8 大事な二人

 翌年のバレンタインデーは、本当に瀬戸くんは、誰からもチョコレートをもらわなかった。

 高等部の皆は知っていたから、当然チョコを持って行かなかった。中等部の女の子達がちらほらとクラスに来て、渡そうとしていたけれど、全員に丁寧に瀬戸くんは謝って断っていた。


「ごめんね。僕、自分の好きな人からしかもらいたくないんだ」


 放課後、虹川さんに『友チョコ』をもらったらしい。

 友チョコでも、もらえて良かったね。


 ♦ ♦ ♦


 私達は高等部の二年生になった。文系クラスだから、クラス替えはなしだ。

 二年生になってしばらく経った頃、瀬戸くんは満面笑顔で登校してきた。

 ちょうど、私と深見くんと山井さんでおしゃべりしていたので、瀬戸くんに何があったか尋ねてみた。


「どうしたの? 機嫌良さそうだけど」

「勿論良いに決まってる! 僕、頑張ったんだ。とうとう僕、月乃さんの結婚前提の恋人になったんだ。来年の僕の誕生日までに、絶対結婚まで持ち込む。もう堂々と『月乃さん』って呼べるし、僕のことも『征士くん』て呼んでもらえるんだ!」


 その言葉に全員で顔を見合わせ、そして喜んだ。


「おめでとう、瀬戸くん!」

「良かったな。俺達皆、応援していたよ」

「私からもおめでとう。前にひどいことしてごめんね」


 それから瀬戸くんは、その話をクラス中に触れ回っていた。



 夏休みに、瀬戸くんはプロポーズに成功したらしい。

 瀬戸くんは、私達を結婚式に呼んでくれると言った。結婚式なんて、行くのは無論初めてだ。


「何着て行けばいいんだろう……。この雑誌に載ってるワンピース可愛くない?」

「馬鹿。白い色は花嫁さんの色だぞ。俺達は制服で行こう」


 深見くんに、小突かれてしまった。そういうものなのか……。

 結婚式での作法なんて全然わからない。


 ♦ ♦ ♦


 翌年の麗らかな春の日。

 私達は結婚式へ出席した。とても大きなホテルだった。

 素敵なチャペルでの結婚式。いつもより数段格好良い瀬戸くんは、これまた特別綺麗な虹川さんと、誓いのキスを長々と交わしていた。

 見ていて、こちらが赤くなってしまうくらいだった。

 ブーケトスでは独身女性が集められた。虹川さんの放った紫色のブーケを必死に取ろうとしたけれど、ショートカットの大人っぽい人に取られてしまった。


「嬉しい。次の花嫁は私ね」


 そう言っているのが聞こえ、私はちょっと悔しかった。

 私だって綺麗な花嫁になりたい。



 披露宴は広々としたホールだったけど、全体的にアットホームな感じだった。別に金屏風がある訳ではない。蔦の絡まったような可愛いパネルが置いてあった。

 テーブルクロスは深い群青色。その更に上に布がかけてあった。


「何? この布?」

「テーブルランナーって言うんだよ、志野谷さん。テーブルが豪華に見えるでしょう」


 山井さんが、こっそり教えてくれた。

 出されたお料理はとても御馳走だった。美味しい。料理と料理の間で『お口直し』というシャーベットも出てきた。

 虹川さんも瀬戸くんも、とても幸せそうだ。

 お色直しの後、深見くんがスピーチしていた。


「紆余曲折あったけれど、お互いに幸せそうで良かったと思います」


『紆余曲折』。多分に私のせいだろう。恥ずかしくなった。

 披露宴の最後の花束贈呈で、瀬戸くんは、虹川さんのお父さんに約束していた。


「必ず、幸せな家庭を築きます」


 是非とも、幸せな家庭になって欲しい。



 二次会では、先程ブーケを取った人が司会をしていた。


「はーい。ではここにいる征士くんと月乃ちゃん、どちらがより一層相手のことが好きでしょうか?」


 その質問に、深見くんが手を挙げた。


「勿論瀬戸……いや、もう虹川か。征士に決まっています」

「そうだよね、いつも、高等部で虹川さんのこと好きって宣言していたもんね」

「バレンタインチョコも、本当に虹川先輩の為に断っていたし」


 私達は口々に言った。あんなに瀬戸くんが好きだった虹川さんだ。結婚してもらえて、幸せいっぱいだね。


 瀬戸くんのプロポーズは、サプライズでダイヤモンドの指輪をプレゼントしたらしい。さすがは瀬戸くん。やることも格好良い。

 余興も色々あって、非常に楽しい二次会だった。

 最後に虹川さんと瀬戸くんは、とてもラブラブなキスをしていた。

 二次会は会費制だったけれど、私達はその他に、ご祝儀も包んだ。


「虹川さん、瀬戸くん、お幸せに! 私もずっと幸せを祈っているよ」


 帰り際、私は微笑んで祝福した。

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