ぼくは死神さんを証明する。
國枝陽
ぼくは死神さんを証明する。
死神さんがいて、そいつと仲良くなると大体ぽっくり逝くんだとかなんとか言われて、はいそうですか、じゃあ近づかないようしときますね、なんて言えるはずもなく、ぼくはその女性に興味を持った。
だって面白そうなんだもの仕方ない。転校初日は会えなかったので、二日目は情報収集をすることに。するとますます死神さんの不憫な嫌われっぷりが丸裸になっていくではないか。
死神さんは嫌われている。村の人間からとくに。うちの爺さまもあの女と関わって死んだよ嗚呼悲しい、とかいう婆さんがいたりする。
なぜそんなことが起きているかと言えば、そもそもこの村が高齢化してるからなのだけれど、婆さんや爺さんは、その理由を全部この死神さんに背負わせているらしい。死神さんの家はスプレーかなにかで落書きされていて、いまも消される様子がない。なんでも村の校長先生が亡くなったときに、子どもたちが怒って、悪戯したのだとか。ぼくもなんか書いておこうと思って、壁の端っこにチョークで「愛してるぜベイビー」なんて都会っ子らしい言葉を並べてみることにした。
「あの……」そのとき、声がかかった。振り向くと可憐な女性が佇んでいて、ぼくを見下ろしていた。
「落書き……やめてもらえますか。やっぱりあなたも、わたしが嫌いなんですか」
「いやいや、書いている内容をみなよ」
女性は首をかしげて、その書かれたピンク色の愛のメッセージをみる。
「え? 愛してる? ベイビー? な⁉ ど、どういうことでしょうか」
「そのままの意味だよ。ベイビー」
「あなた中学生ですよね」
「そうだとも。ベイビー」
「ベイビーはやめてください」
「ベイビー、おおベイビー。わかったよ。やめるからその凶器的な目でサディスティックにぼくをみるのをやめてくれぼくのなかのマゾヒズムが肥大化して興奮しそうなんだほんとうに」
「あなた……変態」
「ちがう! ぼくは断じて変態などではない!」
顔を赤らめる演技によって、女性はくすりと笑った。ちなみに息を数秒止めると、顔は赤くなる。それにまんまと騙されて、女性は「なんだ。案外中学生らしいですね」と言った。
「でも、」女性はそのとき、悲しげに目を伏せた。「私にはあんまり近づかないほうがいいですよ。みんな死んじゃうから。ね? 変態くん」
「最後の言葉いらなくないっ⁉」
こうして第一戦を終えたぼくは、次の日から足繁く、女性のもとに通った。理由など作ればいくらでもある。この村では、外から入ってくるものに対して、警戒心が高いので、ぼくは転校してから延々と爺さん婆さんの話を聞いてあげたり、お裾分けしたり、一緒に温泉に入って老人たちと友達になったりして、情報源ならいくらでもあった。いわく、あの女は男をすぐに虜にする。そして、男が良い感じになると、呪いかなにかで殺す。村の婆さんが信じ切ったように言うからぼくはその婆さんに「愛ってのは呪いなんだね、愛することの恐ろしさを知ったよ。ぼくはちなみにあなたも愛していますよ、ミスヤナギさん」と言った。
「やめてくれ。中学生のませガキの愛なんぞ偽物よ。それはただの情欲さね」
「は? 誰が歯もない婆さんに情欲するんです?」
その言葉に周りの爺さん婆さんが笑った。そうだそうだ、誰がこんな歯抜けと、なんて涙を流しながら笑っている。かといって言われた歯抜けの婆さんも腹を抱えて笑っている。実に滑稽な様子だが、これがこの村の日常だ。
そのとき、ふと女性が歩いているのがみえた。老人達はみえていないようで、というか、大体こういうときって無視しているみたいなので、ぼくは用があるふりをして、あとをつけることにした。
あぜ道をぬけ、家々の並ぶ道なりに進むので、時折、石ころを投げたりして、威嚇をした。そうすると彼女は震えて振り返るのだった。
