 

 私はまだ王太子と婚約中なのだ。今は何歳かは分からないが、将来的には王太子が聖女の方を選び、私は王太子妃から脱落する…………王太子の中にオリビアに対する恋愛感情などなかったはず、なのに手を握って心配していたですって?

 

 病死する前の夫との夫婦関係が冷え切っていた事もあり、すっかり私は男性不信に陥っていた。王太子のその行動を聞いただけで寒気がしてしまう!

 どの道婚約破棄される運命なのだから、今の内に早めに破棄してくれないかしら…………ニコニコするマリーを横目に王太子と破局する方法を悶々と考えていたのだった。

 

 


 

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