苦情対応:猫バンバン

山本アヒコ

猫バンバン

「はい。こちら市民相談課です。どうしましたか」

「あの、猫が車のボンネットの中にいるみたいなんです」

 女性職員はいくつかの事を確認すると電話を切り、内線電話をかけた。

「はい。市民相談課第三室です」

 電話に出たのは二十代後半か三十ぐらいの男だった。

「湯柿さん。市民から、車のボンネットの中に猫がいるという電話がありました」

 男は大きなため息をつく。

「……住所はどこですか?」


 作業着を着た男が【間霧市役所】と側面にある白いバンから降りてきた。

「この車ですか?」

「はい」

 四十なかばほどの女性の車は、よく見る国内有名メーカーの軽自動車だった。男は近づくと掌でボンネットをバンバンと二回叩いた。

「にゃー」

 寒い季節になると、猫が車の暖かいエンジンルームに潜り込むことがある。そのまま運転すると故障の原因や、猫が不幸にも死んでしまうことになったりもする。

 それを防ぐのが、猫バンバン。車に乗る前にボンネットを叩いて猫を追い出すのだ。

 ボンネットを開くと、確かにブチ猫が一匹いた。

「林田さん! これで何回目ですか!」

「湯柿さんよ……だってよぉ、かみさんがさ……」

 ブチ猫がその見た目から想像できない、中年男性の声で喋る。

「またパチンコで負けたんでしょ。あっ、コラ! バッテリー液を舐めたら駄目だって、何度言ったらわかるんですか! 車が故障したら器物破損罪になるんですよ!」

 ブチ猫の正体は【油舐め】という妖怪だった。その昔は行灯の油を舐めていたのだが、二十一世紀となった現代ではサラダ油やオリーブオイル、石油にエンジンオイルなど個人の舌に合う油を舐めていた。

 実は油ではなく粘性のある液体状のものなら何でもいいらしく、この林田のようにバッテリー液のような変わり種を好む者もいた。

「うるせえ、ほっといてくれ」

「そういうわけにはいかないです。ほら帰りますよ」

 間霧市役所の市民相談課第三室【異人種対応部】の職員である湯柿の仕事は、市民から相談された人間以外とのトラブルを解決すること。

 湯柿はエンジンルームの隙間に入った猫を両手で掴む。

「嫌だ、オレは帰らねえぞ!」

「爪をたてないで! コードが切れたらどうするんですか!」

 ちなみに湯柿が油舐めの林田をエンジンルームから引っ張り出すのは、これで五回目だった。

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苦情対応:猫バンバン 山本アヒコ @lostoman916

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