「びびったでしょ」
「うわああ!」
女性がのけぞりかえってぼくをみる。「やあ、見目麗しき我が乙女よ」
「驚かさないでください!」
「なんで?」
「なんでもなにも、私ったらてっきりまた悪戯かと思いました。まあ、これも悪戯なんですけどね――とにかく、なんですか突然。てか、誰があなたの乙女なんですか。もう乙女の年齢は過ぎてるし。それにどうしてそんな言葉をいっぱい知っているんですか。見目麗しいとか久しぶりに聞きました」
「まあまあ、落ち着いて。質問の一つぐらいは答えましょう」
「全部答えなさいよっ」
「ぼくはこうみえて秀才なのですよ。学年テストでは毎回一位ですし。まあ、三人中ね」
「はあ? それってすごいの?」
「すごいに決まってるだろっ! ぼくは人生で負けたことなどないのだよ」
「あらそう。はい、ジャンケンぽん」
ぼくは気がつくとパーを出していた。女性はグーを出していた。ぼくはぐふふと嫌らしく笑い、女性の拳を、その手のひらで包み込んだ。冷たくもすべすべした肌を握りしめると、ぼくはどこかの悪徳地主のように、その肌を撫でた。女性が顔を真っ赤にしてぼくを睨む。
「負けてやんの。この流れで負けるとか、どれだけの強運? 不憫だねえ。お姉さん。不憫だねえ」
「ああ、もううっさいわね。なによ、今日は。用事を言いなさい。用事を」
「用事がないと会えないのかい? ぼくらの関係ってそんなもんじゃないだろ? それにこのぼくが誘ってるんだぜ」
「うわあ。そういうタイプ? 男尊女卑的価値観に凝り固まった一番嫌われるナルシスト系男子? 引きますね」
「やめて! 男子の自尊心を叩き割る女性特有の目はやめて! それにはトラウマしかないんだ!」
すると女性がやっと笑った。ぼくはなぜこのタイミングで笑うのかわからなくて、思わず一緒に笑ってしまい、どうみても喧嘩したあとに目をあわせて何やってんだろうな俺たち、みたいな青春ドラマの一番クサイシーンに突入していることに気がつき、ぼくは笑うのをやめた。
「なんで突然真顔になるの」
「いまのは愛想笑いだ。それよりも、今日も護衛するよ」
「護衛? ああ、そんなこと言ってたね」
「そうさ。きみはいつも命を狙われるんだ。そして危ないときに颯爽とかけつけたぼくが君を助ける。ああ、なんと情熱的な恋。命危うし姫君と、主君に尽くす騎士の、熱いリビドーの交わしあい――って先に行かないでよ」
「いや、話長い男は嫌われるわよ」
「はあ! んなことないし! ぼくめっちゃモテるし」
「学年三人しかいないんでしょ。モテることすらできないでしょ」
「リセちゃんはぼくが好きだって言ってくれたからっ!」
「あっそ。ほら、姫は行っちゃいますよー」
「待って!」
夕暮れが訪れる。村を囲む山々の裾に下りた金屏風のような陽の光が、森を葡萄色に染め上げる。ぼくは女性をその落書きだらけの家まで送り届けた。
この落書きもどうにかしないとなあ、とか考えていると、先ほど、ぼくに歯がないと言われた婆さんが後ろからにょきっと出てきた。
「あんた、死神に関わると死ぬよ」
「えー、ぼくは歯があるから大丈夫だよ。おばあちゃん」
「校長先生は丈夫な歯が五本あったが、死んだ」
「五本だけでしょ。ぼくは全部あるから」
「はあ。あんたはあの女とは全く違うね」
「どういうことです?」
老婆はその家を見上げ、ため息交じりに言った。
「あんたはこっちに引っ越してきてから、もうすっかり村に馴染んで仲良しだ。それなのに、こっちの嬢ちゃんはほとんど家に引きこもってる。そりゃ怖いだろうね。私たちに死神扱いされて」
「なんで死神って言うことにしたの?」
