或ル旅人ノ記録

きめら出力機

第一部 「旅人ノ記録」

第一章「第三区画 通称「ファーム」にて」

六月十九日(口) 「旅人と肉機械」

──コレハ遠イ世界「亜球」カラ君達二送ル記録デアル。ソシテ、ドウカ恐レズ二見テ欲シイ。歪ンダ妄想ガ産ンダ虚構ノ世界ヲ。


***

初めに、私について書いておこうと思ったが、残念な事に私には名前が無い。

だが、それは私に限った事でも無いのだ。この世界の労働階級の男は皆んな職業名で呼ばれている。

駅員さん、瓦斯ガス屋さん、車屋さん、と言った風に与えられた役割通りの名前で呼ばれている。

かく言う私は旅人と呼ばれている。だが、旅人と言っても別に何処か街の外へ行ったりはしない。

そもそもこの世界において、街の外というのは「伽羅版キャラバン」と呼ばれる選ばれた者達しか行く事を許されない場所なのだ。

だから、街から出ない私には、旅人と言う肩書きは当てはまらないだろう。

では何故、私は旅人なのだろうか。色々な職業を旅するからだろうか?それとも根なし草な性分が祟ったのだろうか?

挙げた二つは答えに近いが、確信には至らないのだろう。

きっと答えは私には無いのだから。


***

亜暦 三三六年 六月十九日(口)


「旅人さん。何方にしますか」

低い唸る様な声で二輪屋の店主が私に聞いてくる。二輪屋と言うのは、そのまんま乗り物を扱っているお店だ。

他にも四輪、三輪と言った種類もあるにはあるが、私の給料では少し遠くの存在だ。

「そうだな、これなんてどうだろう」

私はそう言って一つの二輪に指を指す。指の先にある二輪は他の二輪と違い、雌型であった。

「それは……やめといた方がいいぜ」

何故か、と二輪屋に聞くと雌型はよろしくないと返された。

二輪屋曰く、女子供の肉機械は元々、罪人だった物が多いらしい。

「この肉機械の罪は何だろう?」

二輪屋は知らんが、知る必要も無いだろうとぶっきらぼうに言い、澱み切って締まり切らない瞳を伏せた。

「分かった。でもこの二輪は絶対に貰うよ」

30分後、二輪屋は私の熱意に根負けして二輪を引き渡した。


***

これから、買った二輪の話をしようと思うが、その前に肉機械について少し記しておく。

先ず、肉機械というのは人体を原材料として造られる公共機械の総称だ。

特徴として肉機械には性別がある。男を原材料にすれば雄型、女を原材料にすれば雌型と言う。

それと、肉機械の大体は、我々の遥か上にある統治機関「極人ごくにん機関」によって造られる。

「極人機関」と言うのは…長くなるからまたいつかの機会に書く事にする。

兎に角、今はこの街を管理してくれている行政機関だと思って頂けると嬉しい。

「極人機関」が肉機械を造るのは、我々の社会を維持する為である。

人間しか居ないこの街では、誰かが機械にならなくては成り立たないのだ。


***

それでは、二輪の話に戻る。

私は二輪屋を出て少しもしない内に、もう一度二輪と向き合ってみた。

フロントカウルに残った、女の面影。シートに感じる女体の名残り。金属硬化した骨で出来たタイヤを支える艶かしい手。

改めて見てみると、二輪には何とも言い難い妖しげな魅力が感じられた。

「君の名前は何だい」

そう言って軽く、撫でるように触れてみるが返答はない。だが、その肉機械は色味が無くとも綺麗な瞳を携えていた。

綺麗といっても宝石のような輝きがある訳ではなく、暗い輝きである。しかしそれでも尚美しく見えたのだ。

「水はいるかい?」

そう言って、私は貴重な水を開かない二輪の口にかける様に与える。当然、殆どの水は地面に流れてしまった。

「…一体、私は何をしているのだろうか」

そんな感傷に浸った私に応える様に、二輪は口から水を吐き出した。

「…ッガァ…ア…リガ…ト…ウ…」

動かない筈の口は動き、聴こえない筈の言葉が聴こえた。私はそれを目の当たりにして、初めて生きている者に触れた様な気がした。

「話せるのか?」

振り向いて語り掛けるが、二輪は元の妖しげな二輪に戻っていた。

「水が無いと話せないのか?」

二輪は無言のままだが、沈黙した辺りの風が質問に肯定を返す。

「そうか。お前はよどんでそんな姿になったのか」

私は知っていながら、そんな分かりきった質問をした。


***

この世界の人間には「罪の意識」という物が生まれた時から備わっている。

それを刺激された人間は罪の意識から逃げる様に「成るべき正しい姿」へと変化する事によって罪から逃れる。

要は、その一連の過程を“澱む”と言うのだ。

きっと、この二輪も「極人機関」によって裁かれた時に、自身の罪を意識し、指定された「成るべき姿」に変化したのだろう。

「君が一体、どんな罪を持ってるんだ?」

もう一度、水を口に含ますと水筒は空になった。

「…ワ…カラ…ナ…イ…アタ…マガ…ボ…ヤケル…」

「脳が肉機械のままか。記憶が無くなった感じでは無いな?」

「…ソウ…ダト…オモ…イ…マス…」

私は二輪の言葉に異様な好奇心が湧き立つのを感じていた。通説として、肉機械は話したりはしない。もう生きていないからだ。

だが、二輪は必死に声を捻り出している。私にはとても死んだ罪人には見えない。

「私は旅人と呼ばれる者だ。君に名前はあるか」

「…イキナリ…ドウ……シタ……ノデスカ……?」

私がもう一度、問い掛けると諦めた様に二輪が答える。

「…オモイ…ダセ…マセ…ン…」

そうか、と諦めた様な顔を二輪に向けると、私は不安げな言葉を送った。

「フタワ…って言うのはどうだろう。ほら、女には個々の名前があるだろう?」

聞いている二輪の口は少しずつ潤いを失い始めていた。

「女の名前になっていなかったかな…?」

更に不安になって、二輪にもう一度問い掛ける。

「……ウ…ウン…キニ…イッタ…」

フタワは眼をほんの少しだけ和らげてからそう言った。そして、私の返事を待つ前に元の肉機械へと戻ってしまった。

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