岩如翼撃墜作戦 / Operation Eater Down

Part 1

 アリアが新居を見つけた。この戦いが終わったら独り暮らしを始めるそうだ。死亡フラグにならなければいいが。本の読みすぎか。しかし結婚するわけではないからだいじょうぶ、などという楽観視はできない。損傷したディズは見境がなくなる。災害級でも例外ではない。岩如翼イワノゴトキツバサの本性がいかなるものであるのか。それは追い詰めてみなければわからないところがあった。

 無事に終わってほしい。祈りは無料だ。時間を無駄にする権利は、その時間の所有者自身に帰属する。さみしいな。正直にいえば。ずっといっしょにいる。そう伝えたのは、彼女にとって重荷だったろうか。あるいは単純に気持ち悪かったか。身分の濫用というそしりからはまぬがれえないところがある。

 今回の依頼の正式名称は岩如翼撃墜作戦。ナインステラ国家連邦と企業連合アライアンスが共同出資しており、鳥はこれに雇われる傭兵という立場だ。

 組織の発表した概要を見る限り、この作戦は失敗を前提としているふしがある。第一次攻撃隊の備考欄にある「老いさきテロメアがみじかいもの歓迎」という常套句は昇蜘蛛侵攻阻止作戦のときも見た。国家や企業の運用している促成兵や、寿命を悟ったベテラン傭兵に最後の戦場が提供される。前向きに解釈すればそうなる。捨て駒はいつの時代も自己陶酔能力の高さが求められるものだ。

 かくいうわたしには、レトロな参加要請書が届いていた。上位ランカーに送られてくる、赤紙と呼ばれているぶつだ。実際に赤い。アリアには見せなかった。自主的に参加したという体裁をとりつくろうためだ。組織に頼まれたからやるのではない。アリアのために、わたし自身の意志で戦う。そんなところを見せたかった。

 その朝、わたしは彼女の赤い髪の毛をなでていた。いつまでも触れていられそうだ。だから起きるまでつづけた。ときに指が耳に触れることがあった。起きそうで起きない。もうすこし、もうすこし、と時間を先延ばしにするのはわたしもアリアもいっしょだった。目先の欲望。わたしは彼女のひたいにキスをおとす。二度目だ。こんなことをするのは。

「……おはようございます、師匠」

 肌を紅くしながら起きあがる彼女の肩に信号をうちこむ。

 オハヨウ。

 その言葉はもうメモしてある。無用の行為にふける自分が卑しい。だから笑ってみた。彼女は笑顔を返さなかった。報いだろう。

 アリアと共に作戦参加者の受付所にいく。会議室とか名づけられている未使用の部屋に特設されていた。人事部門は清掃を好む。ほこりっぽさを感じなかった。

 ランクの問題で、わたしとアリアは別々の隊にアサインされる。ランクDのアリアは後方支援にのみ参加資格があった。新人は無理をするなという注意を口頭でもされる。それでもアリアは志願した。わたしにそれを止める権利はない。

 権利がないといえば、他にもないものがあった。選択の余地だ。組織は今回の作戦で上位ランカーを喪失したくないらしい。そのためわたしが配属されるのは遊撃隊という名目で編成される予備攻撃隊だった。組織からそういう説明をされたわけではない。しかし、最終防衛目標である極光雪原の組織支部を守るための戦力として使うといわれれば、それはもう戦場に出るなといわれているようなものだ。もしかすると自分よりもアリアのほうが危険なのではないかという疑問すらある。アリアとおなじ後方支援部隊の戦力補充要員としてアサインしてもらえないかと交渉してみたものの、さんざんしぶられたうえに許可がおりなかった。蜘蛛崩しの緋音アカネというネームバリューはわたしから戦場選択の自由を奪っている。笑えるな。実際に笑ってくれるやつはいないが。

 この作戦はわたしにとってもアリアにとっても満足のいく関わりかたができそうにない。そしてわたしの点数を回復するための足掛かりにもなりそうになかった。作戦参加前の簡易健康診断や妊娠検査を済ませ昼食をとる。アリアはわりとよく話してくれるタイプだと思うけれど、今日の食卓を彩るのはあざやかな沈黙だった。物憂げなアリア、無理して笑おうとするアリア、わたしの手の甲に触れてつたないモールスを打ちかえそうとするアリア。音をなくしたかのように、彼女はかたくなに話さなかった。ムリシナイデクダサイネを打ちこむのに90秒もかけた。度し難いと思うのは、そんなふうに彼女にさわってもらえる時間がみじかいと感じる自分だった。

 無理ってなんだろうな。むりやりならわかるよ。あの夜、わたしはしくじった。アリアを押し倒して、キスなんてしてしまった。ひたいにだけど。一度やらかすとハードルが低くなる。今日の朝もおなじようなことをした。意識がないのをいいことに。破廉恥ハレンチであると後ろ指を刺されても反論できない。慣れない表現をこころに浮かべるものではないな。わたしの手は軍服にしわが寄るくらい力強く、自分の手首を握りしめていた。

 日課の訓練を終えたあとのシャワーでも、わたしはアリアのことばかり意識していた。自分より背が高く、身体つきも理想と呼ばれるものに近い。比べれば比べるほど、わたしは相手を楽しませるのに必要な器官が発達していないのだ、ということを思い知る。それは自分自身の生殖能力の低さをも連想させた。生物学的には体格が多少ちいさめだろうが子供を産むのに問題はないし授乳能力が低いということにも直結しないはずだが、それらは知識でしかないわけで。なんか不安になるだろ? とかそういう話をする相手がわたしにはいなかった。そして、そんな話をしたい相手はいままさに自分の真横にいて、わたしの視線を感じていないのか、やけに隙だらけな感じで湯の雨を浴びている。抱きつきたいなと思った。なんなんだろうな、もう。

 一日中、やましいことを考えていた。おそらく。だから真剣に、自分が欲求不満なのかとか、そうであるならば処理してもらいにいくべきかと悩んだ。鳥のなかにもそういうのを生業なりわいにしているものがいる。その道は専門だからいい感じに対処してくれるんだろう。たぶん。よく知らない。本で読むばかりだから。

「だいじょうぶですか、師匠……?」

 夜中にベッドのなかでもぞもぞしていたら、アリアにそんなことまでいわれた。

 都合のいい羞恥心に身体をあぶられながらも、わたしは布のなかにもぐりこんで首を振った。なにも伝わるわけがない。なのに背中からぎゅっとしてもらえた。うれしい。本当に独り暮らしをはじめるつもりなんだろうか。いや、この心配は作戦が終わったあとにするべきことだ。

 いまやるべきは、まだ生あるものを抱きしめること。

 わたしは思いきって身体の向きを変えると、腕を背中に回して顔を覗きこんでみる。目を細めて、視線を重ねて。わたしのものにならないかって訴えてみる。

 アリアは拒まず、頭をなでてくれた。

「よしよし」

 なんか思ってたのと違う。

 そして、それきり進展はなかった。

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