「最初に、この村の一番偉い役場の男がね、この女に惚れて、女も惚れて、それだったのに、男は死んだ。山からの転落だった。それから慰めていた校長先生も死んだ。そりゃ奇妙な偶然だったから、みんな死神と呼ぶだろうね。だけど、それをあの女は怒って、私たちと関わらないことを決めてしまった。なんだかねえ、私はなにが正しいのかわからないよ」
「そっか」
「だろう? だからあの女と関わるのは――」
そのとき、不思議とその言葉はすらすらと出た。風が吹いて、秋の乾いた風が、頬を撫でた。
「ぼくが証明するよ」
「なにをだい?」
「彼女が死神じゃないってこと」
雨が降っていた。学校は臨時休業。土砂災害に気をつけろーって朝から爺さんが駆けつけてくれた。この爺さん、爺さんのくせに足が早いのなんの、強風と雨に負けない足腰があるらしい。ぼくなんて外に出ればすぐに吹っ飛ばされそうだ。まあ、外に出るんですけどね。
「ちょっと、どこいくの? カケル」
「ふふ、止めないで。マミー。ぼくはいまから――」
「いいから、部屋にいなさい。リセちゃんに言いつけるわよ」
「やめてっ! リセちゃん、マジで怖いから。ぼくのためなら普通に人殺すから! ――てかあれこそ死神だろ」
なんて言いながら、部屋に戻る。窓の外の雨は強まり、森はざわめいている。ぼくはなぜかあの死神さんのもとへ行こうとしていた。なんだか心配だったからだ。きっと誰も彼女を心配していないから、土砂崩れが起きそうだなんて知りもしていないはずだ。
「やっぱり行くか」
ぼくは荷物をもう一度持ち、雨具を身につけた。お母さんはテレビをみて、物憂げにしているから、その隙に外にでる。なんだかお母さんの背中から、わかっているわよ的なオーラがでていて、安心した。たぶん気づいてはいるのだろう。だけど、こうみえても十三才だ。ぼくは死神さんのもとへ駆けだした。
暴風雨のなか、彼女は仕事に向かおうとしているのか、壊れた傘を持って歩いていた。もうやけくそと言った感じだった。目は真っ赤だし、こりゃ泣いてたな。でも口にしないのが男なんですよね、わかります。女性は道端のバス停に入っていった。もう限界だったのだろう。屋根付きのバス停で、彼女はびしょ濡れの髪と服を抱えて、ベンチに座り込んでしまった。ぼくはゆっくりとその場に近づく。雨音が凄みを増して、ぼくを襲う。
「どうも」
「あら? きみは、いつもの」
「カケルです」
「カケルくんっていうんだ。いま知った。なにしてるの?」
「ちょっとだけね」
彼女の隣に座ると、少し黙り込んでしまう。なんて言おうか悩んだ。なんか言おうとしていたんだけど、喉の奥に突っかかって出てこない。魚の骨が喉に刺さったみたいだ。痛くて、もどかしい。
「ねえ、あなた、もしかして私のこと捜してた?」
「どうして?」
「そんな風に見えたから」
「そりゃあね。ぼくはいつだってあなたの――」そこまで言いかけてやめた。ふざけるのもなんだか嫌な気分である。すると彼女は首をかしげた。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ。今日は土砂崩れするかもしれないから、帰った方がいいよ。学校も休みだし、職場だって休ませてくれると思うからさ。それじゃ」
ぼくがなんだか様子がおかしいままに出て行こうとするのを、彼女は何も言わずに見届けようとした。ぼくはでも、立ち止まった。言わなくちゃならないことがあったことを思い出したのだ。
「あなたは死神なんかじゃないよ」
「え?」
「ぼくが絶対に証明するから」
そのとき、彼女の瞳が煌めいた。ぼくは恥ずかしくなって、頬が熱くなるのを感じた。
「ありがとう。でもどうしてそこまで?」
「さあ。たぶん、似てるんだと思う」
「似てる?」
「ぼくと、お姉さん。なんだか似てる」
彼女は涙を拭うと「そっか」と笑った。「ありがとう。約束は守りなさいよ。死神じゃないこと、証明してね」
