第4話


Time Leap.2


「ねえ、信也。私達……付き合わない?」


「……やっぱり、そうだったのか」


 気がつけば、十年前にタイムリープしていた。

 そうなるのではないかと思っていたが……俺の予想が当たったようだ。


「やっぱりって……気づいてたのね。私が信也のことを好きだってこと」


 目の前で高校生の春香が顔を赤くして、うつむいている。

 可愛いが……彼女の手を取るわけにはいかない。


「ごめん……春香」


「え……」


「俺は君と付き合えない……」


「…………」


「だけど……どうか自暴自棄になんてならないで欲しい。春香はスゲエ可愛いし、性格だって良い。絶対に俺よりも格好良いやつと結ばれるはずだ。だから、自分を安売りして変な男に流されたりしないでくれ……!」


「……そっか」


 俺の精いっぱいの言葉を受けて、春香は涙を浮かべる。


「うん、わかった」


 悲しそうであるが、春香の表情は不思議と明るかった。

 まるで吹っ切れたような顔である。


「ありがとうね、真剣に告白を断ってくれて。私、ぜーったいに信也君よりも素敵な男性と付き合うから。その時に後悔しても遅いんだからね?」


 これなら、大丈夫だ。

 涙を浮かべながらも笑っている春香に、今度は自暴自棄になって自殺をしないと確信する。


「ところで、信也君の好きな人って……」


「それは……」


 後ろを振り返ると、校舎の陰から三人の女子が現れた。

 二橋夏樹、三内秋子、四条冬美の三人である。


「ごめんなさい、何だか邪魔しちゃったみたいで……」


「…………」


 俺は秋子の言葉を無視して、夏樹の手を取った。


「ふえっ!?」


「夏樹……俺と付き合ってくれ!」


 そして、堂々とそう告げる。


「わ、私!? 私で良いの……!?」


「お前が良いんだよ」


 嘘を言っているわけではない。

 元々、俺は四人のことを同じくらい大切に思っている。

 だからこそ、誰か一人を選ぶことができずに全員をフッて、結果として春香を死なせてしまったのだから。


「うーん……夏樹ちゃんか。それじゃあ、仕方がないかな?」


 春香が苦笑して、腰に手を当てる。


「それじゃあ、二人の門出を祝ってお祝いしようか!」


「夏樹はまだ返事をしていないけど……まあ、聞くまでもないわね」


「……信也さんが私を。エヘヘヘ」


 冬美が夏樹を見下ろすと、彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。

 これで「NO」ということはあるまい。

 俺と夏樹は交際することになって、もう夏樹が世界を滅ぼすことはないだろう。


「……いいわね。行きましょうか」


 秋子が言って、俺達は校舎裏から去っていった。

 桜の花びらが風の中で待って、俺たちの明るい未来を祝福しているようだった。



     〇     〇     〇



「いや、やっぱり滅んでんじゃん!」


 直後。

 十年後の世界に戻ってきた俺であったが、瓦礫の山に愕然と叫んだ。


「信也さん?」


「…………!」


 振り返ると、夏樹がいた。

 十年の年月分だけ成長している。


「夏樹! これはいったいどういうことだ!?」


「ふえっ!」


「どうして、世界がこんなことに……いったい、何で君は……」


「お、落ち着いて! また記憶が飛んじゃったんだよね?」


「ま、また……?」


 てっきり、夏樹がやったものかと思ったのだが……どうも様子が違う。


「また説明するね? これをやったのは……秋子さんなんだよ?」


「あ、秋子……?」


 夏樹の口から出てきたのは、予想外の言葉である。


 説明を要約すると次のようになる。


 十年前、俺は夏樹と付き合って他の三人をフッた。

 その結果、秋子が失恋のショックによって宗教にハマってしまった。

 新興宗教の信者になった秋子だったが……彼女は人間を操作するノウハウを身に付け、大勢の信者を引き抜いて独立した。


 そうして生まれたのが『夏時の黄昏教団』。

 歴史上最悪と呼ばれているカルト結社である。

 秋子に率いられた教団は世界各国でテロを行い、主要都市を破壊していったのだ。


「つまり、俺のせいか……」


「ううん、違う。これは私の……」


「いや、いいんだ。夏樹のせいじゃない」


 俺は夏樹の頭を撫でて……気がついた。

 彼女が両手に缶ビールを握りしめていることに。


「それは……」


「あ、さっき拾ったの。信也さんに飲んでもらいたくて……」


「ありがとう……!」


 俺はすぐに夏樹から缶ビールを受け取り、フタを開いた。

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