第9話 知らない世界

 氷のような冷たいものが額に触れ驚いて目を開けると、見たことはない天井が目に入る。


「おはよう」


 凛とした声が側で聞こえたかと思うと、銀色のような白髪に、透き通った空のような瞳を持つイケメンが目の前にいた。

 少女漫画に出てきそうな、騎士の服がとても似合っている。

 

「やはり、まだ体調が優れないか?」


 驚きで黙っていると、熱を測るようにそのイケメンがまた額に手を伸ばしてきたので、急いで起き上がる。

 寂しそうに手を戻すイケメンに少し心が痛むが、イケメンに見惚れている場合じゃない。

 ここはどこだろう。


「ヨウ?」


 キョロキョロしている私が不審なのか、イケメンも困惑している。

 

「はい! えっと……」


 この方はどちら様だろう。私の名前を知っているようだし、どこかで知り合ったことがあるのかな。

 もしかしてあのとき生き延びて、この人が助けてくれたとか?

 そうだったとしても勇くんに連絡が入るはずだし、お互いに外国人の知り合いはいない。


「マルバス様! どちらにいらっしゃいますか!」


 遠くから叫ぶ声が聞こえ、目の前のイケメンがため息をつく。

 拳のサイズほど開けた扉から、その声の主が飛び込んでくる。


「まあ、マルバス様! また、こちらにいらっしゃったんですね。未婚女性の部屋に入るなとあれほど注意したにも関わらず……。ご自身の身分をお忘れですか?」

「うるさいな」

「またそういう口の聞き方をして! マルバス様は良いかもしれませんが、ヨウ様が困るんですよ!」

「……それは困る」


 メイド服を着た女性がイケメンを邪魔そうに手で避けながら室内に入ってくる。茶色の髪を纏めた女性は安心感を抱かせるよな優しい雰囲気をしている。


「ヨウ様? 具合はどうですか?」


 私の額の熱を測ろうと女性が手を伸ばすと、イケメンがその手を掴んで止める。


「私が熱を測ろう」

「マルバス様のお手は借りません。早めにお仕事へ行ったらどうですか?」

「ヨウが心配だから、ここにいる」

「あなたがいたらヨウ様は気を抜くことができず、安静にできないでしょう」


 ね?というように見られたが、知らない環境で知らない人に囲まれていては、どちらにせよ落ち着かない。


「どうしましたか?」


 あまりに私が喋らず不自然だったからか、女性が心配そうに覗き込んでくる。

 応えようにも名前がわからないので、曖昧に微笑むことしかできない。


「マルバス様、はちみつ紅茶を持ってきていただけませんか?」

「よくも主に命令できるな」

「あら。ヨウ様のためですよ。それにヨウ様が倒れたのは誰の責任だか、お忘れですか?」


 イケメンは「うっ」と小さく唸ったあと、家に帰りたくない子供のように背を縮ませながら部屋を出て行った。

 冷たそうに見えるけど仕草が可愛らしい。

 紙があったらデッサンしたい。そう思って違和感に気がつく。

 イケメンの顔立ちや服装。今いる部屋。どこかこのデザインに見覚えがある。


「マルバス様はブレイク家の後継でいらっしゃることに自覚がないのかしら。本当にいつもいつも……」

「マルバス……ブレイク……」


 マルバス・ブレイク。

 その名前と容姿は私が作り出した大切なキャラクターであり、テンコイで連載していた『浮気された専業主婦の私が異世界転!?結婚はしたくないのに冷血騎士に結婚を迫られています』のメインキャラだ。

 もしかして私は自分が描いた漫画のなかに転生してしまったのだろうか。

 そんな、まさか。


「ヨウ!? ヨウ!」


 食器が割れるような音と低い声が聞こえたときには意識を失っていた。

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