「うん。絶対にする」
それから雨は止んだ。ぼくは家に帰ってきて、お母さんにこっぴどく叱られて、そのあと、お風呂でぷかぷか浮いていたら、顔が熱くなってきた。ぼくはぼくの言ったことを思い出した。あなたは死神なんかじゃない。ぼくが絶対に証明するから。
「いや、ぼくってかっこよすぎぃ!」
自画自賛である。清々しいまでの。ぼくはお風呂をあがると、その後、天気が晴れるまで、ずっと空を眺めていた。帰ってきた父親が「なんだこいつ。恋煩いか」なんて言っていたが、所詮は戯れ言。ぼくは鼻で笑った。
久しぶりの学校に行くとリセちゃんからも叱られた。その後、帰り道で、お姉さんを待つ間、田村商店というお店で、爺さん婆さんと話し込んだ。歯抜けの婆さんはこの前のことを――憶えているかもわからないが――別に話すわけでもなく、何ともなしに歯のことをまたみんなからいじられて笑っていた。
「じゃ、ぼくは帰ります」
「おう、気をつけてな、坊主」
「歯をなくすんじゃないよ」
「そっちこそ」
「わたしゃもうないよ」
笑い声とともに、ぼくは去って行く。お姉さんが歩いているのがみえた。ぼくは「おうい」と声をかけた。
「あ、カケルくん」
「お姉さんって、やっぱり後ろ姿が印象的だよね。すぐわかったよ」
「後ろ姿、ね。なんだか死神みたいじゃない」
「あはは、そうともいう」
頭を拳骨でぐりぐりされた。痛い。
すると今日はお姉さんが家のなかに招き入れてくれた。とても――悪戯されて酷い――外見からは予想もできない華やかな家だった。ぼくは思わず感嘆の声をもらしながら、広いダイニングキッチンを走り回った。
お姉さんは「やっぱり子どもね」なんて言っていたから、なんかムカついたので、
「十三才のガキを家に連れ込む変態女は誰かな」
と言ってやるとお姉さんは顔を真っ赤にしてぼくを追いかけ回した。結局、ふたりで家中を走り回り、ぼくは捕まり、拳骨で頭をぐりぐりされた。痛い。
「なんでお姉さんはここに一人暮らししているの?」
ぼくは腫れた頭を撫でながらそう尋ねた。お姉さんは考え込むようにして首をひねった。
「色々理由があるけど、まあ、疲れたのよ。いろんなものに」
「っふ。疲れてやってきた田舎でいじめにあうなんて、不憫である」
「あんた、このクソガキ――」
お姉さんは怒りそうになりながらも自制した。ぼくは彼女の出した紅茶を飲みながら、鼻歌をうたった。
「あんたもなんでこんな村に越してきたの?」お姉さんが紅茶をすすりながら尋ねる。
「いじめられたんだ。こっぴどくね」
「え? そうなの?」
「うん。だから、こんな場所まで逃げてきちゃった」
「そっか。ごめん」
「いいよ、別に。もう気にしてないし」
嘘である。いまでもいじめのことは夢にみるのである。ぼくはしかし、お姉さんには内緒にする。なんだか小っ恥ずかしいのもあったからだ。いじめられた過去なんてそんなものだ。一生、傷つくのだ。ぼくの人生は台無しにされたって、ずっと思い続けるのだ。ぼくは指を二つ立てて言った。
「この世界には二種類の人間がいます」
「二種類?」
「ええ、一種類目は、不条理があったときに、それに立ち向かい抗う人。二種類目は、不条理があったときに、そんなもんだ、と受け入れられて、生きられる人」
「あなたは、後者?」
ぼくは前者だよ、ばーか。なんて言わず、黙ってみた。まあ察してくれってことだ。ぼくはいまでも過去の自分が大嫌いなのだ。ま、言わないけどね。
時間が経つにつれ、いろいろな話をした。彼女の失敗談から恋愛話まで、何から何まで語ってもらった。そこには、この村に来てからの話もあった。役所の人にストーカーされたって話だ。
「役所の人?」
「うん。でも、その人亡くなっちゃって。それで私が最初に疑われたの。まあ、私はなにもしてないから、死神扱いで終わったけど」
