第2話 変化
「ようちゃん、お風呂上がった?」
「あ、突然開けないで。着替えてたらどうするの」
「ごめん、ごめん。ドライヤーの音がしてから随分と出てこないから、なにかあったかなと思って」
「最近忙しかったからしっかりケアしないとと思ってただけ。見られて恥ずかしい」
同棲期間はなく、お互い実家暮らしだったこともあり、こうやってお風呂上がりの姿を見られるのはまだ慣れない。
田辺さんは、勇くんと同い年。編集者という多忙な生活を送っているにも関わらず、いつ見てもとても可愛くて、女の子らしい甘い花のような香りがする。同性の私から見ても女子力抜群でモテるのだろうなという感想を抱く。
「今月は俺の原稿のお手伝いしてくれたもんね。お疲れさま。本当に助かりました。あー、ようちゃんの匂いがする」
「同じもの使ってるんだから、同じ匂いでしょ」
「石鹸とかそういう匂いとは違う、ようちゃん自身の匂い。っていうとなんか変態ぽいかな」
「うん。ちょっと変態ぽいかも」
くすくすと笑っていると、勇くんと視線が交わる。
自然と目を閉じようとすると、チャットのメッセージが浮かんできた。
『菜摘って花の匂いがするよね。甘過ぎなくて、少し凛とした感じの』
匂いが詳細にわかる関係ってなんだろう。かなり近づかないとわからない気がする。
「いった……!」
「あっ、ごめん!」
思い切り勇くんを突き飛ばしてしまい、洗濯機の角に腰をぶつけた勇くんはびっくりして目を見開いている。
「ごめんね、違うの。えっと」
「どうしたの。体調悪い?」
「ちょっと逆上せたみたい。ちょっと麦茶取りに行ってくるね」
不自然だったかもしれない。でも逃れる言い訳にはなった。
浮気が確定したわけではないけど、田辺さんとの関係が不明確な状態で、勇くんと触れ合う勇気が出なかった。
「大丈夫? 確かに少し顔が赤いね。ようちゃん、当分仕事なかったよね。俺の締切はまだまだ先だから、ゆっくり休んで」
「うん。ありがとう。ちょっと横になるね」
睡眠時間がバラバラになることもあり、我が家は各自部屋がある。勇くんの部屋には新婚当時に買ったダブルベッドがあって、私の部屋には実家から持ってきたシングルベッドがある。普段はダブルベッドで一緒に寝るけど、今日は一緒のベッドに入る気がしない。体調不良を言い訳に自分の部屋へ入ってシングルベッドでだらりと横になる。
スマホでメールフォルダを開き、スクリーンショットした画像をスマホに保存する。
画像をもっとよく見ようと思って開いた瞬間、ドアが大きく開いた。
「わっ、びっくりした。どうしたの?」
「急遽打ち合わせが入ったから出かけてくるね」
「あ、うん。こんな時間から打ち合わせなんだ」
「ビールでも開けようかなと思ってたら連絡が来てさ。ようちゃんの具合悪いし心配だからすぐに帰ってくるから」
「気にしないで。少し休めばすぐ回復するから。お仕事だもん、しょうがないよ」
打ち合わせは仕事のうち。しょうがない。勇くんへ言ったのか、自分に言い聞かせてるのかはわからない。
「そう? なんかあったら連絡して。すぐ帰ってくるから」
「うん。ありがとう。気をつけて行ってきてね」
「行ってきます」
勇くんは普段着ているダボダボのパーカーではなく、ジャケットを着ていた。
打ち合わせに着ていく洋服がお洒落になったのは、確か半年前くらいだったかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます