2 偏頭痛

「夢ちゃん。日高くんとは関わらない方がいいんじゃない?」


 休み時間に友達から忠告された。


「日高くん、多分そんなに悪くない人よ。ただ、運が悪いだけ」


 そう、運が悪い。今日も水溜りに足を突っ込む予定。タオルを渡してあげよう。

 翌日になって、日高くんはタオルを返してくれた。


「……助かった。ありがとう。つーか、何でもお見通し? こえーくらい」

「何でもってわけじゃないわよ。見通せていたら、告白されて悩むこともないでしょ」

「そっか」


 日高くんは、にっと笑った。からかっているような笑い方。面白がられている。


 ♦ ♦ ♦


 放課後私は、人気のない廊下で蹲っていた。

 持病の偏頭痛だ。頭が痛くて割れそうだ。普段は前兆があるときに、薬を飲んでおくのだけれど、今日は前兆がなかった。

 助けを呼ぼうにも人通りはなく、携帯も教室。ぐわんぐわん鳴る頭を押さえる。頑張って教室へ戻って、薬を飲まなければ。


「……虹川?」


 一所懸命立ち上がろうとしていたら、声をかけられた。


「どうした? 具合悪いのか?」


 顔を覗き込んできたのは日高くんだった。何故こんな人通りのない廊下に……。


「偏頭痛……」


 掠れ声で答えると、日高くんは人差し指で頬を掻いた。その後背を向けて、しゃがみこんだ。


「保健室まで連れて行ってやるよ。最近世話になってばかりだしな」


 華奢に見える背中に乗ってみた。今助かるならば、何でもいい。日高くんは私を背負うと、見かけによらず、軽々私を運んでくれた。

 保健室で日高くんに、私の鞄を持ってきてもらえるよう頼んだ。専用の薬が入っている。あれを飲まないと痛みが治まらない。

 ベッドに横になって唸っていると、日高くんが鞄を持ってきてくれた。

 私は無理矢理身体を起こし、鞄を開けて、薬を取り出した。


「ほら、水」


 薬を飲もうとしたら、日高くんが水を差し出してくれた。ありがたくいただいた。

 ──薬を飲んでも、痛みが治らない。保健の先生もいない。いるのは、心配そうな顔をした日高くんだけ。


「おい、虹川、大丈夫か? 今先生を呼んでくるからな」


 やがて保健の先生を連れて、日高くんが戻って来てくれた。薬はまだ効かない。痛い、痛いと呻いていると、いつの間にか母や校長先生も来ていた。


「救急車を呼びますか? もしかしたら、脳に異常が……」

「そうですね……。こんなに痛がっているのは、初めてです」


 救急車を呼ばれた。乗るのは人生初体験。でも、車内を観察している余裕などない。

 母と担任の先生が付き添ってくれた。頭痛にサイレン音は堪える。頭に音が突き刺さる。緊急走行なので運転も荒い。吐き気もする。

 病院に着いて運ばれ、診察と検査をされた。脳に異常はなさそうだ。薬を処方され、車椅子に座るように言われた。起き上がるとき吐きそうと言ったら、膿盆を用意された。

 起き上がったら案の定吐いてしまった。でも、そのおかげで多少すっきりした。

 薬を飲んで大人しくしていると、頭痛も吐き気も治まったので、家から迎えに来てもらうことにした。

 今思うと、頭痛で救急車なんて大袈裟だったのではないか。


「大丈夫? 夢ちゃん」


 母が尋ねてきたので、もう大丈夫と答えた。母は安心したようだ。

 迎えは、仕事があるはずなのに、わざわざ父が来てくれた。家には運転手さんもいるのだけれど……。


「夢乃の一大事に、仕事なんてしていられないよ」


 父は美しい顔に気遣いの表情を浮かべていた。

 とにかく病状は落ち着いたので、両親と救急病院を後にした。


 ♦ ♦ ♦


 翌日は大事をとって学校を休んだ。

 その次の日、学校へ行って、まず最初に日高くんにお礼を言った。


「日高くん。あそこで助けてもらえなかったら、どうなっていたことか……。おかげで治ったわ。本当にありがとう」


 彼は不思議な虹彩の瞳を細めた。


「いや、治ったなら良かったよ。まさか、救急車沙汰になるとは思わなかったな。先生を連れてきて、正解だった」

「先生にも、お礼を言わなきゃね」


 校長先生や、保健の先生、担任の先生にもお礼を言った。皆、私の症状が軽くて良かったと安堵してくれた。後、日高くんの判断が良かったと言ってくれた。

 本当に日高くんには感謝してもしきれない。何かお礼をしなければ。私は暇さえあると、日高くんの顔を見つめていた。


「な、何だよ?」

「ちょっとね」


 ビスクドールのような顔。今夜も日高くんの夢を視る。


「日高くん、傘貸してあげる」

「何で? 晴れているだろ?」

「いいから、持っていて」


 帰りがけ、雨が降って困っている日高くんの夢を視た。

 折り畳み傘を押し付けて、その日も日高くんを見つめた。

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