どこかで聞いた話だなと思った。ぼくはその話をしていたのが誰だか思い出せなかった。ただ時間ばかりが過ぎていった。ぼくは夕方頃、帰ることになった。
「今日はありがとう。また遊びにおいで」
帰り道、少し暗くなってきた町。
目の前に歯抜け婆さんが立っていた。こちらをじっと見ている。そういえば役所の偉い人が死んだという話をしたのはこの人だ。でも、ストーカーの話は出てこなかった。
「どうも。歯は生えてきた?」
「いいえ」婆さんは首を横に振った。目玉の黒が大きく広がっているようにみえた。
「もしかして、なんか怒らせちゃった?」
「いいえ」また首を横に振った。黒い目が段々と大きくなる。
「役所の人はストーカーをしていたの?」
婆さんは首を横に振らなかった。その代わりこちらに歩いてきた。
「もしかして、あなたの息子さんかなにか?」
「ええ、彼は息子だった」婆さんは頷いた。もうすぐ傍まで婆さんは来ている。
「そりゃ、大変だ。あなた最初に言っていたよね。役所で一番偉い人が女の人に惚れて、女も惚れて――みたいなこと」
「ええ」
「なんで、女の人が惚れたって嘘をついたの?」
老婆は立ち止まった。もうすぐ目の前に歯抜け婆さんはいる。
「相手の気持ちがわかるはずないじゃん。それに、お姉さんは言っていたよ。ストーカーされたって」
「ええ」
「おかしいよね。絶対」
「ええ」
「あなた、もしかして――」
老婆がぼくの手を掴んだ。もう片っぽの手には包丁が握られていた。ぼくは嘘でしょと思った。この人、あれだ。犯人だ。お姉さんのことを逆恨みしてる人だ。ぼくは逃げようにも、手を取られている。まずい、と思った。周りに人はいない。刺される。
「ええ」心の声を聞いているかのように、老婆は言った。「あの女だけは許したくないの。あなたを殺せば、死神の噂はもっと広まる」
「でも、あんたは捕まる」
「いいわ。別に。だって、あなたの死神さんの証明は失敗に終わるもの。わたしなんてもうすぐ死ぬしどうせ」
そのとき、ぐさりと包丁が、ぼくの脇腹を突き刺した。
――ように思えた。
目蓋を開くと、老婆が泣いていた。その涙はまるで真っ赤な血にみえた。それほどまでに老婆は何かを食いしばっていた。ぼくの腹の数センチまえでそれは止まっている。
「愛は呪いだね。どうしてもあんたを殺したいのに。殺せないよ」
「ど、どうして」
「校長はあんなに簡単に殺せたのに。ああ、おかしい」
老婆が手を離す。ぼくは息を弾ませながら、彼女のことをみつめていた。
「あんたの勝ちだ。もう誰も死なないよ。大丈夫。あの子は死神なんかじゃない」
「どうして?」
「いま、あんたは自分の生き方で証明したんだ。わたしがあんたを愛しちまった時点で、わたしの負けだったね」
「わからないよ。どういうこと?」
「いずれわかるときがくる。いずれね」
その後、警察を呼んだ。老婆の要望だった。歯抜けの婆さんは捕まった。ぼくは警察に保護され、両親に引き渡された。なんでもあの校長殺しの事件は謎が多いだけでなく、権力でもみ消されたあとがいっぱいあったらしい。ぼくはよくわからないが、でもとても恐ろしいことがあったことはわかった。お姉さんに会いたいと言ったが、あの人はいま忙しいのだと言われてしまった。
あれからお姉さんへの死神扱いは止まったらしい。ぼくの父さんも事情を知って動いてくれたそうだ。でも、なぜか心のなかではもやもやした感情があった。老婆はなぜ、ぼくを殺さなかったのだろうか。それがよくわからなかった。老婆は言った。いずれわかるときがくる。
いずれ、か。
学校に復帰するとリセちゃんに叱られた。また危ないことしたんでしょって。ぼくは愛されているな、と思った。
