第12話 初キスはクレープの味?

 あるき疲れた僕は、公園のベンチに沈みこんでいた。結論から言うと、僕はこの異世界をなめてしまっていたのだった。

 

「だから言っただろう。私が入れる店などこの王都にはないのだ。」


 ガンザさんはあきらめたような口調で、覚めた様子でベンチから離れて立っていた。この街での、人間以外の種族に対する差別の強さは思っていた以上に強かった。

 ガンザさんといっしょに街歩きをしていたら、僕も相当うさんくさがられたけど、ガンザさんに対する街の人々の態度はもっとひどかった。

 

 服屋さんもレストランも近づくだけで扉を閉めてしまい、入れもしなかった。あからさまに避けて通られたり、ガンザさんを僕のペットか売りものだと思って買おうとする奴まで現れた。僕はもう、怒り疲れたせいもあって公園のベンチでクタクタになっていた。


「なにか服が買えればと思ったんだけど、ごめんね、ガンザさん。」


「なぜカズミが謝るのだ。それに、どうせは私に合う大きさの服などないだろう。私はこれでいい。動きやすいからな。」


 ガンザさんは例の古びたマントをはおっていて、下は胸と腰にいつものボロ布を巻いているだけだった。僕はせめて彼女になにかできないか、あたりを見まわした。


「あっ! ガンザさん、ちょっと待ってて!」


 僕は公園の中の向こうの方に屋台があるのを見つけて走っていった。屋台からは甘いいい香りがしていた。



「いらっしゃいニャ~ン♪ おいしいクレプはいかがニャン? キミ、かわいいからクリーム増量するニャン!」



 小さな屋台には帽子を被った、ミルクティーに似た毛色の猫みたいな顔の店員さんがいて、僕の世界のクレープにそっくりなお菓子を売っていた。僕は迷わずダブルクリームでチョコソース入りのをふたつ買い、ベンチに走って戻った。


「ガンザさん! いっしょにこれ、食べようよ!」


 僕の手渡したクレープをしげしげと眺めていたガンザさんは、香りを嗅いでから勢いよくかぶりついた。


「うまい! こんなにうまいものは初めてだ!」


 ガンザさんはベンチにすわり、一瞬でクレープを食べてしまった。彼女の口もとや頬はクリームだらけだった。


「ガンザさん、僕のクレープもあげるよ。」


「本当か! わるいな、カズミ。」


 ガンザさんは僕の手からクレープを奪いとると、また瞬く間に食べてしまった。ガンザさんは名残惜しそうに自分の指を舐めていて、そんな仕草がたまらなく可愛くて、僕は手を伸ばして彼女の頬のクリームを拭った。


「ガンザさん、ほっぺにクリームが…。」


 僕が言い終わらないうちに、ガンザさんは僕の指をペロンと口に含んでしまった。なにが起こったのかを認識するまでに数秒間かかり、僕はさらに数秒かかってガンザさんに倒れこんでしまった。


「カズミ、どうした? 具合でも悪いのか?」


 ガンザさんは僕をうけとめてくれたけど、加重が偏ってしまったのでバランスが崩れて、僕たちはベンチごとひっくり返ってしまった。

 僕は思わずガンザさんにしがみついてしまい、彼女は僕に両腕をまわしてかばってくれた。地面に倒れてからしばらくして、僕たちは互いを見つめ合ったあと、大笑いをしはじめた。



「ふふふ、すまなかったな、カズミ。大丈夫か?」


「うん。ただ、ちょっとびっくりして…。でも、なんだかこうしているとまるでデートみたいだね。」


 浮かれた僕はつい調子にのって口走ってしまったけど、ガンザさんは首をかしげた。


「でえと、とはなんだ?」


「説明が難しいなあ。今日みたいに、ふたりでいっしょに出かけたりして楽しくすごすことかな?」


「カズミのいた世界にはそんな習慣があるのか。でえとか、なにかいい響きだな。気に入った。」


 僕は先に立ち上がったガンザさんにひっぱり起こしてもらった。


「カズミ、またでえとに行こう。」


「うん!」


 僕たちは手を繋いだままうなずきあった。ガンザさんがなかなか手を離さないので、僕も握ったままにしていた。


「なあ、カズミ。」


「な、なあに? ガンザさん。」


 ガンザさんは赤くなり、明らかに挙動不審になって頭をかいた。


「その…でえととやらではな、ああいうことはしないのか? あれだ、私が寝ている間にカズミが私にしようとしたようなことをだ。だから、つまり…。」


 ガンザさんはようやくそこまで言うと、僕の手を離して恥ずかしげに後ろを向いてしまった。僕も頭の中が真っ白になって、誤解をとかなきゃと焦った。あの時、僕はむりやりキスをしようとしてたわけじゃなかったんだけど。いや、今ならしてもいいのかな?



「ニャンだ! キミたちはニャ!」


 静かだった公園に、急に大きな叫び声が響き渡って、僕は現実にひきもどされた。さっきのクレープ屋さんの声にちがいなかった。

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