第9話 あぶない組織の話

「あの、なにしてるんですか?」



 僕は深呼吸して自分を落ち着かせてから聞いたけど、ふたりはとても冷静だった。体格差がありすぎて、抱きしめ合っているというよりも、グロリアさんがガンザさんに襲われているという感じに見えなくもなかった。



「わたくし達は愛しあっているのです。あなた様は邪魔をせずにそこで見ていてください。」


「なにをいう! いい加減に離れろ!」


 ガンザさんがグロリアさんを強く押しやったのでソファがギシギシと音をたてた。僕はどうしていいやらわからないので、お盆で顔を隠してしまった。


「カズミ、これはちがうのだ。あとで説明する。」


「わたくし達の関係をバラすのですか? ふふふ、まあガンザさんにおまかせしましょう。ガンザさん、確かにお伝えしましたからね。ボスが期待していましたよ。ではまた。」


 僕がお盆を外すと、グロリアさんはいつの間にかとんがり帽子をかぶって立ち上がっていた。急に近づいてきたので僕はまた彼女が抱きついてくるんじゃかって警戒して身を固くしたけど、すれちがいざまに彼女は僕の肩をポンとたたいただけだった。


「今後とも、よろしくお願いしますね。」


「えっ?」


 グロリアさんは僕に魅惑的な笑みを見せてから部屋を出ていった。




 居酒屋が閉まって仕事が終わるのは真夜中で、僕はクタクタだった。全身が汗だくで気持ちが悪かったけど、オヤジが店員用の水場を教えてくれた。僕は顔や頭を洗い、水に浸した布で体を拭いた。水が冷たいけど、お風呂は公衆浴場に行かないとないらしく、節約のためには我慢するしかなさそうだった。


 背後に気配を感じて僕がふりむくと、ガンザさんの巨体が見えた。ガンザさんは僕がいるのになんのためらいもなく身に巻いていた布を脱ぎ捨てると、しゃがんでじゃぶじゃぶと水を浴び出した。

 僕は家族以外の女性の裸なんかを直に見るのはもちろん生まれて初めてで、全身の血液が沸騰するような感覚に襲われた。彼女のほうを絶対に見ないようにしながら、僕はすばやく出ていこうとしたけど腕を大きな手でがっしりとつかまれた。


「待て、カズミ。もっと丁寧に洗え。私がやってやろう。」


 僕は腕をつかまれた瞬間に、体全体に電流がはしったみたいにビクッとした。彼女の怪力に抵抗できるはずもなくて、僕はおとなしく背中を丁寧に流してもらったけど、なんだか色々と堪えきれそうになくなってきた。



「もういいです…。」


「そうか。では、私の背中を洗ってくれ。」


 僕がそっとふりむくと、彼女は大きな背中をこちらに向けていた。僕は彼女の肩から腰にかけてのしなやかで見事な筋肉のラインに目がくらみそうになり、気を紛らわせるためになにか話題を考えた。


「ガンザさん、さっきのはいったい?」


「ああ、あれか。」


 ガンザさんはこりをほぐすように首や肩をまわし、なんでもないような口調だった。


「カズミには私の本当の仕事について話したな。」 

 

「はい。」




 昨夜、ガンザさんは僕にとんでもないことを教えてくれたのだった。


「カズミ、実はあれが私の本当の仕事なんだ。」


「仕事って!?」


「ああ。実は私は、ある組織に属している。」


「組織?」


 話が急にあやしい方向に進みだしたので、僕はつい質問魔になってしまった。


「誰かからの依頼に応じて、標的である悪人や犯罪人を消し、報酬をもらう秘密の組織だ。私はたまに、その組織からの指示に従って動いている。」


「じゃ、あのおじさんも標的だったの?」


「ああ、そうだ。あこぎで有名な高利貸しだったらしい。」



 僕はガンザさんの話にはとてもついていけなかった。警察はないのにそんな組織があるなんて、やはりここは本当に異世界で、僕の住んでいた世界とは倫理観とか何もかもが違っているのだった。



 僕はガンザさんとのそんな会話を思い出していた。


「その話と、グロリアさんはなにが関係あるの?」


 僕はなぜか少しきつい口調になってしまい、ガンザさんは前を向いたまま頭をかいた。


「グロリアはな、実はあいつもその組織の一員でな。私はあいつに誘われて組織に入ったんだ。」


「グロリアさんも? 組織のメンバー?」



 僕にはとても、グロリアさんがそんな危ない組織の関係者だなんて信じられなかった。確かに行動はむちゃくちゃだけど、見た目は普通の、いやいやとんでもなくかわいい人だった。



「あいつは、組織の指示を私に伝えにくる連絡員なんだ。」


「じゃ、グロリアさんがここに来たってことは?」


 僕の質問に、ふりむいたガンザさんはいつになく険しい表情で牙をむいた。


「ああ。仕事だ。しかも今回はかなり大きな仕事だ。」



 なぜかガンザさんは楽しそうにも見えた。彼女は口もとに不敵な笑みを浮かべていて、僕はすこし不安になったんだ。

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