愛されている? そのとき、あの老婆の言葉も蘇った。
「愛は呪いだよ。どうしてもあんたを殺したいのに。殺せないよ」
ぼくは「ねえ、リセちゃん」と尋ねた。
「愛ってなんだと思う?」
「あい? わたしはカケルくんのこと愛してるよ!」
「そうじゃなくて、その愛がなんなのかってこと」
「うーん。しゅくふくじゃない?」
「え?」
「だから、祝福。お母さんが言ってたもん。愛される人は幸せだって。愛することはプレゼントすることだって。だから祝福だよ」
祝福。まるで呪いとは正反対の言葉だった。ぼくはますますわけがわからなくなった。
お姉さんに再会した。彼女はぼくをみると、
「久しぶり、変態くん」と言った。
ぼくは変態じゃないよと訂正したけど、それどころじゃなかった。彼女の姿に見惚れていた。今日のお姉さんはなんだかいつも以上に綺麗だった。ぼくが心臓をどきどきさせていると、お姉さんは言った。
「ありがとう。いろいろと。それからごめんね。あんなことに巻き込んじゃって」
「え? あ、ううん。別にいいよ」
「本当にごめんね。それで、その、伝えたいことがあって」
「な、なに?」
「わたし、引っ越すことになったの」
「え?」
ぼくは驚きすぎて、尻もちをついた。お姉さんがくすくすと笑う。ぼくはお姉さんのすべすべした手に引かれて立ち上がる。
「色々な迷惑をかけてしまったから、仕方ないわ」
「だ、大丈夫だよ」
「ありがとう。ほんとうに。ありがとう」
「ねえ、引っ越さないでよ」
「ううん。ごめんね。わたし、夢があるんだ。一度は諦めたけど、もう一回、わたしの力を試してみたいの」
「それはここじゃできないこと?」
「うん。都会に行く。もう逃げるのはやめたの」
ぼくは気がつくと、涙ぐんでいた。なぜかわからないけど、涙がでてきた。ああ、こんなところで泣くなんて。ぼくは恥ずかしくて、それから情けなくなった。なのに、お姉さんはぼくを抱きしめた。
「ありがとう。全部。きみのおかげです。カケルくん」
「どういうこと?」
「さようならは悲しいことじゃないよ。もう一度会うための約束ができる」
「約束――」
「うん。わたし忘れてた。きみが証明してくれるまで、忘れてた。きみがわたしを死神じゃないって証明してくれた。だから、これからはわたしの番だと思うの」
「証明するの?」
「そう。わたしが証明してみせる」
「なにを証明するの?」
「きみのこと」僕は笑ってしまった。でも彼女は言う。「きみ、昔の自分が嫌いでしょう」
「なんで知ってるのさ」
「わたしと一緒だから。でも、そんなきみでも生きていける。そんなきみでも、夢は叶えられる。それを証明してみせる。
だってきみは証明してみせた。この世界に愛があるってことを」
そのとき、はっとした。ぼくが証明したのは、彼女が死神じゃないことだけじゃないって。
婆さんはぼくを愛してしまったが故に殺せなかった。それは僕からしたら祝福で、婆さんからしてみたら呪いだ。そういうことなのか。ぼくは愛を証明してしまったらしい。そして、彼女はその次に、僕が生きることを証明しようとしている。
「七年後にしよう」ぼくは言った。
「七年?」
「ぼくが二十になったら、もう一度ここで再会しよう。それで、証明を終えよう」彼女は微笑んで頷いた。
「でもどうして七年後なの?」
「え? 二十なら、お姉さんと結婚できるかなって思って」
そのときの、一瞬の沈黙をぼくは忘れない。ぼくたちは顔を見合わせて笑った。まるで青春映画のクサイワンシーンのように。でもそれでよかった。
ぼくはまたひとつ、嫌いだったものを愛せた気がした。
QED
ぼくは死神さんを証明する。 國枝陽 @ifharuka
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